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それなら良かった。
それじゃ、ちょっとお茶に付き合ってくださいな。
[いつも、誘えば気軽に応じてくれることに嬉しいような、きっと他の人にもそうなんだろうとか。
いや、矢張り嬉しい。そこは素直に受け止めておこう。
拒絶はされていない、その証なのだから。
だから自然と顔を綻ばせながら彼の隣に立つ。
同僚から言わせれば仕事一辺倒の真面目人間が、こうして穏やかに誰かに笑顔を向けているのはあまり見慣れないらしい。
もっとも、クライアント諸々来客にはそれなりに対応している筈なのだけれども。
向かうのはカフェ……なら少しくらいオシャレだとかデートらしいのかもしれないが、いつも行くのはごくありふれたファミレスだったりする。
秋のマロンフェア、というのぼりが店の外に飾られているような。
それが、強めの風にはためいている。]
今日はお買い物だったんですか?
最近、気流が乱れがちですよね。大丈夫ですか、確かディーターさん…。
[テーブルについて、適当に注文してから真向かいだろう彼を見る。
強い風や雨は宇宙に飛び立てば邪魔にはならないけれど、星に降りている時は自分にも影響を及ぼす物だ。
確か彼はそういうのが苦手だった、と思えば首を傾げて顔を見つめる。
彼の顔色はどうだっただろう。
自分からこうして、彼の顔を見る分には平気だった。
ふとした瞬間、それが照れ臭くなる時もあるけれど今はまだ違うから。
こうして、星に戻ってきて地面を踏み締めて彼とお話ししている時が、一番平和で落ち着いてる時間。]
………最近、お仕事どうです?
[けれど、宇宙での仕事中は確実に作れない時間でもあるから、つい彼に質問する内容が増えてしまうのは否めない。]**
無理はしないでくださいね。
わたしだって、無理な時は無理って言いますから。
[気圧の変化には強い方だけれど、それでも耳抜きを覚えるまでは辛かったのを覚えている。
耳に栓をされたように詰まって、うわわんと高く低く耳鳴りがする時がある。天気によるそれより急激な、宇宙に飛び立つ時のそれだ。
慣れれば一瞬で回復できるそれも、天気が相手では対処することは難しい。
薬を飲んでるらしい事は知っていたからこそ、そこは無理しないでほしいと。]
私?私は、……まあ、技術職ですからね。
[宇宙の旅も増えた昨今、パイロットは接客こそしないものの目立つ職業となってきていた。
目立つ職業の割にやる事は地味で、けれど正確無比を要求される。新たな技術が開発されれば覚えなければならないことも多い。
そんな中、目下の悩みの種といえば。]
……ああ言う職場だから、女だからなんだと言われる覚悟は元からあったんですけれどね。
最近、化粧が臭いとか難癖をつける人がいまして…。
[そう、難癖だ。それはわかっている。
難癖をつけるその相手より年下で、女で、なのに副操縦士を任されているからやっかまれているのだろうと。
周りは気にするなと言ってくれるが、思わず苦笑いが滲んでしまう。]
周りは気にしないで良いって言ってくれるんですけどね。
……そんなに、お化粧の匂いって気になります?わたし。
[片頬に手をあてがい、こてんと首を傾げた。
丁寧にメイクはしてあるが、厚化粧というわけではない。
しかし落とせば人相が変わる、くらいの自覚はあった。
…なお、彼にスッピンを見られた事は、ある。
その時にはもう、泣きそうになった。
変な巡り合わせでメイクを落とすことになり、手早く直す前に通りすがりに見られた、程度だったけれど。
反応によっては泣いたかもしれない。]*
[あの。すっぴんを見られた時。
たしかに私はそこにいた、とは知っているはずだった。
それでも二度見されて、恥ずかしさに顔を隠して涙を滲ませてしまったのだ。
私の顔は、そんなに変わってしまう。
詐欺、と言われても否定はできないし、できれば素顔なんて見られたくなかったけれども。
…その事があるから、いま一歩彼に近づく事は躊躇われている。
酷い反応をされた訳ではないけれど、自分のコンプレックスではあったから。
それでも、酷い反応をされた訳ではなかったから。その後、態度が変わる訳でもなかったから、居心地の良い彼に変わっていったのだけれど。
そんなことを考えている間に、注文の品がやってきた。
自分にはカプチーノとサラダとサンドイッチ。
店員に軽く頭を下げて、カップに手を伸ばした。]
まあ、ですねー。
その人のためにメイクしてるんではないし。私のために、ですからね。
それを言うと、寂しい奴とか言われますけど。
[肩を竦めてからカップに口をつける。
ふうわりとカプチーノの甘いミルクの泡が口の中に入り、次いでほろ苦い珈琲が口の中をさっぱりとさせた。
次には、サンドイッチに手を伸ばす。]
ディーターさんは、その。
……素顔を見せられないなんて、そんな人が恋人になったら寂しいですか?
[さらりと。質問したつもりだったけれど。
視線をそらして、はぷりとサンドイッチにかぶりつく。
もぐもぐ、と噛みしめればレタスのシャキシャキ感が美味しいなとか、バターちゃんと使ってるとか、意識をなるべく別のところに置いておいたけど。
それでも、ほんの少し。
緊張の色だけは隠せそうになかった。]*
不便?
[思わず、意図を読みきれなくてそのまま言葉を返してから、数秒後に嗚呼と納得した。
たしかに不便だ。不便だし、なんというか、その。]
確かに、メイクしたまま寝るわけにいきませんし…一緒に寝られないのは不便ですね。
お風呂あがりにまでメイク…なんて、流石にちょっと旅行でもない限り嫌ですし。
……思った以上に、不便かも。
[また一つ、サンドイッチに手を伸ばす。
一口食べて咀嚼しながら眉を寄せた。
しかし、自分の場合は大分人相が変わってしまう。
男顔がコンプレックスで、それでも平凡な顔立ちだからメイクをすれば女性らしい顔に変化できた。
だから、メイクは欠かせない。自分の中の女性性を守るためにも。
だけど、そう。
……不便ときた。寂しさよりも。]
ううん。どちらかと言うと私の問題である気がしてきました。
素顔か……素顔。
ディーターさんになら、見せても良いかな?
[ざくり。フォークでサラダを突き刺しながら笑って見せた。
いや、見た事があるのだけど。
見せてもその後、変わらなかったからこそ軽くそう話題にできたのだ。
お、女として見られてないから大丈夫なんだ。なんて、悲しい予測は総スルー。]*
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