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[闇を抜けて出た先は、城内の別邸だった。
来訪者の宿泊に供されている施設で、設備も申し分ない。
絢爛公が封じている以上、人間を連れて街の外へは行けない。
そんな事情はさておき、手近で使いやすい場所を選んだ結果だ。]
ここへは私以外、出入りできない。
宴が終わるまで、ここに匿っておいてあげよう。
[視線を窓へと向ければ、いつしか外は月の時間になっている。
夜の暗さを差し引いても、風景は薄墨を流したように霞んでいた。
闇の帳で建物を覆っているのだ。]
ただし―――
[騎士が状況を理解する間を置いてから、一歩歩み寄った。]
おまえは、私の楽しみに付き合ってもらうよ。
私を歓ばせておくれ。月桂樹の騎士。
[手を伸ばし、求める。*]
[ずっと騎士の腕にしがみついていた少女が、椅子に落ち着く。
すぐさま傍らに控える騎士の所作は、至極自然なもの。
麗しき絵画のような様子に、目を細める。
対価を求めれば、問い返された。
何か勘違いしているようだけれども、今は構わない。]
おまえの姫の前でも、良いのなら。
[微かに喜色を滲ませて答える。
嗜虐の色も。]
[けれども、少女の前で騎士をなぶるのに興味は無い。
耐える騎士と、胸を痛めて涙流す姫の物語を見たいわけではない。
ただ純粋に、彼が欲しい。]
――― いや。そうだね…。
子供は、そろそろ夢を見る時間ではないかな。
[扉へ手を向けて差し招くと、侍女が二人入ってくる。
術で意識を飛ばした傀儡だった。
侍女らは無表情のまま、姫へ近づいていく。*]
[呼び寄せた侍女の前に、騎士が立ちはだかる。
実力行使も辞さないという構えに、手を振って双方を止めた。]
見上げた忠誠心だけれども、
そんなに気を荒げてはお姫様が怯えてしまうよ。
彼女らは人を傷つけることなどできないよ。
心配なら、お姫様の言うことだけ聞くようにしておこう。
お姫様には、ゆっくり眠っていてもらいたいからね。
[声によらず囁けば、侍女らは頭を下げて壁際に控える。]
[視線を椅子の上の少女に移し、微笑みかける。]
心配要らないとも。
目を閉じて、お眠り。
朝になって目覚めれば、全ては夢だよ。
おやすみ。
もっと良い夢を見られるように、
おまじないを掛けてあげよう。
なにも怖くないよ。さあ、瞼を閉じて。
[吸血鬼の瞳が淡く光るのは、術を使っている印だ。
同じ光が、少女の瞳にも仄かに灯る。*]
[眠りに落ちた姫を騎士が抱き上げる。
寝台へ運び、寝かせるのを見守ってから袖を翻した。
もうこれで、姫に用はないだろうとばかりに。]
ではゆこうか。
[返事を待たず、歩き出す。
ホールならば、動き回るのに不都合はないだろう。
彼の想像通りのことから始めるのも良い。*]
[騎士が動かない気配に、足を止める。
ゆるり振り向いて、彼の言い分を聞き、静かに頷いた。
無言で指を挙げ、眠る少女を指す。
寝台の下から伸びた闇が、繭のように少女を包んだ。]
これでいいかい?
[唇を三日月の形につり上げる。]
おまえはまだ勘違いをしている。
この屋敷にいる限り、脅威になるのは私だけだ。
おまえの大切な姫を守りたいと思うならば、
おまえは私の歓心を得続けなければならない。
さもなくば、私はおまえたちを投げ出して、
宴を満喫しに出かけるだろう。
そうなれば、どうなるか。
――― わかるだろう?
[窓の外、指さした先で無数の矢が街に降り注ぐ。
誰の仕業かしらないが、誰かが"楽しんでいる"に違いない。]
[ああ――― そうだ。
ようやくおまえの心が私に向いた。
身震いするほどの喜びを覚えて、彼を迎える。
殴りかかる拳を手のひらで受け止め、握り、
引き寄せて彼の背に手を回す。
さながら、ダンスのステップを踏むように。]
それでいい。
もっと、私を楽しませて。
[耳元に囁くついで、耳朶を牙の先に掛けて、ちらと舐める。*]
[動きを制された上での、間髪入れない攻撃。
容赦のなさが、心を躍らせる。
打ち込まれる肘に手を添えて逸らし、彼の周囲を滑るように回り込んで背中側に身を寄せ、鎧を留めるベルトに指先を掛けた。]
邪魔なものは、外してしまおうか。
[ひとつ、ベルトが断ち切られる。*]
[攻撃を逸らされ、鎧に手を掛けられても、騎士は動きを止めることなく冷静な表情で更なる打撃を放ってくる。
もっと別の表情が見たい。欲望が胸を焦がす。
体重を感じさせない動きで飛び下がり、回し蹴りに空を切らせる。
少し離れて鑑賞したい。
戦いに臨む彼の躍動と、ひとつ留め具が外れた故に垣間見える、鎧の下の肉体を。]
自分で脱ぐかい?
それとも、私が全て外す?
[問いかけながら、指先で彼を誘う。
仕掛けて来い、と。*]
[離れて眺める彼の立ち姿はやはり美しい。
鎧を外すかと思ったけれど、彼は脱がされるのを望むようだ。
ならば、ひとつずつ剥がしていこう。
おまえの心も。
誘いには頷きが返るが、すぐには向かってこなかった。
視線が探るように左右に揺れる。
何を躊躇うのかと思ったが、ふと得心した。
目を動かして彼の視線を暖炉の上に誘導する。
イコンが飾られた小さな祭壇に、銀の燭台があった。
そう。銀だ。
蝋燭が刺さっているピンは十分に長く、鋭いだろう。*]
[導かれるまま、騎士は凶器へと向かう。
使いようによっては吸血鬼をも殺せるだろう。
人間の祈りを込められ続けた銀だ。]
私を殺せば、
[無造作に立ったまま、声だけを寄越す。]
この屋敷に施した封印は、朝になれば消える。
おまえたちは宴が終わるまで、
おそらくは安全に過ごせるだろうね。
[燭台を手にした騎士の、小さな祈りが耳に届く。
些細なこともゆるがせにはしない態度が好ましい。
彼の両手に、燭台もしっくりと収まっているようだ。
戻ってきた彼を、両手を広げて歓迎する。]
私が初めての相手だね。
[嬉々として答え、身体を傾けるように前へ踏み出した。]
[風を唸らせて振るわれる燭台を、腕で受ける。
同時に、身体をさらに前へ投げ出して、威力を殺した。
彼の横をすり抜けざま、またひとつ鎧の留め具を爪の先に掛ける。]
―――ああ。
予想以上だね。
[抜けた先で彼に向き直りながら、甘く息を吐いた。
燭台を受けた左腕の衣が、焼かれたように焦げてほつれている。
その下の肌もまた、水ぶくれを起こしていた。]
燭台の力だけではない。
おまえが振るっているからこそだろう。
[軽く腕を振れば、袖に開いた穴が塞がる。
腕の傷は、その下に隠された。*]
[言葉少なに向かい合う彼の眼差しは真摯なもの。
技量の全てを掛けて対峙しようという姿勢が伝わる。
胸の内に興奮が湧き起こる。
触れることが、痛手を受けることすら快い。
彼の鎧を全て剥ぐまで、あと何手掛かるだろう。
それまでに、彼はどこまでみせてくれるだろう。
期待の吐息が唇から漏れる。]
[再び向かってくる彼は、盾を前に押し出している。
右に避けようか、左に飛ぼうか。
逡巡するのも、これが彼との対話だからだ。
驚かせてみよう。
そんな、じゃれ合うような気分で彼を待ち構え、ぶつかる直前で跳んだ。
盾を蹴ってさらに跳び、彼の肩に両手をついて体勢を変え、そのまま背後を取ろう。
考えるままに、身体は軽やかに宙へ舞う。*]
[私の喜びと観応したのだろうか。
彼の心が賦活していく。血が熱くなる。
鎧越しにも知覚した熱を、もっと直接感じたい。
背甲に触れて囁きかける。
指先でなぞり、軽く爪を立てる。
人を蕩かすのと同じ仕草に、鎧もまた溶けた。
一瞬闇色に染まった鎧が、形を無くして溶け落ちていく。
絨毯に染みこんでしまえば、あとは名残も残らない。]
もっと ―――
[触れたい。
さらに手を伸ばすより先に、燭台の足が脇腹に食い込んだ。]
ッ …――ふ、
[数歩離れ、甘く呻く。
脆くほつれた服が、細かな灰を散らす。
骨まで響いた痛みもまた、甘美。
婉然と微笑んで、手にした剣を抜く。
先ほどまで彼の背にあった剣だ。*]
[鎧が流れ落ちた際の、僅かな震えを見逃しはしなかった。
熱い血が、身体の芯まで呼び覚ましているにちがいない。
早く、欲しい。
期待が溢れて吐息が零れる。
彼もまた、そうに違いない。
重なり交わる呼気は、同じ温度をしている。]
[向かってくる攻撃は、速く、鋭い。
右手を狙う燭台を、左手で掴み、引く。
焦げたような匂いと音が立ったが、気にしなかった。
崩した彼の体に向けて、剣を走らせる。
浅く薙ぐ剣の切っ先は、彼の衣服を裂き、肌一枚ほどの傷を与えるだろう。]
ずっと、良い……
[囁いて、燭台から手を離す。
はたはたとこぼれ落ちた滴は、己のものだ。*]
[空気に血の香が混ざる。
濃く香るのは己の爛れた左手だったが、一服の清涼剤のように鼻腔をくすぐるのは、彼から滲む、火照った血蜜の匂い。]
――― 知りたいかい?
[彼の問いが胸に火をつける。
手指から零すよう剣を手放した次の瞬間には、彼との距離をゼロにしていた。]
[絨毯の上で、剣が重い音を立てた時には、燭台持つ腕を取って、背中にひねっている。
手首を押さえ込んだのは灼けた手の方だったが、苦痛の色は見せなかった。]
教えてあげるよ。おまえの身体に直接。
私がなにを思い、何を感じているのか。
[空いている手を彼の胸元に滑らせる。
鋭い爪に裂かれて生地は悲鳴を上げ、下の肌にぷつりぷつりとごく小さな血の珠を生じながら、赤い線が描かれていく。
何本も。*]
[問いの直後に返る拒絶は、人間としての本能か。
捕食者を恐れる態度は正しい。
けれども、それだけではないことを教えてあげよう。
破れた服の間に覗く赤い筋に、舌を伸ばそうと顔を伏せる。
その首筋を彼の手が掴んだ。]
……っ …
[身体が崩される。足が浮く。
投げられると察知した瞬間、床へと手を伸ばした。]
[床と手を闇で繋いで支点を作り、身体を押しとどめる。
のみならず、力の方向を変えて彼を抱き寄せた。
倒れ込む彼の体を支え、横向きに身体を回転させる。
柔らかな絨毯の上を一回転して、彼の上に覆い被さった。
見下ろす彼との間を、荒い息が往還する。]
…、 積極的だね。
いいとも。 あげよう。
[身体と片腕で彼を押さえ込みながら、襟元に手を掛け、一気に服を破り去った。*]
[組み伏せられてなお抗う騎士は、罠に掛かった獣を思わせる。
わけがわからないままにもがき、逃れようとするもの。
その先に待つものが何か、まだ彼は知らないのだ。]
暴れるのはやめなさい。
もう、別の楽しみの時間だ。
[膝を立て、身体を跳ね上げる彼を乗りこなし、彼の両手首を強引に捕らえて無事な方の手で束ね、頭上に押さえ込む。
顔を伏せて彼の首筋に舌を這わせ、そのまま顔を下げて細い傷口を唇で吸った。]
[唇と舌とで、薄く流れる血を堪能した後、傷ついた手を彼の胸に当てる。
互いの血を混ぜ合わせながら、胸の上に赤を捺した。]
次は、おまえ自身の身体で私をもてなしておくれ。
まずは、全て脱いでもらおうか。
[間近に顔を覗き込みながら、鷹揚に要求する。*]
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