情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新
[そしてさらに一週間ほど時間は過ぎて。
ふたつの領地の合併が行なわれ、ギィは書類の上では既婚者となった。
もっともいまだ婚礼は行なわれず、二人、顔を合わせる事もできないでいる。
領地の合併とはいえ、すぐさますべてをひとつにと言う訳にはいかないらしい。
まずは目前の冬の対策を。
ひとつになった国は手を取り合い、それに立ち向かう。]
[館に呼んだ商人は、ギィの目の前にいくつもの品を広げている。
見せてくれと頼んだ品物は扇。
扇ぎ、涼を取る為だけではなく、装身具のように、または小道具として、季節を問わずに女性が扱うものだ。
女性への贈り物がよく分からず、相談し、もらった返事。
なるほど、ギィが想像もしてなかった品物が書かれていた。
あとのひとつは既に注文済みだ。もうまもなく届くだろう。こちらは冬に備えてのもの。]
珍しい柄だな。
[ひとつの扇を手に取り、開いてみる。
模様自体はシンプルだ。縁も派手ではなく、淡い紅色の一色。
ただ、中ほどの透かし細工が、花に止まる蝶を描いている。
閉じれば花の絵。中途に開けば花はさらに咲き、完全に開いたなら蝶が現れる。]
薔薇か?
[商人は頷く。
曰く、異国で作られたもので、この辺りでは手に入らないデザインのものだと。
横から覗き込んだ母が、「もっと艶やかなものの方が良いわ」なんて口にするのを、横目で見た。]
母上は派手過ぎるんだ。
[返答は「貴女が地味過ぎるのよ」だったが。
それを無視して、手に取った品物を商人に示す。]
これにする。
[商人は、やりとりの間、ギィの姿をちらりと眺める瞬間がある。
常に男装していたドラクロアスの一人娘が、今は女の格好で過ごしているのだから、珍しいに決まっている。
父は、最初にスカート姿のギィを見て、たっぷり4呼吸は言葉を失った。
使用人の中には、あからさまな驚きの顔でギィを凝視するものすらいた。
それに比べたら、ちらりで済むだけたいしたものだ。]
[壊れぬように厳重に包装させ、ようやく選んだ贈り物を手にいれる。
母はもう少し商人から買い物をするとの事だが、ギィはそこで自室に戻った。
ようやくアプサラスに贈り物ができる。
自室の机の上には、手紙と――頼んでいたもうひとつの贈り物があった。
急ぎ、手紙の送り主を確認する。
そこに彼女の名前を発見すると、ペーパーナイフを取るのももどかしく、開封する。]
[中身を読んで、思わず片手で顔を覆った。]
……先走って、答えてしまっている気がする…。
[手紙に記された言葉。それの返答は、先日送った手紙にすべて書いてしまったような、気が、する。]
……恥ずかしい……。
私はどれだけ気が急いているんだ…。
[落ち着くべきか。
次の返事を待つまで、手紙を送らないでおくべきか。
いや、でも、せっかく贈り物が用意できたんだ。
せめて、これを送るだけでも。
そう己に言い聞かせ、椅子に座り、ペンを取った。]
[祭りの炎の熱はすっかり冷め、冷たい乾いた風から
身を守る様に家々の扉はしっかりと締め切られ、
外で賑やかな声を聞くことは少なくなりました。
いつもならそれがこの領土での日々でしたが今年は違います。
二つの領土の合併と、私たちの成婚を祝って
来たる新しい時代を喜ぶように、楽し気な声が響き、
家々も少しばかり飾りを付けるところも多いのです。
そんな領民たちを見て、私はこれは二人だけの事ではないと
改めて自覚し踊る胸を押さえて民たちの事にも
心を裂く日が続きます。]
これから毎日、出来れば一時間、無理なら朝昼夕夜と
天気、風の向き強さ、雲の形、星の位置を記録しましょう。
そして作物や森の恵みも細かく記録して。
長老だけでなくおじいさまやおばあさま達は
こんな風が吹き続けた時は嵐が来るとか
色々ご存じじゃありませんか。
それをちゃんとした記録に残しておけば
これから何が起きるか予想が付くかもしれません。
備えることで民が受ける被害を最小限に出来るかも知れません。
[突然治世に口を出すようになった私に、お父様は少しの困惑と
苦い顔をなさいましたが、何処か思うところがあったのでしょうか。
それこそ朝昼晩と再三お願いし続けた結果、
試験的に記録を作ってみることにしてくださいました。
これから私たちが慈しむ領地は大きくなったのです。
全ての民が出来るだけ笑顔でいられるように、
賢者から頂いた知恵を活かそうと必死でした。
婚約者に夢中で腑抜けだとは言われぬように。
当然そんな心もありました。]
……ねぇお母さま。
私、この刺繍手を加えても良いでしょう?
[それでも部屋に戻れば考えるのはギレーヌ様の事。
ヴェールを飾る蝶の刺繍はほぼ完璧です。
ですがモチーフ通りを刺しただけの私には少し不満。
だってギレーヌ様の為にちょっと手を加えたいと思うのは
当然だと思うのですが、こればかりは
お母様が頑として認めませんでした。
曰く、私の絵心だけは成長させられたなかった、ですって。
いくらお母様と言えど、失礼ですわと膨れてみたけれど
お母様のこめかみの青筋は刺繍したみたいに消えませんでした。]
おかしいわ。
少しくらい良いと思うのだけど。
[それでもばあやたちまでお母さまに同意されては
手を加えない方が良いのでしょう。
ちょっと膨れたままの気持ちで大事な刺繍をするわけには
いきません。
代わりに私の心を癒すように舞い込んだ手紙を
温かい紅茶とクッキーと共に広げました。
あの方からのお手紙は一番に広げて何度も何度も読み直しました。
いつもの便箋とは違い、女性の表情を見せる便箋に私は微笑み、
迷うような痕に何を書こうとしていたのか、想像するだけで
口元が綻びました。
中指の腹で何度も触れるうちに、少しだけでもあの方の
お心に触れることが出来たような気がしたのです。]
私ばかりちぐはぐな事を書いている気がするけれど
大丈夫かしら。
[あの方のお心を気遣うことなく急かせているのではと
心配にはなるのですが、胸の高鳴りは抑えられないのです。
休憩もそこそこに、机に向かうとお返事を書くのに夢中になって。
ポットまで冷めてしまった事に驚いたほどでした。]
[手紙を書き終え、贈り物も添えて配達を頼む。]
……気に入ってくれると良いが。
[地味だと母に言われたが、もう少し華美なものを選ぶべきだったか。
自分が選ぶと実用性を優先してしまう部分がある。
それとも女性には宝石や装身具の方が良かったか。
送り出してからもぐるぐると。]
……ダメだったら、次に頑張ればいい。
[まだ私達には時間があるのだから。
手探りでやっていけばいいのだ。
ゆっくり、ひとつずつ。]
[他にも届いた手紙を読む。
狩りに幾度も訪れた第一領地。
落ち着いたら、そこへ訪れるのも楽しいだろう。
できるなら、美しい伴侶を伴って。
誘いの言葉に笑みを浮かべて読み進め――]
……?
なんだろう、これは。
[手紙に描き添えられた図を眺める。
鎧姿の人間?
首を傾げて悩む。]
剣と盾を同時に扱うのなら、皮鎧の方が軽く動きやすいが…見た目がなぁ。
戦わぬなら薄く加工した金属を用いるのが良いが…はて。
[勇ましい姿を勧めたと言う事なのだろうか。
悩むが巧く読み取れず。
手紙の主の筆圧の薄さが少し気になるものの、同封されていた祝いの品――海の涙に息を漏らす。]
……しまった。
アプサラス殿に伝えておくべきだったか。
[ふたつの真珠は、ギィとアプサラス、二人に向けてのものだろう。
少し悩んだものの、次に伝えようと決めた。]
[もう一通。
気さくに話して欲しいの言葉に、あの時の男の顔が浮かぶ。
今は隣領土となった領地の、次期領主。]
三本勝負か、いいな。
[その勝負を終える頃、新たな友人になっているかもしれない。
その前に。
その頃、隣はどういう領地になっているのだろうか。
男と、その妻となる女性を考える。]
良い付き合いはこちらも望む所だな。
[今は花嫁修業に専念しろと父も気を使ってくれているが、いつまでもそうはいかない。
花嫁修業の合間合間に、補佐としての役目は果たしている。
領民と言う子どもたちを守るために、この領地を守り、豊かにしなければならない。
まだまだ学ばなければならない事は、たくさんあるのだ。
父からも、そして新たに父と呼ぶべき人からも、学びたい。]
[一気に手紙は書き上げたけれど、見直すことすら恥ずかしくて。
私の想いは手紙と封の中に込めたのですから
後はギレーヌ様に届くと信じて召使へと渡します。
残るお手紙はどれだけ嬉しくても暫くは文を通じての
交流も許されない今は心の癒しにして。
慎ましく伴侶となる方とお互いを深め合うには大切な時間だけれど、
友人への気持ちも降り積もっていくのです。]
まぁ……すっかり冷めてしまってたわ。
夢中になっていたのね。恥ずかしいわ。
[ゆっくりとお返事を考えましょう、とティーカップに
手を伸ばしたのですが、湯気を忘れた紅茶に
どれだけ時が流れたのか驚いてしまいました。]
アデル様はさすがに博識でいらっしゃるわ。
ラートリー様とどの様なご夫婦になられるのかしら。
お二人とも知識豊富な方ですもの。
知力長ける土地になるのかしら。
[お二人の手紙を並べながら、どんな家庭を、
どんな領地を作られるのか想像するだけで楽しくて。]
夜空をお二人で見上げて過ごされるのかしら。
ラートリー様がアデル様の体調を心配されるのかしら。
案外夜空に慣れていらっしゃるのはアデル様の方かも
知れないし。
アデル様がラートリー様を気遣ったり……。
[それはとても美しい風景に思えました。
私も目を閉じて暫し夜空を思い浮かべます。
隣に並ぶ相手は言わずもがな。]
[瞼の裏の光景に気を取られてアデル様の騎士姿と
謎のインクの染みの事はすっかり抜け落ちてしまいました。]
む、何故私の体験談だとばれたのかしら。
[またうっかり淹れ直した紅茶が冷めてしまいそうになりました。
慌てて口に含み、クッキーも口に運びながら、
何度も書き直された修業中のお友達からのお手紙に
目を細めます。]
随分頑張っているのね。
春祭りも楽しそうだわ。
私のところは去る季節を惜しむけれど、
向こうは来る季節を祝う感じかしら。
[説明のはずなのに、彼女が溢れていて読んでいるだけで
楽しくなって仕方ないのです。
世界中のお祭りを巡れたら楽しいでしょうが、さすがに
それは出来ません。我慢です。]
すぐに魅惑的な女性になって私なんて追い抜かれてしまうわ。
[天真爛漫だけれど本質を見抜く目を持つ友人は
きっと素晴らしい妻になり、民の母になるでしょう。
お互い交流が栄えて、祭りで出会ったときに
どんな風になっているか今から楽しみが増えました。]
はっ!
いけないわ。
休憩している場合じゃないわ。
負けないように頑張らなくては。
[手紙に触発されて、私は休憩を切り上げて
また刺繍に取り組むのです。
他の大切な方たちに胸を張って会えるように。]
そう言えば……オクタヴィア様はどうされているかしら。
[心残りはどうしても言い出せなかった大切なお友達への謝罪。
法案が出された以上判ってはいるけれど、
私からちゃんと話していないことが胸に残る小さな棘。
交流が解放されたら、真っ先にお手紙を書こう。
そう決めて私は絹のリボンに刺繍を施すことにしたのです。]
[婚姻の儀から二週間ほど経過した。
ウェルシュさまと父はこれからの方針だとかお話しているようだけれど、
生憎その場に娘は呼ばれず、相変わらず別居生活が続いていた。
街へ下れば、民衆は口々に祝言をくれるけれど、
ふたり暮らす新婚生活はまだまだ先のよう。
ギィさまとアプサラスさまが正式に成婚となったと聞き、
次の慶事の通達も父伝いに聞いた。
お二人にお手紙を送らなくっちゃ。
ああ、お祝いの品、何にしようかしら。
…なんて考えていた娘の思考を裂いたのは、文を届けるの馬車の音。
待ちわびた、今は夫となったウェルシュさまからの手紙。
胸の上で合わせた手の中に大事に仕舞い込んで、自室へと駆け戻る。
自分だけの部屋で、誰もいないというのに周りを見渡してから、
丁寧に、その封を切った]
[すう、と息を吸って、便箋を開く。
紙面をなぞる視線は、何時になく真剣なものだっただろう。
愛と恋の話だなんて、難しい話は出来ないけれど、
その内容は、今に流されてばかりの女にとってショッキングなもの。
けれど、私の心はそれをちゃぷんと沈めて、
気付けば、静かに、柔らかく凪いでいた。
―― 暫くして、また、ペンを取った。
うまく言葉に出来るか分からないけれど、
思ったことを素直に、伝えられるように。
撫子柄の便箋に、静かにインクを垂らした]
[あの手紙はもう彼女に手元に届いた頃だろうか。
手帳の暦を見て、また一週間が過ぎてしまった事に気付く。
形式上は夫婦となったものの、
忙しさに翻弄され未だ、会う事が出来ては居ないのだった。
そのうち愛想をつかされてしまうのではないか。
そんな事を思いながらも、
無理やりにでも時間を作って会いに行こうとしないのは、
あの告白をどの様に受け止められるのが怖い
という気持ちが何処かにあったのかもしれない。]
[木枯らしが窓をがたがたと鳴らすと、
部屋まで揺れているような錯覚を起こした。
頂き物のお茶に、口をつける。
何時も飲んでいる紅茶とはまた違った味わいで。
少し飲んだだけで、体がぽかぽかと温まるのだった]
異国の、としか書かれていなかったけれど。
どのくらい、遠くなんだろう。
何時か旅行にでも行ってみたいものだなあ…
[その時には、彼女と。
異国だけでは無く、この国をあちこち廻ってみるのも悪くないだろう。
…そんな気持ちになるのも、きっと、
誰かを強く意識しているからなのだろう、と、思う――]
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新