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― 1階/外 ―
[血の香に導かれるままたどり着いた先は
建物から出て、少し回り込んだ場所だった。
血臭はそのあたりで途切れているが、
近くに誰かいる気配はない。
風に流されて匂いが消えたのかとも思うが、
地面に、草や灰が風に吹き散らされたような
まるい痕が残っていた。
見上げれば、直上の部屋から薄い煙が漂っている。
蠢く影たちが、消火活動にいそしんでいるようにも見えた。]
[あの部屋で行われた戦いは、己も垣間見ていた。
アプサラスが見守る前で、
彼女の息子と、襲撃者のひとりが刃を交えていた。
アプサラスにひととき寄り添って、それを見たのだ。
今はもう、戦いの気配はない。
なれば、ここでなにが起きたのか。
手近な影を呼び寄せて、詳細を問う。
城中の影たちがざわめいて、
やがてひとつの知らせが城主にもたらされた。
アプサラスの息子、シメオンの体を地下へ運んだ、と。]
な…。
[知らせを受けて、しばらく絶句する。
客人にまで凶刃が及んだとあっては、申し訳がたたない。
なにより、かの青年が倒れたと聞けば、胸が痛んだ。
アレクシスがかつて硬く青い蕾と称した青年。
いつまでも固さがとれず、手を出せばすぐに噛みついてきて。
つい構いたくなるような初々しさを持った、年若い同族。]
シメオン。君に謝らなくてはいけない。
巻き込んでしまって、すまなかった。
サラ。君にも。
[視線を上げ、燻る部屋を見ながら謝罪を紡ぐ。
謝罪は、彼の血親にも向けられた。
アプサラスは彼を本当に可愛がっていた。
片時も離さず側に置いて、
扇で撫でるように優しく密やかに愛でて、
彼が見ていないときには、ずっと彼に視線を注いでいた。
息子を失った心痛はいかばかりか。
自身の痛みと重ね合わせて、悼む。]
―――叶うならば、戻るよう。
命繋いで再び目覚めることを願う。
[体が灰と化していないのならば、
未だ希望は残されていよう。
シメオンの姿を思い描いて願いを呟き、
まじないの形に指を動かす。
祈る相手を持たないために祈りはしなかったが、
ただ、シメオンの心に届けばいい、と。]
[しばらくそうしてその場にたたずんでいたが、
不意に、自分の名を呼ばれたような気がして城を見た。
暫く探るような眼差しで城のあちらこちらを見ていたが、
やがて視線は1か所に止まり、眉が上がる。]
―――まったく。
[呟くと、壁に向かって歩き出し、そのまま壁を歩いていく。
一歩ごとに細かな蔓が伸びて、身体を支えているのだ。]
[普段ならこんなショートカットも、
壊れた壁から室内に侵入するようなこともないのだが、
今は非常事態中だ。誰に見とがめられもしないだろう。
炎の爪痕残る部屋を抜けて、再び二階へ戻る。]
…ああ。そのようだ。
[見ていた、と言外に含めて弟の言葉を受け入れる。]
あの子は、うかつに触れてしまえば消えてしまうから。
―――いや。ほんとうはそこを乗り越えて
深く踏み込むことこそ、必要なのかもしれないけれど。
[さわ…と見えぬ手を伸ばす。
弟の胸に染み入らせるが如く。]
同族喰らい?
あの子が他の吸血鬼を襲っている、ということかい?
[疑念には、こちらも首を傾げる。
我が子が人であれ魔であれ、
他者から血を奪っているところなど見たことは無いが。]
それであの子が命を繋いでいるのなら、
構わない、と私は思うよ。
[同族を狩っているのでなければ。
思考は我が子の命を至上とする。]
― サロン ―
[弟が出ていったのと入れ替わるようにして、サロンに入る。
視線はすぐに、長椅子に座る愛し子を見出した。
音を立てずに歩み寄り、彼の隣に腰を下ろす。]
愛しい私の月。
眠っているおまえも美しいな。
[息だけで囁きかけ、
淡く繊細な色帯びる髪を一筋、指に絡めるように梳く。]
[我が子の手に視線を移せば、
両手で抱えるようにして血赤の薔薇を持っていた。
それを見て、仄かに微苦笑を浮かべる。]
なんだ。まだ食べてくれていなかったのかい?
[問う相手は、未だ夢幻に意識を遊ばせているさなか。]
― サロン ―
[眠る我が子の睫毛が震える。
微かに浅くなった吐息が、覚醒を伝える。
彼の薄い唇に指を乗せ、目覚めのときを見つめた。]
よく眠ったかい?私のジーク。
眠るおまえを眺めるのは、何年ぶりだろうね。
[教会の尖塔で、時折そうしていたのを思い出す。
訪れるのは、決まって夜だったから。]
[我が子が顔を動かし、触れた指先が離れる。
無くした温度が、もう恋しい。]
私はいつまでも見ていたいと思うよ。
親にとって、子はいくつになっても子供だ。
[恥ずかしいという言葉に笑ってみせる。
実際、幼いころの彼に、人間としての子を夢想したこともあった。]
[足元へと滑り降りた子を見下ろし、帰還を祝う言葉を聞く。
目の端に陰りを加え、膝をついてその肩に両手を添えた]
おまえにこうしてまた触れられるのが嬉しい。
私の愛しいジーク。
おまえの嘆きは、私の痛みだった。
心配をかけて、すまない。
[視線を同じくして、謝罪を紡ぐ。]
置いてゆかれたのだと、思いました。
もう、二度と、そのようなことは――…
[なさらないで下さい、と懇願の音色が密やかに落ちる。]
[子はいつかはひとり立ちするもの。
そう言う我が子の目を覗きこむ。]
もしも、私ではない誰かに"愛"を注ぎたくなったのなら、
その子と二人で新しい世界へ旅立ちたいというのなら、
私はそれを祝福するけれども―――
[愛、という言葉はいくつもの色を帯びる。
親子の愛、恋人の愛。自分以外の存在に注ぎたいと思う心。]
[言葉詰まらせる肩を抱き寄せ、髪に指を潜らせる。
こうしたかった、と指先に語らせて]
アレクシスのおかげだ。
彼が、私を引き戻してくれたから。
[救い手の名を、感慨深く口にする。]
それを聞いて安心しました。
我が君が健勝であられる事が私の喜びです。
[懲りたと聞けば小さく笑む音を漏らし
柔らかな音色を心地よく聴いた。]
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