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おかげで見つからないで済むの。
[伸びた爪で喉を抉った。
加虐趣味はないが、さすがに人を呼ばれては困る。
空気の抜ける音を立てる喉を手で押さえて目を見開く少将が
軍人としての正気を取り戻すより早く地面に押し倒した。
心臓を狙って爪を突き立てるが、うまく抉れずに血肉がまとわりつく。
夜の一人歩きには、武器も携帯しないのか。
もがき始めた手を足で踏みつけ
呼吸の度に血を噴出す首に赤のこびりついた爪を突き込んだ。]
……難しい。
[初めての食事の出来は少々難がある。
濡れた服は随分と色を変えている事だろう。
血も随分無駄にしてしまったが、体内にはまだ沢山詰まっている。
装飾のついた邪魔な服を取り去ってから爪で肉を裂き
まだ温かな心臓にゆっくりと牙を立てた。
ひと口ごとに渇きが癒される。
一片を腹に入れるにつれて腹は満たされて。
即物的な欲求が治まってからも、足りないと魂は急き立てる。
やはり顔も知らない人ではだめ。
私が欲しいのは、知りたいのは―― ]
[少女が夢の中に立つ。
ゆるく波打つ金の髪に赤い服を身に纏い
唯一蒼を湛える眼が物言いたげにこちらを見ている。
これは“私”。
同じだけど違うもの。
もう夢を彼女を通して見る事はもう叶わない。
視る側から視られる側へと存在を変えてしまったから。
ねぇ“ドロシー”。
私はあの唄の未来を証明することができるかしら。
声にならない問いかけに、少女はただ蒼を向けるのみ。]
[まさかね、と思う。
女性の新兵なんていくらでもいる。
疑いをかけられているのがサシャだなんて根拠はない。]
――もしそうだったらどうするの?
[……いいえ。違う。
もしそうであったとしても、今度はきっと。]
――守れる? ううん、あなたじゃ無理よ。
だって“私”と同じだから。
自分が一番かわいい、優しくない人。
― 綴り手不明の手記 ―
『XX年X月X日
本日○時○分に駐屯地に緊急指令が出された。
今後一切、外への接触を断たれる。
緘口令が敷かれているがおおよその人員は知っているだろう。
Code471。狼化病の発令だ。
軍内に狼がいるとそこら中で騒ぎになっている。
駐屯地全体の空気が重い。
だが、同室者のあいつはむしろ俺に気を遣ってくれる。
死んだ奴が俺と一番親しかった事は周知の事だったからだろう。
だから誰も俺を疑いやしない。
どいつもこいつも軍人のくせしてお人よしすぎないか。』
『XX年X月X日
また一人死んだ。前に俺の指導教官をしてくれた上官だった。
窓を破られたらしく、警戒の隙をついて襲った形だ。
故郷に祖母がいて心配だと言っていたっけ。
その前日に、疑いをかけられ尋問を受けていた新兵が自殺した。
この空気の中で感染以外の理由で何人が死んだろう。
軍内に漂う疑念は一層強くなっている。
新兵の無実は証明されたが、尋問役を引き受けていたあいつは
今もベッドに腰掛けうな垂れたまま動かない。
知っていたさ。その新兵を妹のように可愛がっていたことを。
だからこそ尋問役を引き受けていたことも。
抜け殻のようになったあいつが俺を見て言う。
お前が発症者なら、次は俺を殺してくれたらいいのにと。
……ごめんな。』
『XX年X月X日
最後まで言い出せなかった。
そのせいでどれだけの犠牲が出ると分かっていても。
どうして発症なんてしまったんだろう。
生まれ変わるなら、俺は喰われる側でいたい。』
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