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[赴いてはならないと、右腕が止めた。
知ってはいけないと、風精が騒いだ。
激痛と発作を齎した初めて副作用。
それに苦しんだのは、約束の夜会直前。
その後、何度も己の右手は邂逅を妨げるよう、痛みを生んだ。
めぐり合わぬように、すれ違わぬように。
今ですら、右腕が順風に力を巡らせていれば、
蝶を風で追いやっただろう。
だが、どれだけ避けて、どれだけ逃げても、
避けがたい定めは勝手にやってくる。
己の義務と、本当の自分を天秤に掛けて、
選択を突きつける時が必ずやって来る。]
[自身が得たのは中身の見えない宝箱。
箱から滲んで飛び出た数多の幸い、
小さな興味から始まっただけのはずが、
彼女の隣に自身も知らなかった本当の自分を見た。
年相応よりも幾らか稚気の利いた性根。
駆け引きを度外視して、茶化す為だけに告げる言葉の群。
それまで口先で女を惹いて得ていた満足と比べ物にならぬ安寧。
貴族として生まれたソマリ・サイキカルには、
この世の何処にも、唯のソマリで在れる場所がなかった。
一夜限りの彼女の隣を置いて、他には。
だから、その箱の底を見てみたかった。
パンドラの開けし、一番底に残るものが、何かなど考えることも無く。
素直に、純然と。
唯の自分として、彼女にもう一度。]
[この進軍が決まったときに、約束の反故を強く意識した。
もう一度、ただ、もう一度。
彼女に逢い、名を問うて、少しばかりからかって、
怒らせて、拗ねさせて、そして宥め賺して笑顔を見たかった。
無事に帰る保証は無いが、亡骸と代わるほどの可愛げも無い。
勝算は十分にある。生きて帰りたいとも思った。
この命の使い時は弁えていたが、欲が無いほどの聖人でもなかった。
もう一度、ただ、もう一度。
名も知らず、顔も知らず、
口付けも交わさずに、巡りあった運命。
自身が淀みなく笑える彼女に逢いたかった。*]
――…神子であるアデルがいるのだ。
聖女に近い存在が居てもおかしくはないか。
[独り言ちるように呟いて
目の前の者には知れぬようそっと溜息を吐く。]
[また一つ、零したことを悔いる種に思いを馳せる。
――どうか、城に棲まう闇を隈なく照らすより、相容れぬものと行き過ぎてはくれないだろうか。
聖将としての意志に満ちた声を聞けば、叶うまいと悟りながらも。
唯それだけを願わずにはいられない。
呪の種を宿した男と、二度目の約束を果たす時が訪れるなら。
禍根を巡らせ、身中深く蝕み――
手ずから摘み取るほか、選べなくなる。
赤い水と灰を苗床に、実を結ぶ花はないと知るから]
[――茨の檻。
それはまさしく男の身を置く場所。]
――…っ。
[男の動揺は、対となる因子を通して彼にも伝わっただろうか。]
兄さん…
[無力感と脱力感に押しつぶされて、兄のような存在を探す。]
ジーク兄さん……
[どうしたらいいのか、わからない]
どこ…――
[野茨公に庇護を受けた彼もまた、吸血鬼だったが。
迷いに何も答えを見つけられぬ今、直接彼に会って話を聞いて欲しかった。]
[呼ぶ声が聞こえる。]
アデル。
――何かあったか?
[声音から伝うものに心配そうに言葉を返し]
今、聖女――…ユーリエと地下に居る。
アデルは、今、何処にいるか、分かるか?
[何かあったのだと思い探す為の情報を得ようとした。]
生きて、いたのか。
なんでこんなところに。
[帰ってこなかったんだ。と問いかけようとしてやめた。
生きていたなら良いのだ。と状況が状況にも関わらず、安堵の響きが混じってしまう]
[聞こえてきた笑い声に男は惑う。]
…、…リエ……。
[生きていたのか、と、
何故こんなところに、という言葉が遠くに聞こえた。
混乱の余り、その声に安堵の響きが混じっていることには気付かず。
答えを紡ぐ事も出来ない。]
わからない…、多分、2階か3階…
階段の踊り場――…!
[目眩の中、なんとかそれだけを伝えた直後。
野茨公の意思を持った蔓に絡め取られ、天井高く止め置かれる。]
――階段の踊り場、か。
分かった。
迎えにいこう。
……けれど、出来れば安全と思える場所に。
そう遠くにいかぬ限り、分かる、から。
[地下から少し距離があるのを認識すれば
アデルの安全を思いそんな囁きを返す。
野茨公の近くにあるとまでは、知れない。]
はっ…はっ…安心したら、なんか……
[意識が程よく混濁している。繋いでいるのは、己とをつなぐ魔の因子の共鳴…ではなく培われてきた深い縁]
――――。
[アデルの言葉に息をのむ。
逃げろ、と言い掛けたくちびる。]
野茨公が、アデルの、父親――…?
[一瞬、何を言われているのか分からず
けれど自分以上にアデルは衝撃を受けているだろうと思う。]
――それでも、アデルはアデルだ。
私の、可愛い弟に、変わりはない。
おい、リエ…。
[安心した、という言葉に偽りはないように感じられた。
けれど混濁した意識の気配は男にも伝わって来ていて。
その直後に眠いと零す幼馴染。
害などない筈のその言葉がとても恐ろしいものに感じた。]
リエヴル…!
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