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― (意識の深い底) ―
だいじょう、ぶ……俺には……「お守り」が……あるから……
[右手で自分の胸元をまさぐろうとするも、]
……身体が……
[鉛のように重たく、まったく動かすことができなかった]
[次に聞こえたのは、皆の笑いさざめく声と、波の音]
[次に見えたのは、皆の笑顔と、陽光きらめく穏やかな海]
――ああ、海に来てたんだっけ。
[そう思いながら体を起こす。いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。
ずいぶん長い時間が経ったような気がしたけれど、まだ日は高い。
ぼんやりする頭を振って、永久水晶を収めた器に手を伸ばす]
カーク先輩、今アイスティー作りますね。
……僕も飲もうかな。
[胸の辺りが、べたりと重い。
手で触れながら見てみれば、大きなわかめが貼り付いていた]
……ノトカー。
[近くでわかめを手に戯れている旧友を、軽く睨んだ**]
(苦しい……早く、終わるといい……)
[霞がかかった視界の向こうに、なぜか父親の顔が浮かぶ。
貴族としては歴史が浅いバウムガルテン家の名を上げるために、
息子が士官となることを切に願っていた親父は、名誉の戦死を喜んでくれるだろうか。
それとも、たったひとりの跡継ぎを失って、少しは悲しみにくれるのだろうか。]
(……)
[次に浮かんだのは、15年前に亡くした母親の顔だった。]
(かあさん……もうすぐ……会える……)
『カーク、焼けたわよ』
「わーい! 母さんのマドレーヌ、大好き!」
『待って、食べるならちゃんと手を洗ってからね』
「はぁい」
(苦しい……かあさん……助けて……)
[自分が公国軍に士官した当時、先輩士官にどうやら彼らしき人物が見当たらない時点で、帝国軍に居るであろうことは容易に想像がついた。
そして、彼ほどの力量と器の人間なら、大いに活躍し出世しているであろうことも。
後方支援中心の補給部隊にいる自分と、部隊を率いる高位の帝国士官であれば、前線で交わることもなかろう、だから二度と会うことはないだろうと、開戦してから胸をなでおろしていたのだが。
「なぜ、ここに」という思考をつむぐ力も、既にカークには残されていなかった。]
(ソマリ……頼む、早く)
[学生時代、いつも近くに居て、支えになってくれた友に、ただただ、救いを求めていた。]
(……逝かせてくれ……)
[その最後の思念をくみ取るかのように、彼が耳元で囁く。]
"
[”敵”でなく、”我が友”と。
あぁ、そうか。彼が終止符を打ってくれる。
これで、すべてが終わる。]
(……ありがとう。)
[かくして、本人の意にそぐわず軍人となった男は、菓子作りを職とする夢を叶えることなく、旧友の手により、旧友の胸の中で、息絶えた。
フェーダ公国軍 第5補給部隊隊長
カーク フォン バウムガルテン中尉、死亡。
享年25歳。
右脚の欠損をはじめとする遺体の損傷は激しく、その右手には焼けた革紐の切れ端と、蒼い石が握られたままだったという。**]
― 深く青い世界 ―
[生けとし者が知ることがない、海のように深く広い青が広がる世界。
若くして命を落とした青年の魂は、その中を海藻のように安らかに漂っていた。
例えるなら、青き若布のように――]
ここは……海?
[かつて、みんなで来たような。いや、来たんだった。
海辺での実技特訓という名目のもとに。
……そう、俺は、アイスティーが飲みたくて。]
ありがとう。ステファン。
あぁ……美味しいな。さすがは名高い生徒会の紅茶だ。
[見れば、彼の胸元には大きなワカメが貼りついており>>+7、思わず吹き出しつつ、はがすのを手伝った。]
あ、ありがとうございます。
[>>+15わかめを取り除くのを手伝ってくれた上級生に礼を言い、はしゃぐ友人達の姿にため息をつく]
……実技特訓に来たんじゃなかったでしたっけ。
泳ぎはともかく、わかめをばらまくのは何の訓練のつもりなんだか。
[カークへ向かってぼやきながらも、顔は笑っている。
訓練というのは、生徒会が動く上での名目上のこと]
せめて、少し泳いできましょうか。
[夏の太陽を白く眩しく照り返す砂浜。
キラキラと輝きながら打ち寄せる波。
皆の笑い合う声。誰かがまた悪戯をしたのか、時折上がる悲鳴も楽しげなもの]
砂浜を走るのもいい鍛錬になるでしょうけど、あまり楽しくないし……。
[何でもないような会話をしながら、
その光景に、違和感を覚えていた。
自分でもその理由がわからぬままに、周囲を見回す]
どうして、会長がここに。
[テントの陰で涼しげな顔でアイスティーを口にするリエヴルの存在に、首を傾げる。>>0:502
いや、何の不思議も無いはずだ。
そもそも、こうして海へ来ることになったのも、ダーフィトやリエヴル>>0:489の主導で――]
……ちがう、だって、
急にいなくなって、あんなに悲しかったのに……
……ここは、いったい……?
[――いつの間にか。
誰がどうやって運んできたものやら、大量のスイカが砂浜に並べられていた。
トールが、シロウが、他にも皆が次々と、木刀を手にしてそれへ向かって行く]
…………!
[いとも簡単に叩き割られていくスイカ。
白い砂浜は赤に染まり、
地面にはいくつもの、無残に打ち砕かれた果実が転がっている]
[皆の姿も、海辺のテントも、兎も猫も紅茶も珈琲も、消えていた]
[荒れ果てた海岸]
[波打ち際には船の残骸らしきものが打ち寄せられ]
[砂浜にはいくつもの、無残な――]
『ああ、現地部隊からの情報は届いている』
[そんなはずはない]
『市街地も校舎も打ち壊され、緑は焼き払われ酷い惨状らしい』
[だって自分は、戦場となったシュヴァルベをこの目で見ていないのだから**]
追い返すって、学校に? いや、そんな訳ないですよね。
あ、鬼ごっこしてる、とか? いや、ステファンさっきまでここにいましたし。
なぁ、ステファン……?
[振り返れば、さっきまでにこにこと優しい笑顔を振りまいていた後輩の姿はなく、]
……!?
[気づけば、目の前に居たはずのトールも消え、砂浜も消え、そこにあったのは、
深い青色の闇の中で大量に飛散する、砕かれた西瓜の破片と海藻たち――]
[戦場の海の景色も消えて、今立っているのは暗い森の中。
戦場でもない。平和な頃のシュヴァルベでもない。
童話の中にいるような、影絵の森。
どこかで、誰かの泣く声がする]
[目をこらせば、蹲る影ひとつ。
ひとりぼっちで泣いているのは、法服姿のオオカミだ]
[仲良しだった少年を食い殺してしまったのだと、泣いている。
暗い、暗い、森の中。たったひとりで泣いている]
…………。
[伸ばした手が、オオカミに届く前に。また、何も見えなくなった]
[辺りは闇。
自分の存在さえ溶け消えてしまいそうになる濃密な闇]
[ここがどこかはわからないけれど、
ここにいてはいけないのだと、強く思う]
……でも、どこへ行けば。
[当てもなく歩き出す。
足の裏に感じる地面らしき感触はあったが、周囲はただ真っ暗なまま]
…………。
[足を止め、ため息をついた時。
頭の上からぶふん、という音とともに生暖かい空気が降ってきた]
!!?!?
[振り返れば、暗闇の中に僅かな光――つぶらなふたつの黒い瞳があった]
…………君は。
[手を触れて確かめる。
滑らかな毛並み、豊かなたてがみ。しなやかに引き締まった首と背中]
ナハトフルーク……!
[学生時代に、訓練でよく騎乗した馬。もちろん自分の所有ではなかったけれど、親しい人々からはパートナーとみなされるほどに、互いの相性は良かった。
まだ若い馬だったから、自分の卒業後も訓練用の軍馬として健在だとは聞いていた]
……乗れって?いいの?
[青毛の牝馬が、服の襟を噛んで、軽く引き上げる仕草を繰り返す。
促されるままに、その背へ跨がった。
懐かしい感覚。
夜間飛行の意味を持つその名にふさわしく。
暗闇の中を、彼女は躊躇いなく駆け出した。
――そして、導かれた先は]
あれ、カーク先輩。
[馬に任せて進むうち、ぼんやりと、周囲が明るくなってきた。
前方に見えるのは、ついさっきまで話していた相手の姿。
でもあの海辺の光景は、幻だったのだろうと思う。
そこでは互いに海水着姿だったけれど、今はどちらも軍服に身を包んでいて、]
……ナハトフルーク?
[青毛の馬は、カークにまっすぐ近づいていく]
[ステファンが5年生の終わりに受けた、エンデュランスの実技試験の日。
ナハトフルークに振り落とされたことがあると言うカークに、彼女はバターの香りを嫌うのだと話した。
その時は、たまたま朝食にでもバターを口にしたのだろうと思っていたけれど、後に彼の趣味が菓子作りであることを聞いた。
その後の生徒会行事や卒業パーティでも、何度もその腕前に頼ったものだ。
学生時代の彼に関する記憶は、いつもバターやバニラの香りと共に在った。
そしてナハトフルーク号は、一度も彼に近づこうとしなかった]
…………。
[馬が足を止めた。カークの隣に、ぴたりと身を寄せるようにして]
[カーク・バッカーことカーク・フォン・バウムガルテン。
バウムガルテン男爵のひとり息子で、現在は公国軍中尉。
軍服に身を包んだ彼からは、もうバターの香りはしないのだろう。
馬を下りてから、呼びかける]
先輩……いえ、バウムガルテン中尉。
右脚、どうかされたんですか?
[辺りはだいぶ明るくなっていたけれど。
カークの右脚だけが、靄に包まれていて見えなかった**]
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