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あー、もう。
俺がこう言っても、おまえが繰り返すだろうこともわかっていて、なお──
[感じずにはおれない。
失った後の自分を想像できないのは──世界中でこの扶翼だけだ。]
引っ掻き回されるとはな。
たまには私の方があなたを引っ掻き回さないと、
割に合いません。
[澄ました調子で言ってから、そっと手を伸ばす。
触れられるはずの無い距離で、指先に感じる熱。]
ご心配なく。
あなたが私を要らないといわない限り、
私はあなたの側にいますよ。
[たとえ死の淵であっても飛び越えてみせると告げる。]
─── いえ。
要らないと言われても付いていきますけれど。
わかりました。
命令に遅れるわけにはいきませんね。
急いでお側に戻ります。
[こちらもいつもの調子で返した。]
[ルートヴィヒの取り澄ましたような言葉が撫でてゆく。
そこに感じるのは確かなぬくもりだ。]
ああ、どっちが早く見つけるかな。
[第二艦隊が追いつくまでの間に、ゲオルグとの会談の様子を伝えておく。]
消耗戦は俺の性にあわん。
次で勝負を決めようと誘った。
決戦の方法としては、
我々はシコンで軍を再編したら、最短路でカルボナードに向う。
ウルケルがそれを阻止できるか、我々が突破するか、だ。
[アレクトールが欲しいのは海峡の航行の自由であり、ウルケル海軍を撃破することである。
首都の攻略は重視していないが、ウルケルとしては絶対阻止せねばならないポイントゆえに、出てくるはず。
そして、突破戦は誰の目にも勝敗が明確な戦だ。]
楽しい会見だったようですね。
[ゲオルグとの会見の様子を聞いて、ひとことでまとめる。]
突破戦、ですか。
それを聞いていたら、相手は念入りに準備してくるでしょうね。
それとも、もう準備済でしょうか。
[頭の中に海図を呼び出して進軍路を検討する。
暗礁地帯では速度が落ちるから、大陸とフリカデル島の間を通るのが一番早いだろう。]
あとで会場の下見もしておきましょう。
[相手が乗るにせよ乗らないにせよ実行するだろうから。
ウルケル側としても、乗らざるを得ないだろうなとも思う。]
[ふ、と笑うような息が洩れる。
決戦に関して、アレクトールは事前に諮ることをせず、今も意見は求めなかった。
自分がしたいことを伝えれば、ルートヴィヒは実現のために手を打つ。
そんな傲慢にも似た信頼が違えられることなく返ってきたことに対する深い充足。
下見とやらをどんな方法で行うつもりか知らないが、ルートヴィヒは突破戦に向けて準備万端、整えるだろう。
シコンに戻れば、艦の修理の手配や葬儀の段取りなど、彼の仕事は山積みのはずだ。
釣りをしている暇もあるまい。]
[満足げな息と共に、なにやら思考が流れてきた気がした。
く、と唇の端を上げる。]
暇は作るものですよ、トール。
[忙しい時ほど趣味にも燃えるというものだ。]
ストンプ侯がここまで来ているようです。
リーミン代将が会っているそうですが、
私も、御顔を見てきますね。
[軽く報告したのち]
巡洋艦「ヘイゼル」の大破を確認しました。
艦長以下、戦死者も多数出ているようです。
知っていましたか?
彼女、ストンプ侯の姉だったんですよ。
タイミングがもう少し違えば、私の許嫁になっていたかもしれません。
───いえ、ただの仮定の話、ですけれどもね。
[他の誰にも言えないような感傷を、ぽつと漏らした。]
ストンプ侯が?
[ファミルが呼び出したにしては戦場につくのが早すぎる。
むしろ彼は主戦派であったのか。
材料のない憶測は危険ですらある。
ルートヴィヒが会いに赴くというなら、それで事足りると言葉を呑んだ。]
[むしろ、ウルズに関する新情報に虚を突かれる。
彼女が移民であることは知っていて、帝国辺境や移民の多い第三艦隊への辞令を出したのも自分であった。
が、運命の糸は今、海上でさらに縺れて、感傷の綾をなす。
ロー・シェン、ウェルシュ、ウルズ、そしてルートヴィヒ。
その場に集う者たちの不思議な縁の一端に触れてアレクトールは瞑目した。
仮定、とルートヴィヒは言ったが、姉であった、許嫁かもしれなかった、と過去形で告げられることが認識を重くする。
もはや覆りようもなく──そこに横たわる死。]
― 回想:9年前/帝都 ―
[初めて出会った日以降、トールにはいろいろなところへ連れまわされた。
彼がまとめ上げている仲間たちと引き合わされ、ここが拠点だと街のあちらこちらに連れていかれ、時には敵対グループとの交渉にまでつき合わされた。
それでも自分は、主に下町で活動するトールの仲間たちとは一線を画し続けた。
「トールが集めた連中のひとり」になってしまうのが嫌だったのかもしれない。そう指摘されれば、きっぱりと否定しただろうけれども。]
[ある日、トールに提案をしたことがある。
例の犯罪組織を排除する計画を練っていたときだ。]
トール。
彼らのこと、もっときちんと組織化してみませんか?
[トールが連れまわしている連中は、ただトールのカリスマに惹かれて集まっているだけの者たちだ。
いざという時は、それでは弱いと指摘する。]
組織化と言っても、細かく地位や役職を決める必要はありません。
ただ、自分たちがなにに所属しているのか、誰が仲間なのか、目に見える形にしておいた方がもっと結束は強まります。
[名前を決め、シンボルを──例えば同じ持ち物を持つとか── を決めればもっと強い力になると主張する。]
― 回想:9年前/帝都 ―
[それは俺がやっておく、おまえはこっちを頼む、そんな大雑把で緩やかな共同体の中でルートヴィヒは少しだけ身を引いているように感じられた。
仲間たちの中には、喧嘩のときだけ来るとか、海には行かないといった自分の遊ぶ領域を持っている者はいくらもいたけれど、それとはまた違う。
それがルートヴィヒの選んだ位置ならば構わなかった。
そんなある日、ルートヴィヒは「組織化」を持ち出す。
犯罪組織とのぶつかりあいで、皆が少し浮き足立っている時だった。
アレクトール自身は、協力する者がいないならルートヴィヒと二人だけで片をつけるつもりだったから、
弱いと言われても特に不自由は感じなかったが、皆で揃いのシンボルを持つのは楽しそうだと思った。]
やろう。
[同意を与えたのはそんな動機。]
― 回想:9年前/帝都 ―
[トールから同意を得た数日後、包みを持って彼に会いに行った。]
試作させてみましたが、こういうのはどうですか?
[広げてみせたのは、赤い腕輪や黒鞘の短剣、鴉の意匠のペンダントなどなど。]
気に入ったものがあれば、すぐにみんなの分を作らせます。
― 回想:9年前/帝都 ―
[ルートヴィヒの対応は早く、数日後には試作品とやらを披露してみせる。
こんな時には彼の実家の持つ財力とネットワークを実感するのだった。]
鴉だな
[ピンと来たイメージはそれだと名指す。]
モルトガットの建国史は知っているだろう。
若きサルバ=モルトガットは、故郷を広く襲った疫病から逃れるべく一族郎党を率いて旅に出た。
船に乗り、鴉と太陽に導かれてアルマダの地──いまの帝都へ辿り着いた。
すぐに現地の人間と意気投合して、乱れ切っていた王国を打倒して新しい国を作った。
資金がないから、旗も武具も消炭で真っ黒に塗って、当時、彼らは”鴉”と自称したそうだ。
その故事にあやかって鴉をシンボルにしたい。
望むらくは、シンボルだけれど実用的なものだ。腕輪など使えない。
この短剣ならば、いいな。鴉の嘴めいて見えないか。
― 回想:9年前/帝都 ―
[トールが語る建国史は、もちろん知っていた。
もともとの帝国で生まれたならば、幼いころから聞かされる物語だ。]
建国の王にあやかるのは良いですね。
鴉はあれは、賢い鳥ですし。
実用的なもの……なるほど。
ではその短剣をもう少し、こういう形にしてみましょうか。
建国物語に倣うならば、色ももっと艶消しの方がいいかな。
[あれやこれや修正を加えていって、それを書き留めていく。
トールがいいと言えば、すぐにも工房へ依頼を出す気であった。]
― 回想:9年前/帝都 ―
巧いもんだ。
[デッサンに修正を加えてゆくルートヴィヒの手元を見守る。]
絵が趣味だといえば十人がとこ頷くのに。
[デッサンの段階ではよくわからないからと口出ししないが、また試作が出来てくれば抜いてみたりして望む感触を伝える。]
鞘にひとりひとりの名を入れられるか?
― 回想:9年前/帝都 ―
絵など趣味のうちに入りませんよ。
[描きあがったものを透かしてみて、さらに調整しながら、嫌そうな顔で言う。
父から教わった、『広大無辺な自然の中でただ一人、内なる自分と対話を重ねて世界と向き合う高尚な趣味』である釣りは、未だにものになる気配はない。]
[再び試作品が完成すれば、使い心地の修正と共にもう一つ注文が来た。]
名前ですか?
わかりました。では名簿…
[言いかけて、頭を押さえる。]
ちゃんと組織化していないと、こういう時に面倒なんですよ。
全員分名前言ってください。筆記しますから。
[文句を言いながらも、手は抜かないのだった。]
― 回想:9年前/帝都 ―
いい出来だな。
掌にしっくりくる。
[鞘を弄びながら、名簿がないと面倒というルートヴィヒに、肩を竦める。]
誰は入れるが誰は入れないと査定する方が面倒じゃないか。
資格も何もないんだぞ。
― 回想:9年前/帝都 ―
[肩を竦めたトールを見て、こちらは呆れた口調になる。]
そんなもの、あなたが決めればいいことでしょう?
あなたが気に入った相手を受け入れればいいんです。
なにか一つでも特技があればいいとか基準を作って。
人間、何かしら得意なことはあるものです。
[なにも今まで一緒にいた仲間をふるいに掛けろと言うつもりはない。新しい仲間を受け入れるのも、今まで通りでいい。]
ただ、このまま彼らを連れて喧嘩や抗争に明け暮れていても仕方がないでしょう?
いずれは身分と生活基盤を用意してやってください。
でないと、彼らはいつまでも浮浪児のままですよ。
[その時のために、今のうちから組織化しておけと言うのだ。]
― 回想:9年前/帝都 ―
[将来のため、を語られれば表情は改まる。
アレクトールの将来、それは皇帝に決まっているから。
遊び仲間たちを国民に置き換えれば、生かし活かさねばならない。
その要となる者たちが必要だ。]
基準は、
俺の側にいて楽しめること、
俺を感嘆せしめる才を持つこと、
そして、己が才を他者のために出し惜しまぬこと。
[心にかかるメンバーの名をあげてゆく。]
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