情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
― 魔王の城・玉座の間 ―
[魔界が正しく閉じたのを知覚して魔王は満足げに笑む。
そうして足元に傅く黒髪の青年を獅子の前足で引き寄せた。
人としての腕は虚空を指し示す。
空間にいくつもの窓が開き、それぞれ別の場所を映し出した。
魔界にやってきたものたちの姿が窓の中に捉えられる。]
面白きものどもが揃ったことよ。
なにを以て歓待するとしようか。
[思い思いに相手を求め、それぞれのやり方で動いている。
中にはやんちゃなものもいるようだが、それもまた好し。
喉の奥で機嫌のいい唸り声が響いた。]**
[脚の下で青年が甘く啼いた。
太い脚の重みと鋭い爪の痛みに息を弾ませている。
ごろり、と前脚でさらに転がせば、床に血の筋が長く伸びた。]
立て。
[前脚をどけて命じれば従容として立ち上がった。
その首輪に繋がる鎖を引き上げ、半ば吊り下げる。]
欲しくなったのだろう。
[問えば、青年は首輪を必死に掴んで息を繋ぎながら期待に蕩けた顔で頷いた。
『欲しい、です』と、甘えた声が懇願する。
魔王は、目を細めて笑った。]
[空気を裂いて鞭がうなる。
青年の裸身を打ち据えた音は鈍く、重かった。
振われた鞭は魔界の金属で編まれたもの。
歪な網目のところどころに、太い棘が埋め込まれている。
魔王の腕で振るわれたそれは、一撃で青年の肉を引きちぎり骨を砕いた。
一瞬上がった悲鳴は、首輪に息を断たれて途切れる。
今や完全に宙吊りとなった青年に、二度、三度と鞭が襲いかかった。]
[一打ちごとに青年の体が跳ね、鮮やかな赤が飛んで魔王をも汚す。
だがそれも回を重ねるごとに弱弱しくなる。
十数度に及べば、ついには動かなくなった。
紫色に染まった顔の中心で目が裏返り、口の端では血が泡立っている。赤黒い襤褸となった体は完全に弛緩し、零れた液体で床はぬめっていた。
見る影もなくなった青年の体を抱いて、魔王は玉座から立ち上がる。]
余は下がる。
あとは良きように。
[側仕えらに言い置き、玉座の後ろにある扉をくぐって消えた。]**
― 魔王の城 ―
[青年を伴って魔王が奥へ消えてから数刻の後。
再び玉座の間に姿を現した魔王の足元には、黒髪の青年が何事もなかったような姿で控えていた。
誰もなにも言わないが、みな理解している。
魔王の居室であの青年は幾度も押し倒され貫かれ引きちぎられ切り刻まれ、そのたびごとに全ての傷を癒されているのだと。
それを青年もまた悦び求めているのだと。
この魔界でさえ、稀有な関係だった。]
[ほどなくして、魔王城の一角にある大きな扉が開かれ、中から無数の人間たちが飛び出していく。
皆一様に薄汚れた、あるいは裸に近い格好で、足の及ぶ限りの速さで散り散りに走っていった。
中には人間だけではなく天使や精霊と思われるものまで混ざっている。
必死な表情をしているところは、人間たちと変わらなかった。]**
― 魔王の城・城門前広場 ―
[城門へ続く広場に、無数の魔物が集まっていた。
弓や槍を握った緑の肌の小鬼たちや、燃える石炭の目をした猟犬たち。
それらを従えるのは、闇に霞む馬や火を吹く蜥蜴に跨る魔界の貴族や戦士たち。そして巨大や蛾や翼を持つ猫たちに戦車を牽かせているのは妖艶な夢魔たち。
絢爛な一団の前へ、巨大な戦車が現れる。
中央に魔王の座所を戴くそれはあまたの彫刻で飾られていた。
獰猛な魔獣や踏みしだかれた人間たち。様々なモチーフのそれらはすべて命あるかのように動くのだ。
小さな家ほどもあるそれを牽くのは軛に繋がれた無数の人間だった。]
行け。
存分に狩れ。
[魔王の号令一下、魔物たちが歓声を上げて一斉に動き出す。
もっとも多くの、あるいは貴重な獲物を狩ったものには褒賞が与えられよう。
魔界全土に撒かれた獲物を求めて、方々に散っていった。]**
― 魔王城・城門前広場 ―
[多くのものたちが魔界中へ散った後も、魔王そのひとは未だ城の前にあった。
周囲では遅れて放たれた獲物たちが逃げまどい、遊び好きな魔がそれらを捕えては放し、あるいは戦車の中に引きずり込んで遊んでいる。]
[戦車を牽く人間たちの手綱を握っているのは、黒髪の青年だった。
しつらえられた座所に腰を落ち着け、グラスを傾けながら、魔王は青年に言葉を賜る。]
おまえも狩られてみたければ、行って良いぞ。
[素早く平伏した青年にそれ以上を言うことはなく、魔王はゆるりと狂乱の宴を眺めている。]
『陛下以外のものに狩られたくなどありません。
私の身命は、すべて陛下のものです。
陛下以外のものに与えるなど、嫌です。』
[青年の言葉は、魔王にだけ届くもの。]
− 魔王城 −
[魔王城から霞めいた黒い塊が溢れ出し、空へと舞い上がる。
それは、無数の蝶の群れだった。
狩りの刻を乗り越えたものたちの元へ、蝶ははばたく。
その黒い翅には、明滅するメッセージが託されていた。
【魔王城にて宴をひらく】と。
新しい余興の告知らしい。
行けばなんらかの騒ぎに巻き込まれるのは予想に難くない。
だが、得られるものもあるやもしれぬ──
参加するもしないも自由だ。]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新