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[燭台を手にした騎士の、小さな祈りが耳に届く。
些細なこともゆるがせにはしない態度が好ましい。
彼の両手に、燭台もしっくりと収まっているようだ。
戻ってきた彼を、両手を広げて歓迎する。]
私が初めての相手だね。
[嬉々として答え、身体を傾けるように前へ踏み出した。]
[風を唸らせて振るわれる燭台を、腕で受ける。
同時に、身体をさらに前へ投げ出して、威力を殺した。
彼の横をすり抜けざま、またひとつ鎧の留め具を爪の先に掛ける。]
―――ああ。
予想以上だね。
[抜けた先で彼に向き直りながら、甘く息を吐いた。
燭台を受けた左腕の衣が、焼かれたように焦げてほつれている。
その下の肌もまた、水ぶくれを起こしていた。]
燭台の力だけではない。
おまえが振るっているからこそだろう。
[軽く腕を振れば、袖に開いた穴が塞がる。
腕の傷は、その下に隠された。*]
[ 初めての相手という発言に、わざわざ頷いたりはしなかったが、魔物狩人ではないのだから自明の理だ。
彼から学び、その場で己が血肉とする所存。
間合いを詰めてくる動きのせいで、打撃点は手前にずらされ、威力を削がれる。
弾けるような音がしたのは、シェットラントの鎧の方だった。]
── 、
[ 銀器に触れただけで焦げた服は、魔性の一部だったらしい。
果たして痛みを感じているのか。
何故か嬉しそうな声からはよくわからなかった。]
[ こんな扱いをしても歪まない頑丈な燭台を作った隣国の腕のいい職人を心の中で称賛しておく。
檳榔卿は、使い手にもよると褒めてくれたようだから、会釈しておいた。
次は、より急所に当ててゆくつもりだ。
鎧を少しずつ壊すのを彼の好きにさせているのも、その動きの速さに慣れ、順応するための手立てである。
今度は、盾を前にかざし、燭台がどこから襲ってくるかわからないようにして、攻める。*]
[言葉少なに向かい合う彼の眼差しは真摯なもの。
技量の全てを掛けて対峙しようという姿勢が伝わる。
胸の内に興奮が湧き起こる。
触れることが、痛手を受けることすら快い。
彼の鎧を全て剥ぐまで、あと何手掛かるだろう。
それまでに、彼はどこまでみせてくれるだろう。
期待の吐息が唇から漏れる。]
[再び向かってくる彼は、盾を前に押し出している。
右に避けようか、左に飛ぼうか。
逡巡するのも、これが彼との対話だからだ。
驚かせてみよう。
そんな、じゃれ合うような気分で彼を待ち構え、ぶつかる直前で跳んだ。
盾を蹴ってさらに跳び、彼の肩に両手をついて体勢を変え、そのまま背後を取ろう。
考えるままに、身体は軽やかに宙へ舞う。*]
[ 常に護る立場にあったシェットラントは、今、攻める立場に身をおいて、その自由さを呼吸していた。]
ゆけるところまで ──
[ 夜明けまでの時間稼ぎなど、頭の隅にもない。]
──っ、 お…!
[ 再度の攻撃。
下から擦り上げる銀燭台の動きを躱されたのみならず、真正面から体を躍りこえられて思わず声が出た。
肩に触れた掌の感触はあくまでも軽いものだ。
先ほど、耳朶を弄った薄い唇の感触にも似ていようか。
背後をとられた危機感と、驚異的な身体運用への感嘆が分離不可分に入り混じって、背筋を走る。]
[ 触れたい──届かせたい。 もっと。]
退けっ!
[ 槍の石突きで背後の敵をいなす要領で、腰を落としながら、燭台を後ろに押し込む。*]
[私の喜びと観応したのだろうか。
彼の心が賦活していく。血が熱くなる。
鎧越しにも知覚した熱を、もっと直接感じたい。
背甲に触れて囁きかける。
指先でなぞり、軽く爪を立てる。
人を蕩かすのと同じ仕草に、鎧もまた溶けた。
一瞬闇色に染まった鎧が、形を無くして溶け落ちていく。
絨毯に染みこんでしまえば、あとは名残も残らない。]
もっと ―――
[触れたい。
さらに手を伸ばすより先に、燭台の足が脇腹に食い込んだ。]
ッ …――ふ、
[数歩離れ、甘く呻く。
脆くほつれた服が、細かな灰を散らす。
骨まで響いた痛みもまた、甘美。
婉然と微笑んで、手にした剣を抜く。
先ほどまで彼の背にあった剣だ。*]
[ 肩にかかっていた金属の重量と拘束が変質した。
檳榔卿の指先が背中に触れてきて、もはや鎧が存在しないことを直裁的に悟らせる。]
──っ
[ 猫が玩具を突き回すように鎧を少しずつ破壊して楽しんでいたはずの魔性だが、本気を見せたくなったということだろうか。
溶け落ちた鎧の残滓は、彼の指の延長であるかのように生温かく腰の窪みから鼠蹊部へと伝い落ち、不測の反応を呼び覚ます。
だが、泥とは違い、衣服に染み込むことも絨毯に色を残すこともなかった。]
[ とっさの反撃には手応えがあって、彼の気配が離れる。
だが、その手にはシェットラントのものであった剣が握られていた。
その気になれば、その指先ひとつで人を骨まで切り裂くこともできるだろうに何のつもりか。]
…ふぅっ
[ 呼吸が早く、熱くなっているのは、動き続けているせいだけではあるまい。
戦いのために作られた剣と燭台とでは、勝負に持ち込むのもさらに難しいが、選り好みをしていられる場合ではなかった。
身軽になった分、素早い攻撃で、剣を握る相手の手を狙ってゆく。*]
[鎧が流れ落ちた際の、僅かな震えを見逃しはしなかった。
熱い血が、身体の芯まで呼び覚ましているにちがいない。
早く、欲しい。
期待が溢れて吐息が零れる。
彼もまた、そうに違いない。
重なり交わる呼気は、同じ温度をしている。]
[向かってくる攻撃は、速く、鋭い。
右手を狙う燭台を、左手で掴み、引く。
焦げたような匂いと音が立ったが、気にしなかった。
崩した彼の体に向けて、剣を走らせる。
浅く薙ぐ剣の切っ先は、彼の衣服を裂き、肌一枚ほどの傷を与えるだろう。]
ずっと、良い……
[囁いて、燭台から手を離す。
はたはたとこぼれ落ちた滴は、己のものだ。*]
[ 鎧を失った身には危険な剣をまず叩き落とそうと試みたのだが、紅の魔性は銀燭台の攻撃を素手で押さえ込んだ。
そうしておいて、剣を走らせてくる。
シェットラントの胸元を滑った剣先は、涼感の後に微熱をはらんだ痛みを烙した。
糸ほどの細い傷。
己の剣にそれほどの切れ味があるとは驚きだ。
やはり、使い手の力量によるのだろう。
出血しているようではあったが、傷は浅い。
対して、聖なる金属は魔性の肌を焼き、肉体の損壊を招いている。
カウンターを取りにきたにしては、魔性にとって分の悪い取引ではなかったか。]
[ けれど、彼が口にしたのは、歓迎の言葉だった。
痛みを感じていないか、価値観に相違があるのか。]
貴君は、普段、どんな暮らしをしているのか。
[ わざわざ拉致までしてきて試合おうとは、あまり人間と交流する機会がなく寂しいのかもしれないと、ふと疑問が口に出る。*]
[空気に血の香が混ざる。
濃く香るのは己の爛れた左手だったが、一服の清涼剤のように鼻腔をくすぐるのは、彼から滲む、火照った血蜜の匂い。]
――― 知りたいかい?
[彼の問いが胸に火をつける。
手指から零すよう剣を手放した次の瞬間には、彼との距離をゼロにしていた。]
[絨毯の上で、剣が重い音を立てた時には、燭台持つ腕を取って、背中にひねっている。
手首を押さえ込んだのは灼けた手の方だったが、苦痛の色は見せなかった。]
教えてあげるよ。おまえの身体に直接。
私がなにを思い、何を感じているのか。
[空いている手を彼の胸元に滑らせる。
鋭い爪に裂かれて生地は悲鳴を上げ、下の肌にぷつりぷつりとごく小さな血の珠を生じながら、赤い線が描かれていく。
何本も。*]
[ 檳榔卿の手を離れた剣が床に落ちる。
その時にはもう、鮮紅が目の前にあった。
覗き込む瞳はさながら柘榴石の核。
身震いするほどに深い。]
── いい、
[ 知りたいかと尋ねられて、問いを撤回したが、背中に回された手は揺るがない。
どこか濡れて滑る感触は彼の傷ゆえか。]
[ こうして直接に感じる生身の人間ならざる体温に、ぞくりとした。
紅の魔性は、剃刀にも似た爪でシェットラントの衣服を、肌を裂く。
すぐにも殺せる力を持っているのに、そうせず弄ぶ様はまるで猫だ。
傷に生じた血の連珠は流れて彼の血肉と混じり合ってしまう。
何かとても──落ち着かない。]
[ このままではいけない。
痛みが、覚悟が血を疾く熱くする。
生殺与奪を握られていることを感じながら、闘志は消えていなかった。]
── させるか…っ
[ 左手を伸ばして、紅髪の後頭部を抱え込むようにしながら、腰を折り後ろに重心を傾ける。
自ら倒れ込む勢いを利用して相手を投げ飛ばす体術の技だ。*]
[問いの直後に返る拒絶は、人間としての本能か。
捕食者を恐れる態度は正しい。
けれども、それだけではないことを教えてあげよう。
破れた服の間に覗く赤い筋に、舌を伸ばそうと顔を伏せる。
その首筋を彼の手が掴んだ。]
……っ …
[身体が崩される。足が浮く。
投げられると察知した瞬間、床へと手を伸ばした。]
[床と手を闇で繋いで支点を作り、身体を押しとどめる。
のみならず、力の方向を変えて彼を抱き寄せた。
倒れ込む彼の体を支え、横向きに身体を回転させる。
柔らかな絨毯の上を一回転して、彼の上に覆い被さった。
見下ろす彼との間を、荒い息が往還する。]
…、 積極的だね。
いいとも。 あげよう。
[身体と片腕で彼を押さえ込みながら、襟元に手を掛け、一気に服を破り去った。*]
[ 檳榔卿を投げ飛ばしてシェットラント自身は受け身をとって立ち上がるつもりの動作が、途中で転換を強要される。
気づけば、仰向けに押し倒され、マウントを取られていた。
捻じ上げられていた手に持っていた銀の燭台はどこへ転がったか、今は手元にない。]
──ッ
[ のしかかる気配に反射的に殴りかかる動きも防がれてしまう。
彼のもう一方の手が、残っていた衣類の残骸を掴んで破りとった。]
[ 服の下に武器を隠し持っていないか警戒したわけであるまい。
幾筋もの赤が刻まれた肌を見下ろす彼の眼差しと息づかいは、別種の高揚を想起させるものだ。
血を奪う、のではなく「あげよう」という宣言が何を意図してのものか、にわかにはわかりかねたが、歓迎すべきものではないと直感が告げている。
試合ならば、負けを認めれば済むだろう。仕切り直して健闘を称えればいい。
だが、彼がそんなルールの範疇に収まるはずもなかった。
唇を引き結ぶと、膝を立てて彼を押しのけ覆すべく力を籠める。*]
[組み伏せられてなお抗う騎士は、罠に掛かった獣を思わせる。
わけがわからないままにもがき、逃れようとするもの。
その先に待つものが何か、まだ彼は知らないのだ。]
暴れるのはやめなさい。
もう、別の楽しみの時間だ。
[膝を立て、身体を跳ね上げる彼を乗りこなし、彼の両手首を強引に捕らえて無事な方の手で束ね、頭上に押さえ込む。
顔を伏せて彼の首筋に舌を這わせ、そのまま顔を下げて細い傷口を唇で吸った。]
[唇と舌とで、薄く流れる血を堪能した後、傷ついた手を彼の胸に当てる。
互いの血を混ぜ合わせながら、胸の上に赤を捺した。]
次は、おまえ自身の身体で私をもてなしておくれ。
まずは、全て脱いでもらおうか。
[間近に顔を覗き込みながら、鷹揚に要求する。*]
[ 跳ね除けようという行為とは裏腹に、シェットラントの耳は彼の紡ぐ言葉を聞き流すことはない。
支配に慣れた、鷹揚でよく通る声だ。]
別の 楽しみ…、
[ これまで、シェットラントは魔物と対峙したことはない。
だから二次的な情報ではあったが、今回の乱の主体である吸血鬼というのは人の生血を、それも処女・童貞を好んで啜るということくらいは聞き知っている。
その伝でいうならば、シェットラントも獲物に相応しいわけだ。
姫が嫁ぐまで、自分自身も純潔を保って務めようと決めているだけのことで、これまで意識もしなかったけれど。]
[ 人ならざる力で押さえ込まれてしまえば、彼が傷口の血を舐めとるのを阻止することはできない。
血を吸われること自体は罪ではないと思う。
浅い傷が溢した血はそれほどの量ではなかった。
むしろ、吸い付ける唇の感触の方が強烈で、意識をもっていかれそうになる。]
それくらいにしておかないと──、 んっ
[ 失血によって体力を失い、動けなくなってしまっては護衛失格だ。
服を脱げという命令に、律儀に反論する。]
全身から血を吸われるわけにはいかない。
護衛としての務めを全うさせてほしい。
*
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