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今はまだ…ね。
いい夢を見て。私がしてあげれる最後の贈り物かもしれないけれど。
[軽くカタリナの髪をなで上げる。優しく愛おしげに。
怖がりなカタリナのことだ。ゲルトの訃報を知ればどんな思いに駆られるだろう。
その恐怖は容易に想像もできた。
なんという欺瞞に満ちた生き方だろう。
こんなにも気遣っておきながら、彼女が傷つくことを平気でしようとしている。
それも誰かのためではない。自分のためだ。
これでは偽善ですらない。ただの茶番だ。
笑いすらこみ上げてくるほどに、やるせなかった。
けれど…それでも、私はそうせざるを得なかった。
ほんの僅かでも安穏とした時間を、夢の時間を届けることしかできなくても…
今は彼女に生きていて欲しかった。
唇を噛み締めて扉に向かえば、予め用意しておいた着替えを手に静かに闇へと消えていく。]
[人ならざる者なれば夜目も効く。
明かりの一つも持たずに夜の闇を駆け抜ければ一直線に獲物の家へ向かう。
咎を背負うと言ってくれた彼はそこに居ただろうか?
確固とした決意を伝えてきたのだ*6。きっともうそこにはいたことだろう。
これから行うことは自らの所業だ。
自分が完遂させなければならない。それがヒトの矜持だ。
アルビンの前で立ち止まり、一度だけ禍々しくも光る緋色の眼で彼をじぃと見つめた後、着替えを手渡しゲルトの元へと向かうだろう。かける言葉はない。
かけてあげる術など持ってはいないのだ。]
[事は一瞬だった。入口の前でただ腕を振るえば大きく軋みをあげ扉が放たれる。
瞬間中に滑り込んだ私は、躊躇なく彼の眠るベッドへ滑り込み、起き上がろうとしたゲルトへ手を振るった。
一瞬の散華にして惨禍。情緒も余韻も何も残さず、刹那に全てを終わらせた。
大きく見開かれたゲルトの眸。その眸が光をなくしてただの眼球へと成り下がるまでの間、その眼は何を映しただろうか?
心の臓へと突き立てられた人ならざるモノの手か?
烈々と蠢く緋の光か?
嘲笑も憤怒もない…ただ無を刻む唇か?
それを答える者はもうどこにもいない。
ゲルトの二十数年の人生は、この一瞬で終焉を迎えた。]
おやすみ…
[振りかかる鮮血を身に受けながら、染まらぬ手で見開かれた眸を閉ざしてやる。
横たわる骸を見下ろしながらただ一言かけた言葉はそんな陳腐なものであった。
それほどに…もう私には余裕がなかった。
立ち込める血と肉の薫に体中が踊りださんとばかりに震えていた。
──歓喜していたのだ。]
くふぅ…
[こびりついた肉片を舐め取れば、蕩けるような甘美な感覚に吐息が漏れる。
骸に乗りかかるようにして、衣服を剥ぎ取れば、露になった肢体にゆっくりと顔を埋めていった。]
あふぅ……ふぅ…
んぁ………ぁぁ
[闇の中で響くぴちゃリぴちゃりと湿った音にくぐもった声が混ざる。
押し殺したようにか細く、けれど艶を帯びた吐息は嬌声に近く部屋に満ちていった。
乾きを癒すように喉を鳴らしながら血を吸い上げる。
飢えから解き放つように血肉を貪る。
淫靡にもおぞましくも取れる音色が部屋中に響き渡る。
どんな感情を抱かせたか……それを慮る余裕は今の私にはなかった。
ただ貪欲に喰らい、貪り…満たされていく快感に身を震わせていた。
これが私。人ならざる者。闇の眷属。呪われた血族……人狼]
……ぁ…ふぅ
[やがて身体を支配していた衝動が静かに引いていけば、最後にひとつ熱く溜まっていた息を大きく吐き出す。
口の中でいっぱいに広がる血肉の味に軽くむせるように咳を零せば、それで全てが終わった。
しばらくぐったりしたようにベッドの上で膝立ちのままぼんやりと虚空を眺めていた私が、ゆらりと視線を巡らせれば、そこに彼の姿はあっただろうか?
ゆらりと立ち上がり、朧気な足取りで彼を求め…叶うならばしだれかかるように彼の胸に己を預けたことだろう。
そして見上げて何かを告げようと絶え絶えな息遣いのままに口をぱくぱくと…声にならない声で呼びかける。
顔中に血をこびりつかせながら]**
[突如、聞こえて来た声。
「たすけて、たすけて、怖いよ、アルお兄ちゃん。」
それは聞き覚えのある少女の声。一体、何処から聞こえて来るのだろう。
一生懸命に助けを乞う声はか細くて今にも消えてしまいそうだ。
困惑した様に辺りを見渡すが少女の姿は見当たらない。
周りに居る村の者は平然としていて声が聴こえているのは自分だけの様だった。
自分ではない誰かの声が頭の中で木霊する。その感覚にアルビンは覚えがあった。
知らなかったのは、全てを焼き付さんばかりの強い負の感情だ。
何かが弾ける音がすると同時に視界が赤く染まった。]
[怖い、憎い、憎い、憎い――、
其れ等の感情が黒い炎となってアルビンの心を焦がす。
アルビンは村を抜け出し一目散に山へと走った。
声に呼ばれるままに辿り着いたアルビンの視界に飛び込んで来たのは、
憎しみという感情をぶつける様に切り裂かれた無惨な死体と、
その死体を思うままに蹂躙したのだろう1匹の獣。
山を駆けている間にも流れこんだきた感情。
それに、血肉を滴らせた獣の口元が全てを物語っている。]
[一瞬の事だった、オオカミは飛びかかりアルビンを地面に叩き付けた。
アルビンは死を目の当たりにしたが、牙が首へと立てる寸での所で止まった。獣は気を失い崩れ落ちる。
心臓は早鐘を打っていた。噴き出した汗が頬を伝い地面へと落ちる。
胸元へ凭れ掛かる獣の背中を優しい手つきで撫でる。
上気した目元に淡い影を落とす睫毛が震え、唇から熱い息が漏れる。
決して、アルビンは怯えていなかった。
鋭い爪が肩に食い込もうが痛みに顔を歪める事は無かった。
其れ所か恍惚とした表情を浮かべて振り下ろされる牙を待っていた。
ただ、ただ、波の様に押し寄せる感情に身を任せていた。]
[それから、死体が発見されない様に作為を凝らした。
山の頂から流れている小川までパメラを背負っていった。
川の渚に祈る人の様に跪つき丁寧な仕草でパメラを降ろす。
一息付くと、思い出した様に血に濡れた一差し指と中指を銜えた。
パメラに襲われた際に付着したのだろう血肉を啜る。
矢張り、とてもじゃないが食べれたものじゃない。
けれどもアルビンは口内に広がった甘美な味を覚えていた。
名残惜しく感じて手の甲についた血を舌で拭うが、求めている其れでは無かった。]
─ ゲルトの最期 ─
[あの後に目を覚ましたパメラは安心したように涙した。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」と今度は助けではなく許しを乞うパメラを力一杯に抱きしめた。
憎い人間を襲い自分に牙を掛けた事。腕に抱く、少女の小さな心臓は後悔に苛まれていたのだろうか。
声にならない叫びが伝わって来る様だった。
「人間がやっていいことじゃない。」とパメラは言う。
けれどもアルビンは思う、
あの時に見た彼女の涙が夢でも幻でも無かったとしたら、人間では無いのはどちらだろう。
だってアルビンは見たのだ。小川の澄んだ水、磨き立ての銅鏡のような水の面はまるで夢でも見てるみたいに恍惚に浸っている少年の顔が浮かんでいた。
小川の一端にはさんざしの茂み。青草とむせかえるような花の香り。
それに混じる確かな血の匂い。]
─ ゲルトの最期 ─
[飛び交う獲物、血に濡れる狼。
今まで何度も目にしてきた凄惨な筈の光景。
獣に蹂躙されているのは、かつての幼馴染み。
罪悪感に押しつぶされそうになるが――、
黙って、その様子を見守る。]
[やがて、テレパスを通じて、パメラを突き動かしていた衝動が静かに引いていくのが分かる。
暫くの間ぐったりとしていたパメラだったが、視線を巡らしてアルビンの姿を見つける。
朧げな足取りで此方へ来るパメラをアルビンは迎え入れるように腕を広げた。
今、アルビンはパメラを求めていた。「パメラの感じている全てを自分のものにしたい」という気持ちが強くなっていて、体中その気持ちでいっぱいになっていた。
強く強くパメラを抱きしめながら、何かを告げようとしているパメラに目線で問いかける。血に汚れるのも構わず、片方の手をパメラの頬へと添えながら。**]
[昨夜、拒まれる事がなければ、自身の胸に頭を預けるパメラを強く抱きしめて、血で濡れる頬に片手を寄せようとした。
上目遣いで此方を窺いながら何かを伝えようとして口を開けては閉じて繰り返すパメラの言葉を待った。
その続きをアルビンは聞けたのだろうか。
どちらにしろ、アルビンは何枚ものシーツを部屋へと運んで来て、ゲルトの遺体をシーツで何重にも包んで覆い隠そうとしただろう。
パメラは見ていて欲しいという言った。パメラを寝室を赤く染めあげるのをアルビンは優しい表情で見守っていたが、
白いシーツが赤く染まるのには眉を潜めたかもしれない。
昨晩も目にした光景を繰り返し見せられている。]
[私が人間を欲するようになってからもう一つ変わったことがある。
言葉を紡がなくても彼の感覚が頭に響くようになったのだ。
言葉ほどに明確なものではない。
けれど、言葉のように
それは、彼とて同じことだろう。
繋がればより強く…その想いが大きければより強固に…脳裏へと伝わってくる。
思えばあの日……私が襲われた時、どうして彼はすぐ側に来てくれていたのだろう。
それを考えれば、望む望まざるに関わらず届いてしまうのだろう。
想いが……欲望が]
アル…ビ…
[同時に、彼の情欲もまた……
胸に突き刺さる。その傲慢で純粋で倒錯して歪んでどす黒く蠢き煌めく狂星の瞬きを感じていた。
欲している…求められている。その感覚に魂が震えた。
強く抱きしめられ頬に宛てがわれる彼の掌が、血糊を纏ってぬらりと流れる。
血を通して伝わる温もりが酷く熱く感じられる。
私は片方の手を彼の手の甲に重ね、もう片方の手を彼の眼前に差し出した。
どちらも人ならざるヒトの手だ。鋭利な爪には未だゲルトだったモノが付着している。
『舐めてみる?』というように小首を傾げてみせてから、ゆっくりと口を開く]
私があげられるものは、すべてあげる。
私ができることは、すべてします。
夜に堕ちゆくのなら 共に
太陽に抗うのなら 側に
星を掴むのなら 携えて
私には貴方しかいないから。この暗く紅の黄昏を照らすのは貴方だけだから。
だからどうか……
貴方がその道を違える時は 私を…殺して ね?
[そう言って微笑んだつもりだったけれど
私はうまく笑えていただろうか?]**
[果たして、波の様に押し寄せて来る感情は何処から来るのだろう。
自分が感じている感情が自分のものなのかパメラのものなのか分からない。
彼女の声を頭の中に響く様になってからというもの、脳裏へと伝わって来る想いがあった。
今も胸に頭を預ける彼女から流れ込んで来る。知己の仲を殺める罪悪感と、其れを上回る人を食らう快楽。
アルビンはパメラを通じてゲルトを食い殺したのだ。一種の疑似体験を味わっていた。
様々な感情がせめぎ合い複雑に入り混じる。感情の波が押しては返し心の内をかき乱す。このまま感情の海に溺れてしまいたい。胸から溢れ出る感情もまたパメラに伝わってしまっているのだろう。]
[「耐えられないと思ったら逃げて。
許せないと思ったら……」
あの時、そう呟いたパメラは怯えていた。謝罪を繰り返し許しを乞いた少女もまた。
幸せな時間を奪われたとは思っていない、自ら捨てたのだ。
差し出した手を取ってくれた存在が誰よりも気高く美しいと知っている。
その全てを視て感じて来たのだから。それ以上の至福を自分は知らない。
彼女にまだ人の心が残っていると言うならば、
人としての幸せを願うならば、
自分の願いが叶う事は無い。ならば、せめて、彼女は幸せになって欲しい、そう思って、思っていた、のに……。けれど、儚い望みだったのだろう。]
[小首を傾げてパメラが手を差し出された。血で濡れた人狼の手だ。パメラの細い腰から手を離しては目前にある手を取った。人ではない者の手と手が重なり合う。
唇を寄せた。まるで、口付けを落とす様に。否、祈りを捧げる様に。]
太陽に焼かれようとも、闇に身を投じても構わない。
お前の感じる全てを得られると言うなら、
この命も惜しくない。
俺も全てを捧げよう。
[それは、誓いだ。]
[流星は俺達の願いを叶えてくれない。ならば俺は愛しい妹の願いを叶えてやろう。
閉じた目蓋の裏には、傲慢で倒錯した暗く蠢き煌めく狂星が煌めいている。
けれども狡い自分は最期の願いを聞かなかった振りをして、
無理に笑おうとして失敗しまっているパメラ。不器用なこの子に微笑み返したのだった。**]
[聖職者の席に身を置くこの女が有名な悪魔祓いだというのならば、かの神父はきっとそうなのだろう。人狼の噂を聞きつけ派遣された…只の人間ではないはずだ。
あの村にいた男も確かそうだった。ほとんど顔を合わせもしなかったのに、親の素性を当て地獄の業火に投げ込み、執念深くも2年もの歳月をかけて私を見つけ出し……そして
かの者は畜生にも劣る存在だったことが、私が生きていることにもなったのだが、同時に人であった私を殺した存在でもあった]
……やっぱり殺しちゃったほうがいいのかな?
シスターが死ぬつもりなら、尚更……
[けれど、心は燻る。
傍らのカタリナに目を落とし、小さくため息を零す。
人一倍怖がりな娘だ。愛情にあふれた世界で生き、花園の如き優しさに包まれた娘。
今、彼女は否応なく恐怖と欺瞞が渦巻く世界に放り込まれた。
なんのことはない。私が放り込んだのだ。
思惑通り、今日余所者たちが消えたら…次はどうなる?
彼女に罪を着せて闇へと屠るのか? 恐怖と絶望のどん底に叩き落として贄に捧げるのか?
この娘を。私が?]
どうせ死んでしまうのなら…いっそ苦しまないように……
[慮る気持ちはある。醜聞を見せることなく苦しまず楽にしてやることはできる。
私はその術を持っていて、何よりも私がその元凶だ。
いや…もしかしなくても、この子には見せたくないのだろう。
そんな光景を、私自身の醜い姿を。
けれど──
惑う思いは虚空を彷徨う]*
[自ら犠牲に選ばれるとは泣ける話しだ。
流石尊い聖職者と言えば良いのか。けれど、フリーデルの話しには抜けがある。]
明日ジムゾンが生き残っていれば彼に罪を擦り付ける事が出来るのだから。オットーとカタリナはずっと昔からの幼馴染みだ。
オットーは俺の事を信頼しているし、……。
[それに、きっとパメラの事を。
その事は伏せて話しを続ける。]
ジムゾンが高名な魔祓いと言われているならば、
もしかしたら、彼には何か能力があるのかもしれない、が。
その時はー―、俺が……。
あると思うよ……
昔、私一度そんな風に見透かされたことがある。
本当は、殺しておくのがいいのだろうけど……
ん…わかった。信じてるよ。
あの悪魔祓いなんかに負けないって。
リナを送ってくるね。
押し付けなのだろうけど、楽にしてあげたい。
見に来てくれてもいいけど、手は出しちゃダメだよ。
あの子に恨まれるのは、私だけでいい。
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