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あね、うえ?
[ 辺りを見回せば、上も下も、右も左も無い青い闇の中、ふわりと花のような香りが男を包んだ ]
『大丈夫、あのひとは、優しくて強いひとだから。あのひと自身が思っているよりずっと』
『あなたが言っていたとおりに...あなたと同じように...』
姉上...
[ 姿は見えない、けれど、これは確かに姉の声だと、男は感じた ]
『大丈夫よ、ロシェ。だから、あなたも諦めてはダメ。私も、兄さまも、あなたを、あなた達を...信じているから』
兄上、も?
[ 男は、はっと、目を見張る。淡く銀色に輝く光が二つ、確かに遠く揺れていた ]
『あのひとに、伝えて、ロシェ...』
[ 遠く花の面影が揺れる ]
― 思い出 ―
『ロー・シェン?...ロシェ、ね』
[ そう呼んでいいでしょう?と、小首を傾げた美しい姉の笑顔に、少年は、僅かに頬を染めて頷いた。
物馴れぬ王宮の中で、どこか腫れ物のように、誰からも遠巻きにされて、ここに来たのは間違いだったのではないか?と、そろそろ疑い始めていた少年にとって、姉の素直な優しさは救いだった ]
『色々なところを旅してきたんでしょう?話を聞かせて、ロシェ』
[ 請われるままに話したのは、ローグの旅の話、祭りの華やかさ、美しい景色や、厳しい自然、市井に生きる人々の暮らし...そして、妹のように思っていた、少女の話も ]
『ロシェは、その子が、とても大切なのね。どうして、一緒に連れて来なかったの?お母様と一緒にだって、構わなかったのに』
[ 無邪気に問われて、自分が王の子と認められるか判らなかったし、何より彼女に王都の暮らしは似合わない、と答えると、やはり不思議そうに ]
『でも、会いたいのでしょう?』
[ そう、首を傾げられて言葉に詰まった ]
い、一人前の騎士になったら、会いに行きます!
[ 何故だか焦った気持ちで、必死に言葉を返すと、姉ばかりか、周りの侍女達にまで、くすくすと、微笑ましげに笑われて、所在無い思いをしたのだった** ]
...いや、させてたまるか。
[ 魔の楔に貫かれた瞬間の、ヨセフの呼び声を覚えている。彼がこれまでに、男以上に多くの大切な者達を喪ってきたことも ]
支えられ続けた挙げ句に...更に苦しめて...
[ もう充分以上に、彼には傷を追わせただろう、と、男は自覚している。だから、これ以上は決して、まして己の存在によってなど ]
[ 魔の力に現実に縛されている状態では、それはただの強がりとも言えるだろう。けれど、必ず戻るという、揺るがぬ決意と同じく、男は魔の傀儡とは決してならないと、心に刻む ]
人の心の強さを...お前に見せてやるさ、魔将...
[ 永遠に逆らい続けることは出来ないだろう...けれど、叶う限りの力で抗うと決める。例え動けずとも、時を稼ぐことさえ出来れば、必ず... ]
(嗚呼...)
[ その時、ふいに、男は悟った。胸を貫かれ魔の力に捕らわれかけた、あの瞬間、ヨセフとディークに、退いてくれ、と願った、その本当の意味を ]
俺は...待っているのか。
[ 全てを背負わねばならないと思っていた。支えを得たとしても、最後には1人で立たなければいけないと考え続けていた...だが、そんな表層の強がりとは別の、深い深い部分で ]
待っている...ヨセフ...ディーク...きっと、俺を引き戻すのは、お前達だ。
[ だから、彼等が無事である限り必ず戻れる、と。そう、信じている** ]
リー...
[ 魔将の傍に、その気配があることも、男は感じていた ]
お前も、捕らわれているのか?
[ この青い闇の中に、彼女の気配はない。だからやはり、彼女は生きている筈なのだけれど ]
それとも......本当に、俺を恨んでいるのか?
[ それもまた、心の奥底に沈んでいた怖れ。
アイリを置いて、遠く離れて、彼女が母を喪った時にも、傍には居てやれなかった......恨まれても仕方がない、と、だから、彼女は魔に心を奪われ、己を忘れたのではないか、と ]
許せ、とは、言えないか...
[ 寂寥に胸が塞ぐ心地の中で、左の手首がわずかに熱を帯びた気がした。
恐らく魂だけの存在となった、この闇の中でも、消えずに在る、カーネリアン...そこに伝わる熱が、アイリが対とも呼べる虎目石を握りしめている、その事によって齎されたものだとは、知らなかったが ]
...それでも、俺は諦めないぞ、リー...お前の事も、決して。
[ アイリの腕にもまだ、ミサンガは残っていたから ]
お前を取り戻すまで...そして、お前の笑顔を見るまで......決して。
[ それは、もうひとつの誓い** ]
[ 只人にしては、身体能力が高過ぎた娘...お互い父が傍にいなかったから、それは自然と不可触の話題となっていたけれど、父親の事は、全く知らないのだ、と、聞いたことはあって、少し不自然を感じてはいたのだ ]
...半魔...
[ 実はそういった存在を、人の側が作ろうと試みた事がある、という古書を読んだ事がある。それが成功したのか失敗したのかは、既に滅び去った国の事故に記録されていなかったが ]
リー...お前もきっと、知らなかったんだな。
[ アイリの母親も、彼等の隠れ住んでいた村の人々も、恐らくはそれを知っていたから、アイリを隠し、魔の触手から護ろうとした。
しかし、結局、魔将の手に捕らわれて、彼女は死を刈る銀月の戦士とされた ]
リー...すまない。
[ 彼女が何者であろうと、男の中では何ひとつ変わりはしない。この世でたった一人の、大切な妹 ]
俺がお前を、護らなければいけなかったのに...
[ 悔いる声は、彼女の元には届かない** ]
『悔いるのはまだ早いわ、ロー』
[ 再び沈みかける魂を引き上げるかのような艶やかな声が響く ]
母さん...?!
[ シャン、と答えるように、鈴の音が鳴った。ローグ随一の舞姫と謳われた母が、足に飾っていたアンクレットの鳴るその音は、男にとって子守唄のように懐かしい音だ ]
『忘れてはダメ。人は笑うために生きるの。あなたも、そう誓ったばかりでしょう?』
......ああ、判ってる、母さん。諦めたりしないよ。俺は、リーを取り戻す。
あの子の笑顔を、必ず。
『いい子ね、ローは、とても、いい子』
[ シャンシャンシャン、と、軽やかに鈴は鳴る。
楽しげに、誇らかに ]
― 思い出 ―
[ 母は、明るく強いひとだった。それは、死の、その瞬間まで変わることなく ]
『泣いてもいいけど、泣き続けてはダメよ...』
[ 子供達を庇って魔物に受けた傷は、治癒の術も及ばぬ程に深く、最早死が目前に迫ると判っていても、美しい微笑みを浮かべたままで ]
『可愛い私の息子...どうか...笑っていて......ずっと、見ているから......』
[ 美しく舞う母の姿が好きだった。その笑顔が好きだった......彼女が魔に命を奪われた時、男の中で、何かが変わったのは確かなことだ ]
母さん......母さんっ!
[ 母の遺した言葉通りに、少年だった男は泣いて、泣いて...そうして立ち上がった。
魔の闇に覆われようとする世界、その世界で笑って生きるためには、その闇に負けぬ強さを、と... ]
[ 魔とは、なんなのか...? ]
[ 取り残された青い闇の中、男は思う ]
[ あの魔将は、人のように笑うけれど、それはどこか、空虚な笑みだ。
そこに、本当の喜びは無く、人の感じるような幸福の暖かさは無い......男にはそう見えた ]
[ 人を下等なものと呼び、家畜や奴隷として扱いながら...彼等は、人を模したかの姿をして、人を真似るかのように笑い、楽しんでいるかに見える ]
[ けれど... ]
[ あの禍々しく美しい魔将は、人の心を欠片も理解はしていなかった...本当に、何ひとつ ]
[ 魔王は楽しい悪戯を思いついたかのように、男の身体を脇に置き「見せてやろう」と言葉にした。
魔によって閉ざされた闇の檻の一部が、更に強大な力を持つ魔王の言霊によって、意図することなく開かれて、男の魂は「視界」を得る ]
ヨセフ...皆......
[ 蹂躙される様を、と、魔王は言った。けれど]
信じている...から。
[ 押し寄せる魔の軍勢、その圧倒的な行軍の前に、儚くも揺れる篝火...手を伸ばそうとしても、声を届けようとしても、決して届かない。
その無力感に苛まれつつもなお
男の心は、絶望からは遠い** ]
[ 圧倒的かと思われた魔王軍は、しかし、幻影の城の罠に飲まれ、炎の柵に阻まれて、砦の壁にもとりつけぬうちに、停滞の憂き目を見ていた ]
は...はは...!
[ 男の顔に、この闇に沈んでから初めて、明るい笑みが浮かんだ ]
ディーク、お前の作戦だろう?やっぱり凄いよ、お前は。
[ コエが届かないのが、とてつもなく残念だった ]
[ しかし、苛立ちを露わにした魔王が「城」へと進軍を命ずる声が届く ]
...動くか!?
[ この城が前に出る時、恐らくそれが、恐るべき殲滅兵器の本領を発揮する時だろう、と、ヨセフに、その予測を語ったのも記憶に新しい。
冷たい予感に、男は仲間の居る砦を凝視した ]
ヨセフ...逃げて下さい...。
[ 祈りはやはり届かず、そして視線の先、砦の内で、魔将とアイリが、そのヨセフと対峙している事も、男は知らない ]
[ 力をもって蹂躙せんと、魔の城が揺れる。
魔導の共鳴を示す波動は、男の魂にまで届いて、びりびりと、痺れるような感覚を齎した ]
く...う...!
[ 死と破壊を望む、衝動の音叉...その波に半ば翻弄されながら、男は先の疑念を無意識に蘇らせる ]
[ 魔とは...... ]
[ 力のみを求め...弱きを蹂躙することを楽しむという、魔とは...... ]
[ 他を圧する力を持つ、魔王とは... ]
[ .........如何なる、存在なのか? ]
[ 破られる罠...重なる死の気配 ]
[ 死を操る魔将の魔力に身を曝しているせいか、それらは常より身近に、男の内に届く ]
(帰らなければ...)
[ 死の影が全てを覆う前に...... ]
[ ふと、子供の頃のことを思い出した ]
[ まだ、アイリとも出会っていなかった、幼い頃 ]
[ 母に叱られたのだったか、単に道に迷ったのだったか ]
[ 1人で夜道を歩いていた ]
[ 星降るような夜 ]
[ 世界でたったひとりになってしまったような寂しさに ]
[ 泣きそうになって、空を見上げた ]
[ その、星の海に ]
[ 大きな輝く流星が長く尾を引いて ]
[ いくつも、いくつも、絶え間なく、空を一杯に埋め尽くして ]
[ その美しさに、ぽかんと口を開けたまま、眺めていた ]
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