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[ウルを飲ませる時には、少し苦労した。
相手の意識も朦朧としていたし、ウルはすごく苦いと言われている。
自分は、ほとんど感じないのだけれど。
どこかで、寝ている相手に薬を飲ませる時は口移しだと聞いた。
だから、自分で噛み砕いてから水を口に含み、唇を合わせて流し込んでみた。
相手はむせて起きてきたけれど、飲んだかどうかちょっと自信が無かったから、彼の前にナイフを出してみせた。]
僕の血はウルでできているんだ。
飲めば、きっと元気になる。
病気になんか負けるな。
[血がウルでできているとは、研究所の大人たちが冗談で言うことだったけれど、幼い頃は本気で信じていたし、今も結構そう思っている。
ナイフで左手首を切り、滴る血を彼に差し出した。]
― 金庫開封の後 ―
[宴も終盤となり、喧噪が間遠になる頃、絆を手繰って呼びかける。]
良いよ。今なら私ひとりだ。
[人払いした天幕の中で、敷物に寝そべって、彼が来るのを待つ。*]
― 金庫開封の後 ―
[絆の相手が近づいてくるのをなんとなく感じながら、彼のこえを思い浮かべる。
好きですよ、と告げるあの響きは心地良かった。
その”好き”がどこに向けられているのかには、あまり興味は無いのだけれども。
自分にとって、彼は兄弟であり、腹心だ。
文字通りに、”血を分けた”相手だった。
大切な相手、なのだと思う。
ただ、憎むこと以外を親と一緒に無くした自分には、大切の意味も実はよくわからない。*]
― 幼年時代のこと (ファミル編) ―
[ 高熱を出して寝込んだのは、ちょうど物心がつくころで、だからそれは、誰かに聞かされたのではないドロシーの最初の記憶だ。
昼も夜もわからない場所で、ずっと寝かされていた。
そのうち、すごく息苦しくなって、頭が痺れるみたいになって、でも、そのまま沈むことはできなかった。
必死で起き出すと、誰かいた。子供だ。
とても静かで、吸い寄せられるような目をしていた。]
──ぁ… きれい
[ お迎えに来た天国の人かもと思ったけれど、彼の血を飲めば元気になると言われて、傷口に口付ける。
熱を帯びた体に、それは温かいのに清涼感をもたらした。]
これなら、もっと飲めます。
[ 音をたてずにそっと啜って、舐めていたら、世界が違ってみえてきた。
力が溢れてくる。
それはどこか、借りてきたような覚束なさはあったけれど、微笑むのも楽になった。]
うん、 もう負けたりしません。
[ 彼の左手首にリボンを巻いて、その手を握って、穏やかな眠りに落ちたのだった。]
[ 目覚めたら彼はいなくなっていた。
不思議なのは、それから時々、彼の声が聞こえてきたことだ。
でも、話しかけても返事はなくて、こちらの声は聞こえていないのではないかと思った。
どうして──?
幼いなりに考えて、至った答えは、]
私の血をウルにして、彼に飲ませればいい…!
[ 一途な思い込みから、毎日、欠かさずウルを摂取するようにしたのだった。*]
― 宴の後 ―
[ ファミルの呼びかけに応えて天幕を訪れる。
入り口には衛兵がいたが、ドロシーを止めることはない。
中に入れば、敷物に寛ぐファミルの姿が見えた。]
これで、タンドゥアイの主だった都市はすべて帝国のものとなったわけですけど、
祭りの後は舵取りが難しいところですね。
[ 傍に行って、ドロシーも膝を崩して座る。
話をしながら、ファミルの喉元に手を伸ばして、ボタンを外す構え。*]
― 邂逅の後 ―
[後宮侵入事件が発覚してからは監視が厳しくなって、どこへ行くにもお供つきになった。
行動範囲が限定されるのは昔からだったし、訓練に打ち込んでいれば何も言われなかったので苦ではなかったけれど、皇子がどうしているのかは気になった。
お元気になられた、と教えてもらえたのはずいぶん後のことだった。
やっぱり自分が正しかったと胸を張って、監督官に殴られたものだ。]
[その頃、静かにしていると時折誰かの声が聞こえてきた。
どこから聞こえるのかも、何を言っているのかもわからない、不明瞭で遠い声だ。
側にいる人には全く聞こえず、どうやら自分だけに届く音らしい。
気のせいだと無視することにしたが、謎のこえはその後数年続いた。
正しくこえの相手を見いだすまで。*]
― 宴の後 ―
[明るさを落とした天幕内でうとうととまどろんでいたが、ドロシーが入ってきた気配に薄く目を開ける。
言葉紡ぐ唇を見つめていたが、祭の後の話に再び瞼を降ろした。]
魔法を根絶やしにできれば、後はどうでもいいんだ。
けど―――、世界の覇者になる、なんていうのもいいかも。
[目を閉じたまま、熱の無い声で言う。
その間にも、喉元に伸びてきた手を押しのけるように払おうとした。*]
― 宴の後 ―
私は魔法のない世界で、可愛い格好をして、あなたに褒められれば、他にはいらないですよ。
[ ファミルの真似をして言う。]
でも、そのどれかひとつでも欠けたら嫌です。
[ 払い除けようとする手を包み込み、声音を改める。]
さっき、私に指輪を渡す際、「魔法が掛かっているかも」と言いましたね。
直近で、呪力を受けるようなことがあったんでしょう?
だから、警告した、違いますか。
[ 問うてはいるけれど、自分で確認するまで納得しないつもりも露わに、ファミルがさっき手をやっていた胸元をはだけにかかる。*]
― 宴の後 ―
[嫌です、の言葉に、もう一度目を開けた。
包む手を振り払いはせず、一度ドロシーを見た後は視線を天幕の天辺に向けたまま、黙って聞いている。
息を吐いただけでなにも言わなかったが、この場合は肯定の意味だ。
それも、若干気まずく思っているときの。
胸元に伸びる手を今度は止めはしない。
服をはだければ、胸に巻かれた包帯が露わになるだろう。*]
[ ファミルの胸元には、きっちりと包帯が巻かれている。
ちゃんと手当てを受けた──というよりは傷を隠すのが目的に思われた。
手間を惜しんで、手で引きちぎる。
その先に見たものに、キッと目を細めた。]
…施術者は、死んだのですよね。
[包帯はあっけなく引きちぎられ、その下に隠されていた傷が露わになる。
小さな刃物での刺突痕と、周辺の肌にうっすらと浮かぶ文字。何らかの術式だということは、ドロシーにはわかるだろう。
発動していない今は、判別まではつかないかもしれないが。]
学長だ。
死んだよ。兵が確認してる。
[悪さが見つかったという顔で、やはりそっぽを向きながら答える。*]
[ 術者がもうこの世にいないならば、当人に解かせることはできない。
どんな呪いかすら判別がつかない。]
あなたにこんな醜いものを与えるなんて。
[ 抉って消せるものならとばかりに、指先を震わせた。*]
[震えるドロシーの指先を、今度はこちらから握る。
彼の感情の昂ぶりにうろたえるような手つきで。]
油断した私が悪い。
街に帰ったら、削るなり焼くなりするさ。
[それで消えるとも思っていないが、そう口にする。]
だから、 …怒るなよ。
[相手が何の感情を抱いているかわからないまま、ただ絆の響きが乱れていることだけを感じて、落ち着かせようと試みているのだ。*]
これは怒って当然なんです。
[ ファミルが口にした受傷の原因も解呪の方法も、納得できるものではなかったが
彼が宥めようとしている、そのことだけはわかる。
だがら、落ち着かなくてはならないのだろう。]
…とりあえず、私の血を飲んでください。
[ 唇を噛みながら手首を差し出し、太腿のナイフベルトから刃を引き出す。*]
[ドロシーは、やはり怒っていたらしい。
間違ってはいなかったと妙な安堵をするが、差し出されたナイフはなにも終わったわけではないと突きつけられるかのよう。]
あのときのように?
私は、死に掛けているわけでは……
[彼の血を口にしたあのとき、絆の路が完全に開いたのだ。
だが今は過去に思いを馳せるどころではなく。]
―――…わかった。
[ドロシーに差し出されたものを、断ったことなどない。
自分に刃を突き立てるよりもよほど神妙な顔で彼の手を取り、手首に刃を滑らせて、唇をつけた。
流れる熱を舐め取り、呑み込む。
体の奥から力が湧き上がってくるのは、ウルを飲んだ時と同じ。
絆の赤いいろが目蓋の裏に広がって、体を巡る。]
[ ファミルが血を飲むのを見守る。
ウルで満たされた血は元気のもとだと幼いドロシーに教えたのは彼だ。
今もそれを信じている。
押さえてくれた切り口をちぎれた包帯で結んで止血し、小さく頷いた。]
この程度でヘタったりしたら、最強皇帝の名が泣きますからね!
[ あえてツンケンと言って、それから、覆いかぶさるようにしてファミルを抱擁する。]
これ以上は文句も泣き言も言いません。
…私には、隠しても意味がないってことだけ、覚えておいてください。
あなたは大樹、私は花。
まったく別物に見えて、繋がっているんですから。
[血を飲んだことで、ドロシーの怒りは収まったらしい。
最強皇帝の名なんて初めて聞いたけれど、ヘタっていたら名よりもドロシーが泣きそうな気がしたので、しゃんとしていようと思う。
まだ繋がるこころがざわざわしていたが、抱擁されれば気にならなくなった。]
―――覚えておく。
[神妙に頷いて、彼の背に手を置いた。]
[ 「おまえの喜んでいるこえを聞きたい」などとファミルが言う相手は自分しかいないと感覚的に知っている。
どこか、ひとの喜怒哀楽に無頓着なところのある彼だ。
それは、人が虫の感情を汲まないのと似たようなものかもしれない。]
望まれて光栄です。
たくさん、聞かせあげます。
[ 背中にファミルの掌の熱を感じて、目を閉じる。*]
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