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[彼女の指先が動く。
それがこちらを向いたとき、何が起こるのか。
嫌だ、死にたくない。
逃げないと。どうにかして逃げないと。
ずるずると、腕だけで体を持ち上げ、
船べりに自分の身体を押し上げて]
─── あれ?
[すとん、と落ちた手を、思わず目で追った。]
無理、って、えと。
どういうこと……?
[素で聞いてしまう間に、ずるりと手が滑り、]
……あ。
[船べりを乗り越えた身体は、
海面に向かってフリーフォールを開始していた。]
― 宇宙船の艦内(遺構) ―
うわわぁぁ ぁぁっぷふあぁ…あっ!?
[海の中に潜った……と思った身体は、いつの間にか宙に浮いていて、当然のように重力に引かれて落ちた。]
いっ…ててて…。
あれ。ここ、どこだ?
[したたか打ち付けた腰をさすりつつ立ち上がる。
血が混ざった海水がぽたぽたと垂れて、床に模様を描く。]
いったぁ…。
…にしてもあの魔法使い、なんなんだよくっそう。
あー。今度会ったら…
……って、なんだここ!?
[ぺたぺた、と壁に触ったり床に触ったり。
見たこともないような内装にきょろきょろしだす。
物珍しさに、ずいぶんと派手な音を立ててあれこれひっくり返しもしていた。]
― 宇宙船 ―
[がさがさごそごそとよくわからない材質の箱を漁り、
ふぇ?
[顔を見せろと聞こえてきた方を、顔を上げて見る。]
はあ?
なんで俺のこと……って、あの魔法使いのねえちゃんか!
じゃあ、おまえも魔法使い?
[うーわー、という顔で相手を見たあと、ぎゅうと眉根を寄せる。]
てか坊やじゃねえし。
[たたかえ、と声がして、文句が途切れた。
身体を、さきの戦いで感じた恐怖が走り抜ける。]
っ!
たたかえたたかえってうるさいんだよっ!
俺は、俺は……
くそぉぉおっ!
[うわぁぁ、と声を上げながら挑発されるままに駆け出し、
拳を作って無傷な方の左腕を目の前の女性に突き出す。]
[突き出した腕が払われ、
え? と思う間もなく、顔に衝撃が来る。
痛い。というより、目の前に火花が散ってくらくらする。
鼻血を流しながら、数歩分飛び下がった。]
いってぇ……
…んなこと言っても、武器なんざ…
[───あった。
海に落ちた時手放したはずの斧が、両方とも腰に戻っている。
疑問は、抱いた端から滑り落ちていった。]
殺戮しろ、ってことかよ。
[重さを手に取る。馴染みある斧の感触だ。
両手に構える。
右手の握力は弱くなっているけれど、まだたたかえる。]
たたかって、奪って、ころして、
なんで、
そんな
…力 …。
[ぶつぶつと口から言葉を垂れ流しながら、今度はぐっと低い位置から疾走を開始する。]
殺して、 俺は …!
[最短ルートで相手に肉薄して、両手の斧を振るう。
右手のフェイントの一閃、その影に隠すようにして左手を一閃。
刃は、内腿の太い動脈を狙って、擦りあげるように空を滑る。]
えっ!?
[両腕に感じた手ごたえは、予想外のものだった。
フェイントに対応すると思った初撃が、相手の腕に食い込む。
それも、わざわざ斬られにきた、という挙動で。]
なんで、だよっ…!
[握力の落ちていた右手は、思わぬ衝撃に柄から離れる。
惰性で振り抜いた左の一閃は、当たったとはいえ浅い。
到底、致命傷にはなりえないだろう感触だ。]
[衝撃は、殺し損ねたことではない。]
なんで、なんでなんだよ!
あんたも、斬られてぼろぼろになって、
なのに嬉しそうな顔してる、
わけのわかんねえやつなのかよ!
[茫然と固まったところを、ものの見事に蹴りつけられた。
固いヒールが向う脛におもいきり食い込んで、
痛みがつま先から頭のてっぺんまで一気に駆け抜ける。]
痛ぇ…っ
なんでなんだよ 、痛ぇよ …
なんでそんな嬉しそうに戦うんだよ。
わけわかんねえよ……。
[足を抱えて呻き転がりながら、なんで、を繰り返す。]
― 宇宙船 ―
[褒美だと言い、理由を語る彼女を見上げた。
その堂々たる立ち姿の背後に、確かに無数の将兵の幻影を見る。
同じだ、と思った。
父と同じ種類の人間だ。
人の上に立つもの。何かを為す意思を強く持つもの。
決定的な一つの違い、
すなわち、生まれながらの、という点に気づくには、経験が不足していたのだけれども。]
[幻影のなかの二つが実体化する。
赤いふたつの影。それぞれに二挺の斧を構えた姿だ。
それらが自分を斬る力があることを、本能的に理解する。]
俺は……
[その強さが分からない。
斬られてもなお為したいことのある意味が分からない。
そこまでする意思の根源が分からない。
強烈な餓えも、魂を震わせるほどの望みも、
あるいは生まれに由来する自負も持たない青年は、]
[女王の前から逃げ出した青年は、
赤の宮殿の奥にいた。
自分には理解できないことを、
嬉々として、あるいは当然のこととして為す人間。
それが、父とその周囲以外にも存在した。
事実に打ちのめされ、混乱する。]
[聞こえてくる言葉に、反応する余裕はなかった。
ただ、こいつも嬉しそうに戦っているやつだと思った。
言葉を聞くに、自分も危なかったのだろうに、
それでも嬉しそうな、声。]
怪我して、喜んでんじゃねーよ…。
[呻くように呟く。]
オレは、
なんで…
[傷だらけになってまで、どうして彼らは戦うのか。
なにが、彼らをそうさせるのか。
理由は。
そうさせるだけのなにが、そこにあるのか。
内へ向いた問いを、声がかき乱す。
たたかえ、と。]
く … そ …っ。
[たたかって、力を得て、強くなって、
あいつを、親父を見返してやる。
認めさせてやる。
殴られただけ、殴り返して、
あいつを叩きのめして、
地に這わせて、
───違う。そんなんじゃない。
心のどこかでもがく声は、声にかき消される。]
― 薔薇園のある魔法学校校舎 ―
[現れたのは、どこかの建物の中だった。
人の話す声を耳にして、ふらふらとそちらへ向かっていく。
両手には、既に斧が握られていた。]
― 魔法学校校舎 ―
[そこにいるのが誰か、などということは意識していなかった。
なにを離しているのか、も聞こえなかった。
ただ、こえに命じられるままに戦いを求めて前に進む。
その時、悲鳴のような声が響いた。>>501]
うわぁぁぁ…っ
[突如として湧きだす無数の岩針が足元から襲いくる。
反射的に飛び退ったそこにも、鋭く伸びゆく岩があった。
身体のあちこちを岩が貫く感触がして、
視界が真っ赤に染まる。]
[どこを怪我したのだろう。
自分はどうなっているのだろう。
分からないまま、こえはなおも戦いを命じた。
そして、痛みと混乱でかき乱された青年の心は、それに抗うことができなかった。
ずるり、と身体を岩の槍から引きはがし、
なお、前へ進もうとする。]
[ふらりと進む前方に、人影があった。
それを認識した瞬間に、頭の中の声に方向性が生まれる。]
おまえと、たたかって、ころして、うばう―――…
…もっと、力を …
[焦点の合わぬ目で彼を見つめ、ゆら、と二挺の斧を構えた。]
力を、……
でないと、オレは、
あいつに勝てない───
隣に、立ちたい、から…
[虚ろな心は、奥底にあるものを言葉に変える。
茫洋とした言葉と裏腹、躍りかかるように目の前の人間へ切りかかった。]
[言葉は聞こえても、その意味はほとんど理解していなかった。
身体の負傷など知らぬように切りかかり、斬りつけ、
───やがては身体がこえの命令に従いきれず、動きを止めるだろう。
ぐったりとした手から斧が落ち、結果的に彼の言葉に従うことになる。]
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