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[大きなものはない。
…つまり、そうでない怪我はしたのだろう。
ソマリアードを相手にすれば、それは必然。
むしろ軽傷であるなら喜ぶべきことだった。]
怪我は、小さなものでも放置すると危ないですから。
…少し落ち着いたら、手当させてくださいね。
[ひとまず大丈夫であることがわかれば、ほっと安堵に胸を撫で下ろすのだった。]
[くすり、思わず笑みが零れる。>>*6
あぁ、うっかり伝わってしまったらどうしよう?]
えぇ、もちろん!と言いたいところですが…
…できる限り、善処いたします。
痛くないように…ふふふ…
[……ダメだった。堪え切れずに笑ってしまう。
こんな時だというのに。
かの恐ろしい魔王様の言葉とは思えまい!
可愛いとさえ感じてしまう、その返しに少し癒された。]
……時間がない。
手当をするなら、さっさと済ませてくれ。
[ イングリッドを天幕へ呼びつけて、
最初の一言がそれ。
なお、傷は左上腕部のものが酷く、あとは手足にかすり傷、そして首にも。 ]**
― 魔王の天幕 ―
[ イングリッドに怪我の手当てをさせている間に、
テオドールはソファでうつらうつらしていた。
無理もない。ほとんど休息をとらぬまま戦場へ出て、
そのまま指揮のみならず戦闘までも行ったのだ。 ]
[ かふ、と少し息苦しげなイビキをかいて。
イングリッドが不用意に近づいた瞬間に、
寝ぼけて抱き寄せた。 ]
リッド。
……あと五分だけ。
騎士団のお偉方は、どうせ遅刻してくるんだから。
[ 無精髭でごわごわの頬を擦り寄せて、
女の香りを吸い込んで。 ]
[ ……しかし、
やわらかな時間は、テオドールの突然の咳によって破られた。 ]
……ッ! ……ッ、ッ!
[ イングリッドを押し退けるようにして身を折る。
長く激しい咳がやっと止まり、テオドールは口許を拭い、
中の色を隠すように握りしめた。 ]
……なんでもない。下がれ。
[ 急速に覚醒する意識で、退出を促しかけて。 ]
……いや、待て。
[ 止めた。 ]
……俺は何か言ったか?
[ 冷静な思考が現状を理解する。
かなり際どいことを口走ったことを自覚する。 ]
……。
[ 眉間を揉み、テオドールは嘆息した。 ]
[ 秘密を知った者への対処はふたつだ。
口を塞ぐか。仲間に引き入れるか。
だが、今さら明かすなら、
今まで巻き込まぬようにしていた努力はどうなると言うのだ。 ]
[ 時間を稼ぐように、あるいは指針を探るように、
テオドールはイングリッドの顔を見た。 ]
……俺は、お前が分からん。
今の俺は、もはやお前の父親とも呼べるような年齢だ。
この俺の何に対して、お前はそんなに尽くしてくれているのだ?
[笑うな、と鋭い視線が飛んできた気もしたが>>*8、今のイングリッドにはそれすら微笑ましく感じられる。]
…はい。申し訳ありません。
[こうして何ということもない会話ができるというだけで嬉しい。
本気で腹を立てていたなら、こんな返事は来なかっただろう。
魔物さえ恐れる視線ではあるが、そこに拒絶は感じられない。
…だから、怖くはなかった。]
―魔王の帰還―
[テオドールが野営地に戻ったと聞き、急ぎ天幕へ向かえば>>*9、]
テオドール様、左腕が…!
…大きな傷は無い、と言ったではありませんか?!
[話が違うわ…とぶつぶつ呟きながら、それでも手早く軟膏を塗り、包帯を巻く。]
[ソファにもたれかかっていたテオドールは、ゆっくり意識を手放しかけていて>>*10
それに気付き、ちらりと見上げたちょうどその時、聞こえたのはどこか苦しげな音。
こんな体勢では息もし辛かろうとそっと腕を伸ばせば、そのまま引き寄せられ、]
………?!!
[そっと耳元で囁かれ>>*11、言葉を失う。
――リッド。…リッド。
もしかして…?だがそんな名で呼ばれたことは一度としてない。
名前の良く似た他人の愛称なのだろうか。
…それでも。貴方がそれを望むのなら。
寄せられる頬に、優しくその髪を梳いて、遠慮がちにも彼を抱きしめ返して。
あぁ、この時間が少しでも長く続きますようにと――]
[しかしそれは唐突に終わりを告げる。
テオドールの激しい咳。突き放される身体。]
テオドール様…っ?!
もしかしてまだ、お怪我が…
[それでも腕を伸ばそうとすれば、下がれとはっきり命じられてしまう。>>*12
心配ではあるが、留まることはできないか…そうと思えば言った傍から反対の命が。>>*13]
………。
[『――何か言ったか』
言った。たしかに言った。
よくよく思い出してみれば、騎士団のお偉方とも。]
[どうしたものかと沈黙していれば、テオドールはこちらを見つめながらゆっくりと言葉を紡ぎ始める>>*14]
…私は。
私は、………
…………
[彼の過去を、イングリッドは知らない。
実は既に5回出会っていることなど、知るはずもない。
騎士の一人として、彼に刃を向けた過去も、
心から愛し合い、互いを求めあった過去も、
…或いは、ろくに会話もせず、すれ違っただけの過去も。
――あったのかもしれない。なかったのかもしれない。
だが運命による偶然か、テオドールの意図した必然か。
どちらにしろ今、ここにいるイングリッドは、テオドールを信じ、支える女だった。]
[あの時、あのタイミングで出会わなければ、騎士団に戻る未来もあっただろう。
こうして従った未来であったとしても、
出会った時期が少しでも前後していたなら、これほどまでの感情は抱かなかったのかもしれない。
…女心と秋の空とは、よく言ったものである。
少し機がずれるだけで、言葉が違うだけで、
その反応は千にも万にも変化する。
未来予知をするかのように見えるテオドールでさえ掴みかねる現象。
…というのはきっと、そんなところに由来するのだろう。]
[――しかしそんなイングリッドも、最初は自分のためだった。
心の支えであったカスパルを失い、
愛したはずのソマリアランも失い、
ただ独り、何を目的とするでもなく、彷徨っていた。
ソマリアランに大口を叩いて出てきたものの、
自分には何もできなかった。何もなかった。
中途半端な武の腕前は、誰にも必要とされなかった。
唯一できること、こそこそと情報を集め、売り飛ばしては食い繋ぐ。
誰に頼ることもできず、心は空っぽのまま、満たされない。]
[そんな時に出会ったのが、テオドールだった。
少し強引な勧誘。
それまでにない出来事で大層驚いたけれど、それでも嬉しかった。
自分を必要としてくれる人がいた。
空っぽの心が、少し満たされた気がした。
――嗚呼、それは、今にして思えば、]
私は……
最初、貴方を、兄やアランの代わりに、しようと、
[――気付いてしまった。こんな時に。
必要とされたことが嬉しかったのではない。
いなくなった傍らの人。それを彼で埋めようとした。
テオドールは自分を必要としてくれて、
そこに情というものは一切存在しないように見えたけれど、
必要以上に懐き、纏わりつくイングリッドを邪険に扱うこともしなかった。
…だから。徐々に錯覚していった。
この人は、自分の護るべき大切な人だと。
そうでなければならないと。]
…でも、
でも、今は違うんです。
[そう、今はもう、違う。
――『知っている』から。
魔王の仮面の下に隠した苦悩を。
彼の人らしい温もりを。]
…ごめんなさい。
聞いてしまいました。貴方の寝言を。
貴方が、リッドと呼ぶ声を。
騎士団のお偉方は、どうせ遅刻して来ると…
[僅かに躊躇って、]
あと、 …『夢』も。
[起きた時の様子から、記憶は残っているだろうと踏んで。
…きっと、これで伝わるだろう。]
テオドール様。
貴方は、私の父とも言える程の歳かもしれません。
…それでも、そんなことは関係がないのです。
貴方の心に触れて、私は『知って』しまいました。
貴方の傍にいたい、孤独を癒したいと想うことは、
貴方を愛したいと願うことは、赦されないことでしょうか…?
[溢れる想いに対して、紡いだ言葉は少なかったから、通じたかどうかはわからない。
…いつか語る日も来るかもしれない。
それでも、今はこれが、イングリッドの精一杯。]**
……。
[ テオドールは無言のまま、汚れていない方の手で、
顔を覆った。
イングリッドの言葉を聞いていた。 ]
……お前が、俺にカスパルの影を重ねていることは感じていた。
[ ソマリアランもとは思わなかったが。
というか、あの放蕩者よりどう見ても俺の方が男前じゃないか、
……と思ったが黙っておく。
最強剣士の名も、初めて惚れた女の心も、ソマリアランがいまだに持っていると思うと、
この歳になっても、さすがに堪える。 ]
今は違う……?
そうか。
[ ため息をつき、顔を覆った手をずらして、
言葉を押し込めるように口元を覆う。 ]
― 夜襲前 ―
[ これまで押さえて来た物を放つように激昂したテオドール>>323は、
天幕の外まで漏れそうな声でそう叫ぶと、ふいに力を抜いてソファに身を預けた。 ]
……過去へ戻るのは。
この時間軸で7度目になる。
[ それは6度も失敗したと言う告白に他ならない。
自嘲じみた笑みが浮かんだ。 ]
戻れるのは決まって……今からで言うと3年前になるか、その春嵐の日。
それが……1周目の俺の生まれた日だ。
……だが、やり直せるのもたぶんこれで最後だろう。
俺の体はもう持たない。
ベリアンに、俺を屍鬼化するように言ってあるゆえ、
それが間に合えば、これからも何度でもやり直す事は可能かもしれぬが。
……1周目には、俺はお前には出会わなかった。
2周目。15歳の時、俺は騎士団に居て、お前は年上の悲しげな眼をした女性だった。
ある日、ふっと居なくなってしまって、探すうちにカスパルやアランとの因縁を聞いた。
俺ならば両方助けるのにと。
そう思ったその時の俺は、まだ青かったのだろう。
3周目。俺はお前が居なくなってしまう前にと急いでプロポーズをした。
20歳だった。
断られた。
何度も口説きに口説いて、最後は泣き落した。
結婚式では、騎士団の皆が祝福してくれた。
お前がアランにシャンパンをぶっかけたのは、実に痛快だったな。
息子も出来た。トーマスと名付けた。
[ テオドールの普段は昏い目が、今だけ懐かしそうに揺れる。
楽しげに大事な思い出を語る。 ]
[ しかし、その続きには少し間が空いた。 ]
5周目、俺は騎士団に居なかった。
魔物をまとめ、人間と戦わせようとしていた。
ことごとく失敗した。何もかもうまくいかなかった。
魔物は騎士団に敗走させられ、俺は怒った魔物どもに追われ、どこにも行き場がないままに、
アニーズの町はずれに蹲っていた。
……そこで、この周ではまた行方不明になっていたお前を見つけた。
その時の俺は38歳だった。
年上になった俺に、お前は優しかった。
俺とお前は再び夫婦になった。
お前との思い出は以上だ。
……まだ聞きたいならばいくらでも話せるが、
それは結局、別の選択肢を生きた別のイングリッドだ。今のお前とは違う。
[ 4周目と6周目を飛ばし、テオドールはそんな風に締めくくった。 ]
……これを聞いて、
お前はどうしたいと思う。
俺は、こんな思い出を持って居てもなお、
部下としてお前を扱える魔王だ。
[ イングリッドを見つめた。 ]
失望したなら出て行け。
今なら追わぬ。**
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