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[正面から向き合えば、天使はほんの少しその雰囲気を変えていた。
纏う光輝も表情も、どこか柔らかい。
掛けられた声もとても温かくて、懐かしかった。]
思い出したのか?
[熱いものが胸にせり上がる。]
……嬉しい。オレも。
[指を伸ばし、躊躇いがちに天使の頬に触れる。]
[純粋無垢な蛇は短い言葉で今を選んだ。
おずおずと口にされる問いかけの言葉。]
ああ、怯えなくていい。 もう、天が介入して我々を引き離すことはないよ。
天へ帰還する門を開けなかったのは、神具がなかったせいではない。
おまえとふたたび出会ったことで、わたしは天界にある資格を失ったのだ。
この身はすでに、おまえのものと天は認めたに等しい。
おまえの望みを叶えたい。
我らの新しい門出を、何から始めたいか聞かせて。
[言いなさい、との命令形はもう使わない。
それだけで心なしか表情も柔らかになる。]
[天界にある資格を失ったと語る天使へ、気遣うような視線を投げる。
だが考えてみれば自分はこの天使を天界から連れ出しに行ったのだ。
表情はゆるりと喜びに変わっていった。]
ならオレの国に行こう。
地下の国だがいいところだ。
オマエが来ればみんな喜ぶ。
オマエは太陽だから。
[はしゃいだ声を上げて手を繋ぐ。]
それでオレと子を作ろう。
たくさん作ろう。
きっと可愛い。
[そこまで言って、はたと固まった。]
……そうだった。
おまえはできないんだった。
[番う行為はできないのだと、告げられた言葉と目にした体を思い出して少し消沈する。]
[…が、すぐに気を取り直して、絡めた尾の先で天使の足をさする。]
オマエが雄にも雌にもなれないならそれでもいい。
一緒にいたい。
気持ちいいこともしよう。
[嬉しげに希望を口にした。]
[地下のナーガの王国。
それはこれまで暮らしてきた天界とはまったく異なる世界だろう。
記憶を取り戻した今も、忠実な御使いたるべく叩き込まれた教化まで無に帰したわけではない。
闇に対して反射的に安堵よりは忌避を感じてしまうのを止めることはできなかったけれど、
ギィが故国と国民を誇らしげに語るのを聞けば、先入観も次第に温かく溶けていった。]
おまえと共にいられる場所が、わたしの楽土だ。
[そう告げた想いに偽わりはない。]
[子供が欲しいという無邪気な要望に困惑を覚えるより早く、それでもいいと妥協を摸索するギィの気遣いに、本当に深く想われているのだと感じる。]
おまえはわたしの身体に巻きついて温まるのが好きだった。
羽根の間に尾を入れるのが特にお気に入りだったね。
これからはまた、そうすることができるよ。
[足に擦り寄る尾を差し招く。]
ギィ、 おまえと新しい絆を結びたい。
使役者と隷魔としてではなく、伴侶としての契りを交わそう。
おまえの髪を一筋おくれ。
わたしの髪におまえの色が混じるように。
[誘われて、天使がほんとうに思い出したのだと実感する。
差し招かれた尾でゆるく巻き付き、羽根の間に忍ばせた。
揺れる尾の先から、しゃらしゃらと微かな音が零れる。]
好きだ。
[尾をこうして入れるのも、一緒にいるのも、天使そのものも、
全部をまとめてひとことに。]
新しい絆?
[求めにきょとんとしたあと、疑問を笑みに溶かして頭を摺り寄せる。]
伴侶になろう。なりたい。
オレはオマエのもので、オマエはオレのものだ。
[新しい絆はどちらが上ということもない。
互いが望む限り一緒にいられる契りだ。]
オレもオマエの髪が欲しい。
交換しよう。
リングは、壊したから…
[右耳に触れて、少し小さくなる。
あれはお仕置きされる嫌なものだったけれど、良いものでもあったから。]
[リングを壊したとギィが呟く。]
壊して、わたしを呼んだのだろう。
わたしのところに飛んできたから、おまえの元に駆けつけることができた。
[噛み砕かれた欠片──今は指輪にくっついて嵌ったそれを見せる。]
これはもう役目を果たしたのだ。
綺麗だからとっておこうと思うけれど。
今度はなくなったりしない。
互いの一部としてあり続ける。
[顔を寄せて髪を直接、絡めた。
小さく唇を綻ばせる。]
こんな時、誓いは、言葉よりも──
[天使が示したリングには、小さな欠片がひとつ増えていた。
届いた証。
繋がった証。
舌先を伸ばして舐め、感触を確かめる。]
これがあったから、オマエが来てくれた。
嬉しかった。
[そのまま幾度か指輪と指を舐める。]
[顔を寄せ、髪を絡める。
体温が近い。温かさが流れ込んでくる。]
オマエとオレが混ざり合って、ひとつになる。
互いに───…
[言葉よりも。
綻んだ唇に視線が吸い寄せられる。
同じように、自分の唇が綻ぶのがわかる。]
ヴィン………
[唇が柔かに重なる。
初めての接吻け。 そして最初のひとつ。
身体が震えるような喜びが走り、翼が小さく打ち震えた。]
わたしはおまえのもの、
おまえはわたしのもの──
[認識を新たにすれば、羽根に潜り込んで鳴る尾の先が、指の間を這った細い舌が、髪の絡まり合う体温が鮮やかに歌い巡る。]
[愛だ、と。
伴侶となった天使の口から紡がれれば、言葉が熱を持って輝きだす心地がした。]
愛、だ。
愛してる。ヴィンセント。
[湧き上がる気持ちのままに言葉を繰り返し、
二度目と、三度目の誓いを立て続けに交える。]
[天にも昇る心地というのは、こんな気持ちを言うのだろう。
天界へ昇って行ったときも期待に胸が躍っていたものだが、今は、足元から髪の先までが浮き立つような心地がする。
そんな幸福と歓喜で満たされた心の中に、一筋の影を見つけた。]
ヴィン、すぐにここを出よう。
[天使の腕を掴み、声に焦燥を滲ませる。]
ここにいるとオマエが危ない。
オマエが死ぬのは嫌だ。
だから、すぐ離れよう。
[先ほど流れ込んできたイメージが、再び脳裏に蘇っていた。]
嬉しい ── 愛している ── 幸せだ。
[言葉と接吻けを交互に息吹で感じられる近さに見つめるギィの面差し。
その情熱的な赤い髪は銀の一刷を添わせ、ギィの瞳に映る自分の姿には銀の髪に一筋の赤が走る。
愛は天魔の柵を越えるのだ。
天使にとっての感覚器官である翼はいっそう明るんで、春のうららな日差しの色となる。]
[その光は、この地においては危険なものでもあった。
誘蛾灯のごとく魔を呼び寄せる。
それを思い出したか、あるいは何かの予感に触発されてか、ギィは速やかな移動を促した。
二人が目指すべきは、この禍々しい結界の外。
ギィの故郷だ。]
わかった。
敵に遭遇した場合は、いつもの連携で。
[短く打ち合せを済ませ、光を紡いで装備を整える。]
[天使の翼が抱くのは、優しい太陽の暖かさ。
眩くも愛しいその翼から名残惜しく尾を引き戻す。]
いつものように、だな。
[戦いの装束を整えた天使を眩しげに見やって笑い、自らも赤い蛇へと姿を変える。
その頭には小さな星のように銀の鱗がひとつ輝いていた。]
[赤い蛇はさらに大きさを縮め、小蛇となって天使の足元に這い寄る。
そのままするすると体を登って、翼の間に落ち着いた。
ちらと舌を出して翼の温もりを味わい、身体を擦り付ける。]
[王冠のように銀鱗を戴く小さな蛇が翼の間に収まる。
懐かしく心躍る感触。
指を肩越しに回して接吻け代わりに一撫でをしてから、軽やかに地を蹴った。]
[天使の背に乗って空へと高く舞い上がる。
それはすがすがしく心躍る体験だった。
いつ魔物に襲われるかわからないという状況でなければ、もっと楽しめるのだろうけれど。
湯煙立ち込める高さから抜け出せば、視界が広がった。
黒い結界が渓谷全体を覆っているのが見える。
あれを抜けさえすれば、魔物の脅威も減るだろう。]
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