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[砂煙を上げながら最短距離を走る。
風の刃を免れた天使たちが指揮官を守ろうと地上へ降りてきたが、進む道の妨げとはならなかった。
砂を蹴立てながら滑る板に乗ったあいつが、大半の天使を引きつけているのだと、視界の端で知る。
だから自分は、周囲に構わず駆けた。]
くたばれっ! この…っ!
[立ち上がった天使の懐へ潜り込むようにして、両手の斧を斜めに切り上げる。
手ごたえと共になにかが砕けるような音がして、
次の瞬間には、天使の姿が掻き消えた。]
えっ……!?
[予想外の結末に目を見開く。
天使が消えた後には、ただ正八角形をした緑色の結晶だけが転がっていた。
それを拾い上げ、握りしめる。
何か大事なものだ、という気がした。]
[緑の結晶を握りしめて振り返ると、ちょうど銀色のつぶつぶの群れが光を吐き出したところだった。
なんだよあれもすげぇ、と眺めていたところへ、掛かる声。]
えっ!?
ちょっと待てよ危な …っ!
[こちらへ、いささか暴走気味に駆けてくる馬と人を目にして、咄嗟に待ち構えて馬の手綱を取り、身体を跳ね上げた。
危なっかしく乗っているひとの身体を押さえつつ、どうにかその後ろに乗る。]
どう、どう、落ち着けって。
[手綱を捌きながら声を掛け、体重を掛けて少し馬のスピードを遅くさせる。
安定した走りになったところで、ふうと息をついた。]
なにやってるんだよ、危ねえだろ。
そんなふうに手綱持つから、馬が混乱してたぞ。
[腕の間に相手を抱え込むような形になりつつ、文句を垂れる。]
馬をむりやり動かそうとしてたからさ。
ちゃんと、こいつの気持ちと合わせてやんねえと。
[言われるまま手綱を取り、馬に任せてゆるく走らせておく。
名乗りを受けて、少し胸を張った。]
ショルガハだ。
[馬上にあって草原の風を思いだしたせいか、
自分の出自を示す名を、誇らしく口にする。]
任せろ!
これでも、草原の子だからな!
そっちもかっこいいな、その板!
気を付けろよー!
[馬の扱いを褒められれば素直に嬉しい。
胸を張った後、天使をひっぱりまわすようにして去る彼の背に声を投げた。]
こっちこそ、さっきのあれ、ありがとな。
オレには魔法の方がよっぽどわかんねえよ。
なんていうかさぁ、あの風、すごかったな。
[感謝に感謝を返す。
素直にそんなことが言えるのは、共に戦ったからか。]
そりゃあ、力だけじゃ良い乗り手にはなんねえよ。
[当たり前だ、という顔で言ってから、
あ、という形に口を開けて固まった。
たたかえと、力を求めよと、
暫く遠ざかっていた声が、ふつりと湧き上がってくる。]
この石みたいなのが?
[しまう機会を逃してずっと握りしめていた石を見る。
なんだか、嫌な感じだと思う。
心の中から聞こえる声と、石から感じる声が、不協和音を作った。]
こんなのが、オレに?
[ぱたぱたと身体を探るが、なにも触れてはこない。]
そりゃあ……
[問われて答えるより先、どくりと鼓動が脈打った。
力を求めよ。たたかえ。衝動がひときわ大きくなる。
指が白くなるほどに手綱を握りしめて、それに耐える。
急に手綱を引かれた馬が、驚いて少し足並みを乱した。]
……欲しいよ。
おまえみたいなすごい力があったら、オレだって…
認められたい。見返してやりたい。
その、成長とかよくわかんねえけど、
力があれば、いろいろできるだろ?
[囁く声と自分の思いがシンクロする。
ならば奪えばいいと、甘く声が囁く。]
[馬上で風が歌う。
軽やかな風。強い風。
母が育った、草原に吹く風と、
父が育った、砂漠に吹く風。
どちらも、好きだ。
ここに吹く風は、そのどちらにも似ていて、嫌いじゃない。]
おまえがそんなふうに生きてきたんだとしても、
…今のオレより、ずっと、「強く」見えるよ。
[単純な力でもなく、魔法の有無でもなく、
存在が強い、と思う。]
オレさ───
[馬を、速く駆けさせた。風が身体を包み込んでいく。
自分の思いも、聞こえてくる声も、
全部風に吹き飛ばされて、空っぽになっていく。]
大好きな人がいて、そいつに追いつきたくて、
ずっと努力してるのに、殴られてばっかりでさ。
でも、側にいて欲しいんだ。それでもさ。
なのに、しょっちゅう戦争に行ってさ、すげえ怪我して帰ってくんの。
それが嫌でさ。
オレが強かったら一緒に行って助けられるのに、
まだ駄目だ、って置いてけぼりなんだよ。
オレ、弱いからさ。
[どうしてこんな話をしているんだろう。
心のどこかで思うけれど、きっと、誰かに聞いてほしかったんだと思う。]
なんで戦争行くのかとかさ、
なんであんなにぼろぼろになってるのに楽しそうなのかとかさ、
オレ、ちっともわかんなかったんだよ。
───でもさ。さっき、ちょっとわかった気がする。
みんなと協力して戦うのは、楽しい。
誰かが自分のために傷つくのは苦しいし、
誰かのために戦えるのは、嬉しい。
そういう、ことなのかなぁ。
[長い長い、独り言のような言葉を吐き出して、少し沈黙した。]
力を求めて、力を奪おうと思ってたたかってるときは、
怖くて、苦しくて、嫌だった。
こんな、石のせいで、あんな風にたたかってたんだったらさ、
オレ───…
[馬の脚を緩め、やがて、止まった馬上から降りる。]
なあ、おまえさ。
オレのこと、殴ってくんねえ?
思いっきり、強くさ。
[褐色の肌持つ彼を見上げて、そんな風に頼んだ。]
なんだよ、笑うなよー。
[馬上の人が笑い出したのに、口を尖らせる。]
そりゃそうだろ?
なんか、頭だけでわかった気になるなんて、
なんか気持ち悪いしさあ。
[結局はそういうことなのだ。
直接触れて、本気でぶつかって、分かり合いたいということ。
そうすることで認めてほしいということ。]
[だから]
……ちぇ。わかったよ。
じゃあ、後でな。
[答えてもう一度馬上に戻り、思いっきり馬を駆けさせる。
その顔は、ずいぶんとさっぱりしていた。]**
[戻ってきた村は、さっきの攻撃の名残もあって痛々しいけれども、どこか活気づいているような気がした。
馬から降りてぐるりとあたりを見回していると、同乗者から感謝の言葉が掛けられる。]
え…、うん。
そんな、改めて礼を言われることでも…
[向き合ってありがとうなんて言われるのはなんだか照れくさくて、がりがりと頭を掻いた。]
ああ。オレはいつでも良いぜ。
[相手はちゃんと約束を果たしてくれるつもりだと知って、気合を入れなおす。
相手の様子を見れば、あんまりこういうことに慣れていなさそうだなあと思ったけれど、ともかく実行しようとしてくれているのが嬉しかった。]
…あ、おい。
それしゃ、拳痛めるぞ。
[相手が握った拳を見て、握り方が危ないと指摘する。
ついでに、こうでこう、と殴るモーションも実演してみせた。]
う、ぐっ……!
[宣と共に、拳が飛んできた。
があん、と衝撃が身体に響く。
予想していたよりずっと重くて、痛くて、あったかい拳だった。]
………痛ぇ。
[身体を折って、打たれた場所を押さえながら、浮かんでくるのは笑み。]
痛ぇよ畜生。痛ぇ。
[なぜだか笑いが止まらなくなって、
笑っただけ痛い場所に響いて、
笑いながら、痛いと繰り返す。]
オレ、強くなるよ。
ちゃんと、ズルしないでさ。
だからその
……ありがとな。
[なんて言っていいかわからなくて、結局単純な言葉を繰り返す。
その手元から、ころりと赤い結晶が転がり落ちた。]
これが、オレを…
[差し出された結晶を手に取って眺める。
そういえば、今までになく頭がすっきりしていた。
ずっと耳鳴りのように響いていた声は、今はもう聞こえない。]
ほんと、なんか、悪かった。
ああ、後であいつにも謝っておかないと。
[迷惑を掛けた。
自分をここに連れて来てくれたひとにも。]
……そういや、あいつらどうしてるかな。
ギィと、シェットラントだっけ。
[独り言のように呟いて、少し空を見上げた。
ずいぶん声も聞いていないように思う。
たぶん、もう声は繋がらないのだろうとも思う。
なんか、最後は喧嘩別れのようにして出てきた、
───というか、自分が一方的に逃げ出したけど、
今どうしているのかな、とすこし気になった。]
ああ、うん。
オレもちょっと休むよ。
[女王が休息を促しにきたのに、自分も便乗して休むと言う。
ギィとシェットラントの消息を聞けば、そっかぁと唸った。]
ギィってやつ、すっごい楽しそうにたたかってたからなぁ。
この欠片のせい、ってだけでもなさそうだったけど。
[自分は石に踊らされていたけれど、
あいつは好きで乗っかってるんじゃないかとか、
そんな疑惑も抱いた。]
……シェットラントにも後でちゃんと話したいな。
[逃げ出したまんまだと、さすがに具合が悪い。
後で、見かけたら声を掛けよう、なんて思いながら、まずは休息場所を探すことにした。]
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