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それと、宇宙船がこちらに来るようです。
ずいぶんと、速い──
[報せる間にも、光点が大きくなっているのに気づいて、
声が少し焦った。]
なに、宇宙船が? そうか。
…────、ふ、ふふ。 なるほど?
つまり、これは囮か。
[愛しき子の囁き声、それに時ならず楽し気な響きが返った。]
[思わぬ楽し気な様子に虚を衝かれる。
少し、ほんの少し…
楽しそうに消えていったシメオンのことが思い出されて、眉を下げた。
けれども、すぐにその感傷を頭から追い出す。]
もう、船を止めに出ています。
師父がお戻りになるまでは、通しはしません。
[裏を返せば、早く帰ってきてほしいという無意識の要請でもある。]
マレンマ、すぐに戻る。
それまで少しの間────、頼むぞ。
[間に合わぬ、と。
分析を置いて、天の子に託す声は僅かに厳しさを帯びる。
既に上空にあった天使の一軍は動いている。
彼らがいち早く、天の子の率いる軍に合流を果たすはずだ。]
ああ、
…───── 任せた。
[かのいとし子の抱いた感傷>>*3には気付くことなく、
代わりに気を張る子へと選んだのは、厳しくも響く言の葉。
今は甘く優しい言葉の、力なきと知るために。…ただ、]
[厳しい響きを初めて向けられて、短く息を吸うと同時、胸が熱くなる。
それは確かに、天の力の一端として認められたような喜びを伴い、
応えなければという責任感を生じさせるものだった。
心奮い立たせ、はい、と短く答える。]
― 閑話/遠い日 ―
[───── 知る者は居まい。
過日の、輝かしき大天使の地上への降臨、それよりも前。
神の種子たる御子が地上に植えられてより後のこと。
密やかな、ごく小さな奇跡が地上に顕現していたことを。]
[それは何でもない風景だった。
教会にはいつものように子供らの声が賑やかに響き、
どこかの家からは煮炊きの煙が暖かに上がる。
そんなどうということのない日常、
その中に奇跡はひっそりと佇んでいた。
目を留めた者があったかもしれない、
けれど多くは特に気に留めることもなかっただろう。
教会近くに聖職者らしき者がいることなど、
珍しくもなんでもなかったはずだから。]
[表向きはそう、地上の様子を知るために。
危うき世界に撒かれた天の種子、希望の種。
それが芽吹きし時に、かの地上世界は終わりを迎える。
そうした地の様子を見守るため、…───けど。
あの時から、気に掛かってしまっていたのだ。
自ら幼き子の首に掛けた銀の首飾り、
それに自ら天の文字を>>0:123刻んだ時から。
心に面影住まわせてしまっていたのだ。
地に置き去りし、かの幼子の面影を。]
[表立って、天の化身が教会を訪れることも、
ましてや幼子の顔を直接目に映すこともなかった。
ただ、諦めたように泣かなくなり、>>2:230
一人眠りについた幼子の心の奥、胸の奥に寄り添うように。]
[音もなく響く、それは小さく密やかに紡がれた子守歌。
天のいとし子にしか響かない、微かな響きで。
優しく愛しく響き紡いで、天の化身は静かに消えた。
そんな奇跡。どうということのない小さな奇跡だ。
ただそれこそが。
そんな奇跡を齎してしまうところが。
大天使ナタリエルが、地上を祝福するに最も適する所以であり、
また、最も適さぬとされる所以でも─── * ある。*]
― 記憶の奥 ―
[十二の御使いが消滅する衝撃を全て受け止めて
天の子の魂は深い意識の底にまで落ちていた。
意識の底、忘れられた記憶の漂う海で、魂は昏々と眠る。
その赤子のように丸まった意識に、記憶の泡がひとつ触れて弾けた。]
[遠い、遠い日の夜。
冷えた寝床にひとり潜り込み、時過ぎゆくを数えていた頃。
優しい手はもう無いのだと、
わがままを言って困らせてはいけないからと、
我慢することを覚えた後のこと。
夢うつつの中、首飾りがほんのりと温かくなったこと。
綺麗な、優しい声が子守歌歌ってくれたこと。
そんな小さな奇蹟を、当たり前のように思っていた。
幼い、幼い日の記憶。]
[孤児院に預けられた時から片時も離さなかった首飾りに、
幼い子供は時折話しかけていた。
言葉もろくに話せない赤子の頃から、
もう少し大きくなった頃まで。
少年となり、周囲に奇異の目で見られるようになっても、
1人でいる時は、やはりこっそりと話しかけていた。
まわりに溶け込むのが苦手だった少年の心を、
首飾りはいつも支えてくれたのだ。]
[昏い眠りに落ちた今もまた、
首飾りは仄かな温かさを含んで、眠りを見守っている。
無意識の手指が、そっと首飾りに触れて
刻まれた文字を指先でなぞった。*]
[自分は、その歌が好きだったのだ。
何度でも、歌って欲しいと、もう一度聞かせてくれと、
"お兄ちゃん"の袖を握って振り回して、要求したのだ。
お星さまやお月さまのとなりに行ってみたい。
そんな夢が、確かに昔、自分の中にあった。]
っ、マレンマ?
待て。今はまずい……っ
[囁き>>*19に返した声に、らしからぬ焦燥が滲んだ。
それは自らを案じての響きではない、そうではなく。
これから起こること、その予想される衝撃の大きさ。
それにいとし子が巻き込まれるを、恐れてだったが。]
[駆けつける、という叫びに返ってきたのは、焦り滲む制止の声だった。
なぜ……? と。
想いは混乱し、波立つ。]
どうし─── …
[問いのかたちの響きは、途中で途切れる。]
マレンマ、リヴィエル。愛しい子。
大事はないか?
[続き呼びかける声は、今は打って変わって穏やかに。
慈しみ深き響きで、いとし子の名を呼ぶ。
何事もなかったかのようにして。]
こちらへおいで。
[そうして差招く、自らの傍らへと。]
師父…。
[しばらく、声が出せなかった。
立て続けの衝撃、───身体的なものではなく、
目の当たりにした数々の光景に、打ちのめされて。]
私は、 無事で、います。
[ようやく響かせた言葉も、微かに震える。]
では───…
手伝っておくれ。 我がいとし子よ。
わたくしは他に、手が回らぬゆえに。
[それは術式に、全てつぎ込むことを意味する。
そうとなれば移動も防御も、全てかなわぬものとなるだろう。]
[柔らかなこころが震えるのとは裏腹に、
意識の面を覆う意思は、滑らかに澄んでいく。]
必ず───。
あなたを、お守りします。
[求められた喜びに、微かに心浮き立ちさえした。]
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