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[放り出されるとは思っていなかったような声を残し、目の前で隷魔の姿が消える。
ほぼ同時に広い空間が閉鎖されたのを感じた。
濃い魔素に晒されて周囲が捩じ曲がる。]
なんということ──
[神具の気配を察知して闇の軍勢が動き出したか。
あるいは単なる偶然なのかもしれないが。]
[ギィは脱出できたろうかと、指輪に意識をこらす。
いつもならそれで居場所が知れる。
だが、白銀に輝いていた指輪は鈍く曇って何の反応も返さなかった。]
──…、 神の計らいを信じよう。
[魔物を好んで喰らうギィは魔物にとっても敵。外れものなのだと思う。
ゆえに保護する意図もあって隷魔とした。]
[踏み出した足の下の感触が変化した。
いつしか前方に広がる光景は──>>1の4(6x1)
この先に神具はあるのだろうか。
訝しくなるような場所だ。]
ギィ、
[出会いを回顧していた者の名を呟く。
無事に逃げられていればいい、と願ったはずなのに傍らの空隙がどこか物足りなく感じた。]
[自分とはペースが違うのか、ギィには何かと文句を言われたが、反抗というよりは駄々をこねるようなもので──時としてギィの抗議はもっともなものだったが、ヴィンセントの正論と別次元にあって噛み合わない──さほど困らされることはなかった。
自分が魔物を引きつけ、ギィが仕留める。
そのコンビネーションは実によく機能していた。
そのギィが居ないことは──ましてや、こんな魔素の強い場所で──艱難辛苦を予想させたが、それでも、探索を止めるわけにはいかない。
神具を、あるいはこの異状の元凶を突き止めねば。
いかにも悪の潜んでいそうな館に向かう。]
[沈みゆく意識の中で、あのときの太陽を呼んだ。
ありったけの思念を込めて呼びかけた。
あの時のように半身を人に変え、耳に揺れる繋がりの証を引きちぎって噛み砕く。
零れ溢れる魔力に乗せて、自分はここだと声無く叫んだ。]
− 悪徳の館 −
[黒い葉を茂らせる不吉な薔薇園を抜けて館へ足を踏み入れたヴィンセントは、まっすぐに塔を上る。
天に近い場所を求めるのは天使の性か。
螺旋階段の先にある部屋には鏡が置かれていた。
鏡に我が身を映して見入るのは虚栄の罪である。
ヴィンセントが視線をそらして行き過ぎようとした瞬間、鏡にピシリと亀裂が走った。
内側から鏡を突き破った小さな結晶が床に転がる。
ヴィンセントは弾かれたように身体を戻し、蜘蛛の巣状にひび割れた鏡に触れた。
砕けた鏡の面には、この場の景色以外のものが映り込む。
歪み曇った破片の中にも無意識下に訴えてくる赤。]
ギィ …!
[傷ついたその身体が黒い粘質の闇に呑まれてゆくのが見えた。]
[鏡は音を伝えない。
けれど、呼ばれたのがわかる。絆。
ヴィンセントは鏡を突き破った欠片を拾い上げ、塔から身を踊らせた。
眩い光に包まれたかと思うと、その身体は空へ舞い上がる。
人の姿を脱ぎ捨てて、天使は飛んだ。
結界に閉ざされた魔境を照らす太陽のごとく。]
− 瘴気の湿地帯 −
[呼び求める声が届く。
純粋に、ただひたすらに捧げられるそれは祈りにも似て、天使を惹き寄せた。
霧と煙る瘴気を光の翼で吹き散らし浄化しながら水の面へと舞い降りる。
点々と散る赤は見知った色。]
ギィ、 来なさい。
[いつもと変わらぬ命令の口調で差し伸べた手を、泥の蔦めいた欲望が絡めとる。]
[粘質の泥に引きずり込もうとする力に抗い、天使は翼を強く羽搏かせた。]
…っ、 おまえの本気を、 示しなさい。
[あどけないほどに純真な魔性喰らいの蛇を想い、取り戻さんと鼓舞した言葉は泥に同心円の波紋を刻んだ。
それはどこか魔法陣めいて鈍い光を宿す。]
[光の源に意識が触れた。
温かな力が流れ込む。
目覚めよと呼ぶ声が水面を波立たせる。
それは長い冬の後に注ぐ春の日差しにも似て、新芽を促す峻烈な風にも似て、蛇に新たな力を注いだ。]
ああああぁぁぁぁぁぁっ!!
[沼の底で、力の限りを込めて咆えた。
水がはじけ飛び、水面が割れて互いの姿をあらわにする。
蛇は光の使徒をみとめ、己の両腕をいっぱいに伸ばす。]
オマエが欲しい。
ずっと欲しかった。
[純粋で直情な欲求が喉をつく。]
─── 来い、ヴィン。
[それは初めての、支配の意思を込めた呼びかけ。
吹き飛ばされた水が、天使を引きずり込まんと雪崩れ落ちる。]
[咆哮が沼の重い泥を弾き飛ばす。
擂鉢の底に蟠る半人半蛇の隷魔が両手を空へ差し上げた。
オマエを待っていた、呼んだのだと。
その手に触れ、取り戻したと思ったのも束の間、細く裂けた唇が紡ぐのは鏡映しの命令の言葉。
許し与えた名が、強い意志の力を帯びて紡がれる。]
── 何を、 言っている。
おまえもわたしも、ここにいては …!
[気色ばむ天使の上を泥の格子が閉ざし、そのまま崩落する。]
[とっさに翼を広げてギィと自分とを護ろうとした天使の身体を滴る泥がガッチリと固めて捕えた。
翼の光が薄れ、重みに耐えかねた天使は膝を折る。]
ギィ、 この地が、おまえを悪へと唆している。
惑わされてはいけない。
[洩れた声は切に訴える。]
[泥の重みに膝を折った天使の手を掴み、引き寄せる。
傷ついた蛇体が陽を求める蔦のように天使の身体へ伸ばされた。
気づけば周囲を包むのは泥ではなく不定形な闇へと変わる。
───オマエを離さない
ナーガの意思が周囲の魔素と反応し、世界に極小の変異を引き起こしたのだ。]
[こんな時でさえ、守ってくれようとした翼。
真摯に切実に想い向き合ってくれる言葉。
繋いだ手の温かさ。]
オマエは太陽だ…
[熱に掠れた声で呟き、引き寄せた手を己の額に当てる。
祈るよう、許しを乞うように。]
[人の姿に似ていても、口の中には小さな毒牙を秘めている。
獲物の身体を侵し、痺れさせ、身体の自由を奪う毒が。]
このまま、 離したくない …
[どこへも行くなと息だけで呟き、ぬくもりに抱き着き絡みついたまま安心したような眠りに落ちていった。]
[赤い蛇身がうねり、拘束された天使の身体を這う。
掠れた声が太陽と名指して天使を求めた。
切ないほどに真摯な祈り。
その口元に運ばれた指に鋭い痛みが走る。]
──…っ !
[反射的に身体を強張らせたものの、天使は努めて平静を保った。]
[ギィは不意打ちに投げ出された先でひとりで戦うことを強いられ、水の冷たさに弱って縋ってきたのだろうと思う。
馴れ馴れしい接触には罰を与えるのが常だが、それとこれとは話が別だ。]
…怖がることはない。
[傷ついた隷魔に言い聞かせ、身体に巻きつくを許して癒しの光を注ぐ。]
[ほどなくギィは眠ったようで、身体がくってりとなる。
だが、天使にのしかかる重みはそればかりではなかった。]
…っは、
[身体が引きずられ、横ざまに膝を崩す。
麻痺毒だろうと見当はついたが、故意に噛まれたとは思っていない。
朦朧としているうちにしてしまったことだろうと。
自身の傷を癒すことは不可能だ。
敵に見つからぬことを願いつつ耐え忍ぶ。]
[この地の異変は看過できぬ規模だ。すぐにも天に伝わり、対策がなされるだろう。
天使はそれを疑わない。
眠りに逃避することもできず、手を抜くということもしない天使は、この間にも神具の行方を探した。
だが芳しい反応は得られないまま。 不安が胸をかすめる。
もはや神具は破壊され、あるいは闇の手に落ちてしまったのだろうか。
いずれにせよ、こうなってしまってはギィが保釈されるということはあるまい。]
[毒におかされた感覚はいよいよ鈍くなり、天使はギィの身体を潰さぬように苦心しながら、泥から艶やかな闇に変じた室に横たわる。
視線の先には、このまま、と甘えるように零して無防備な眠りについたギィの顔があった。]
主よ、 願わくば この者が苦しまぬよう──
[芳しい風の吹く丘の上で穏やかな日差しを浴びながら微睡む。
そんな夢を見ていた。
地底にある一族の棲家では、めったに味わえない贅沢。
ぬくもりに包まれて、癒される。
身体も癒され心も満たされて目を開けば、腕の中には眠る前と変わらぬ天使の姿があった。]
─── いた。
いなくなってなかった。
[喜色は、郷愁の色も宿す。]
あの時、目を覚ましたらひとりだった。
それがどれだけ寂しかったかわかるか?
あの日からオレはオマエを探していたんだ。
ずっと、ずっと探して、天界にも行って、
やっと見つけて、オマエを地上に誘い出して、
[絡ませた蛇尾で天使の肌をまさぐる。
全てに触れたいとばかりに絡みつき、うねって鱗を滑らせる。]
ようやく、こうして、オマエに触れられたんだ。
オレの太陽。
オレは、おまえが欲しい。
欲しくて、欲しくてたまらない。
オレのものになれ。
[解き放たれた欲望のままに告げ、確かめるように幾度も舌先で天使に触れた。
頬に、耳に、唇に、真っ赤な舌が濡れた痕を残していく。]
夢を見ていたんだな。
[目覚めたギィの吐露に、そんな理知的な判断を下したけれど、やけに具体的な説明と計略の告白に眉を顰める。
どこか心をざわつかせるその言葉を追いやるように命じた。]
回復したのなら、起きなさい。
この地は、おまえにとってもわたしにとっても良からぬもの。
毅然として対処せねば。
[天使を獲得せんとするギィの口調に報復の色がないことは見てとっていた。
身体を這い回る鱗と舌の感触は、麻痺のせいで鈍いままに未知の刺激を与える。
天使はぎこちなく身体を躙らせた。]
純粋なる者よ、
陽の温もりを求める本能がおまえの中にあることを疑いはしない。
けれど、それは欲望の形で発露してはならないものだ。
ただ、感謝をもって応えなさい。
わたしは神のしもべ。
おまえのものにはならない。
[互いを尊重し、交わす視線と承認で満足しなければ、それ以上は罪となろう。
そして、この天使は他の者よりなお厳しい洗礼を受けているのだった。
かつて一度、無垢なる魔を慈しんだゆえに。
諭して聞き入れられぬのなら体罰をもって遇するつもりだったが、ギィの耳に見慣れた煌めきがないのを知って表情を曇らせる。
少しばかり、切ない。]
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