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〜誰得:エレオノーレの過去編続き〜
国が滅びるのにどれ程の時間を月日を経たかは、わからない。
騒動の最中エレオノーレは、監禁されていた牢屋から、逃げ落ちた。
あるのはその身ひとつと、引き千切られた時に手にした青い羽根。膿むような背中の疵の激痛を感じながら――どうして、逃げ切れたのか。どうして、逃げたのかすらわからない。
覚束無い足取りで、遠く国を焦土と化すのを見つめて、涙する。どうして、と思う。
多くの命が失われていく音に、涙した。
どこをどうして、歩いたのかすらわからぬまま樹海へと身を隠し、 澄んだ泉を見つける。
乾いていたのは何だったのだろう。喉の渇きなど、人間ではない彼女にはほとんどない。清らかな水に触れたくて近寄り――エレオノーレは息を詰めた。
鏡のように澄んだ水。そこに映った姿はくすんだ青い髪と、煙られたような碧眼。
元々。少女が誕生した時よりも髪も瞳も濁っていた。元を知らない者にしかわからなかったであろう。
「……わたしの、翼が、無くなった…からなの?」
震えるような声音は、静寂に包まれた樹海にどこまでも響き、誰にも届かない。泉の前に頽れるように座り込み、天を仰いだ。
エレオノーレの頭上には、ただ青く澄んだ空が広がっている。
遠く、遠く煙をあげる。長く幽閉された国の方向に視線を投じる。
(……どうして。)
疑念を投じる先も儘ならない。
長く長く囚われ、翼を奪われ、おのれ自身の存在をも陽炎のように揺らぎはじめる。
彼女の存在意義は、人たちに幸福を運ぶ。それだけだった。それだけがエレオノーレに残された、おのれをおのれ自身と定めるものだった。
かつておのれを渡り鳥と称した彼女は、地に足を付けて歩き出す。彷徨い人のように、街々を転々とし、心が清らかなひとに僅か残った「青い羽根」を渡して、さ迷う。
人たちの笑顔はエレオノーレをほんのひととき安らぎを与えたが。
寄る辺なき、幼子のような。導きのない暗い道のりを歩き続けている不安や虚無感は拭えなかった。
少女はもう当に知っていた。人間のエゴと悪意と欲望を。
(それでも、わたしは……幸福を運ばなければいけないの?)
おのれ自身の存在そのものを、エレオノーレが否定しだすのにそう時間は掛からなかった。
――”おのれの存在をねじ曲げたなら、夜に堕ちる。”
同属たる者の聲が、内からきこえてくる。
今ならはっきりと、エレオノーレには意味がわかった。嫌というほどに、わかってしまった。
(わたしは、幸運の担い手なれば。この澱んだ感情は存在をねじ曲げる。)
堕天。流転。人たちはそういっただろうか?
存在そのものがねじ曲がること。有翼のものを天の御使いとするならば、相反するものを魔の使者とするように。
うっすらと、気付いていた。疼く背の傷み。根源を失い、心に澱みを膿み生じ、生まれた時より存在が歪みつつあることを。
(人を、憎んだら。わたしは、戻れない)
――醜悪さを知った人を許せる?
――かつての純粋なまま人の幸せを祝福できる?
――存在を歪めてまで、堕ちてまで生きるべきなの?
様々な懊悩が、彼女を苦しめた。
百里、千里と歩いて歩いて、当て処もない道を歩く。ひと達の幸せを願う本能と、醜悪さを呪う感情を抱えながら、歩き続けた。
地平線の先までのぞける、港町を訪れた時。大海原をみた。
かつて海のような色を失った双眸は、ぽっかりと穴のあいたおのれ自身を見つめる。
「……存在を、ねじ曲げたら。それはもうわたしと言えるの? いいえ、言えない。わたしは、わたしの為に落ちたくない。落ちたくないわ。
例え、もう、あの天つ空を飛べなくても。もう、わたしの存在に意義など無くなっているとしても。わたしは、わたしのまま消えたい。
――あの、青き光のもとへ、還りたい。」
エレオノーレは人達のためでなく、おのれ自身のために流転を拒み、自ら消滅することを望み選んだ。
《空に樹に人にわたしは自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために
わたしは人を呼ぶ
すると世界が振り向く
――そしてわたしがいなくなる》
その瞬間から。砂が零れるように、彼女の力が、感情が、記憶が、自我さえも千切って欠けて落としていった。
万里の道の最中に、零して落として欠落する。ただ、生まれた青き世界を目指して。
喜びも悲しみも苦しみも切なさも苦しさも望みも、すべて、すべて、落としていき最後に残ったのは痛みへの嫌悪。翼を引き千切られた時の、強烈な感情のかすがな欠片のみだった。
――最後の青い羽根。
彼女がそれを渡した時。もうエレオノーレは消滅する寸前だった。望んだ青き地に似た場所で、消えることが彼女に残った唯一だった。
そこで出逢った村の人々。ランプの精霊。
皮肉としか言い様がないだろう。自我も記憶も感情もほとんど欠落し、生まれたての赤子のような状態で彼らに出逢ったことで、触れ合ったことで、少女は生を望んだ。
ランプの精霊の魔術の余波で、消滅することを選んだ時代のエレオノーレが、彼女からすれば人形のようになった自分自身の選んだものを、どう思っただろうか。
――それは、もう。過去の人格であるエレオノーレしか、知らない。
はじめて村に訪れた時よりも、エレオノーレは感情豊かになっていた。楽しいということ、嬉しいということ。悲しいこと、寂しいこと。
零して落としていったものを、違う形で拾いあげ、大事に大事にしている。
それが現在の人たちと共に笑い悲しみ、歩く”今のエレオノーレ”であった。
―アフターストーリー:レトとの秘話にあった過去の”エレオノーレの手紙の内容”―
MY DEAR self《親愛なるわたしへ》
『これを読んでいるということは、エレオ、あなたは生きることを選んだということなのね。
この手紙は、エレオ。わたしから見て未来のわたしであるあなたと、トーマスに送ります。
わたしは、消えたかった。その望みは、最後まで変わらなかった。
わたしはわたしのままに消えることを選んだ”エレオノーレ”だから。
エレオ。あなたの中に急に飛ばされて、あなたの感情と、あなたの記憶を覗いたわたしの気持ちをあなたにはわからない。
わたしはもう、人を純粋に幸せにしたいとも思えなくなり、翼を奪われたことへの悔恨を消せなかった。
もう一度、あの大空を飛びたかった。』
『あなたはわたしから、沢山のものが抜け落ちた”わたし”。そのまま、欠けて落ちて消える筈だったのに、どうしてかな?
生きることを望んだあなた。わたしは、あなたと同じようにその村の人達の暖かさに触れ、ランプの精霊さんと話してもどうしても願えなかった。
わたしはあなたのように、無邪気にあの精霊さんと親しくもしてなかった。だって羨ましかった。
あの精霊さんの”力”は、願いを叶えるという目に見えてわかるものだから。
わたしがかつてこの身宿していた”力”は周りの人たちを幸福にするという、人から見ればひどく曖昧で判然としないものだから。
羨望と――幾許かの親近感かな。厭世的なところ、似てる気がしたの。
親愛なる”エレオ”。自分のことをエレオと呼ぶ、幼子のような、未来のわたし。
そして偶然に出逢った、ランプの精霊。トーマス。
わたしはエレオで、エレオはわたし。なんて嘘よ。
わたしは消えたの。あの日望んだ時のように。』
『ひとをわたし達を形成するものは、何か。それはきっと、生きてきた道程にもよると思うわ。
感情を、心を、記憶を、自ら落としていって、ほとんど人形じみていたエレオが違う形で感情を心を紡いだらそれは、もう”わたし”ではない
ねえ、トーマス。そう思わない?
――なんてね。あなたは、それでも。「エルちゃんはエルちゃんだよぉ!」なんて言うだろうけど。
腹の底では何を考えてるかは…ともかくね。
だけどわたしは断言するわ。
今も、あなたの近くにいるであろうエレオの中にわたしはいない。
エレオが生きると望んだその時、わたしは消えたの。わたしというかすかな記録が、エレオの中に残っているだけ。
だけどトーマス。わたしは感謝しているわ。
未来のわたし。わたしでない”わたし”であるエレオのことを知れて良かったと
――あなたに会えて良かったと思ってる。』
道のりは険しくて、きっとこの記憶は――世の理で消えてしまうけれど。
いつかまた。会いましょう。未来で。
わたしではない”エレオノーレ”。それでもわたしである”エレオノーレ”
あなたの幼い心と、思考ではこの意味はわからないでしょう?
だから、この手紙は。エレオ、あなたが理解した時にトーマスに渡してね。
きっとあなたは、わたしと違い。幸運を運ぶ渡り鳥ではなく地を歩くひとりの少女と成り果てるとしても。
未来のわたし。あなたを誇りに思うわ。
from
/*
思った以上に時間が取れず、シリアスの過去編だけになって誰得なんだよ!!
と思ってます。思ってます。
本当はラヴィとエレオの愉快な七日間(村に来るまで)も書きたかったけど、もう明日は5d
中途半端になるので、SSはこれにてお終い
読んで下さった方、ありがとうございます!!
あとはグリードと、会話に集中する!!
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