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触れ ても
いいだろうか
[半液体との境界面に触れた手が僅かに沈み込む。
一度溶けかけて輪郭の滲んだ指が、また形を成した]
[人形の言葉と反応に、ひとつ、目を瞬かせる。]
ツィーア 、ではないな。
おまえは。
[人形だ。
ツィーアの核を運ぶためだけに作り上げた木偶。
気に入った人間の命を摘み取り、記憶と容貌を写し取った玩具。
弄べば怯え、儚い抵抗で楽しませてくれもしたが、こんな要求をしてきたことなどついぞ無い。───触れたい、などと。]
人間は、面白いな。
[本来持っていた気質なのか。ツィーアの影響が弱まって発現した性質なのか。再生成されるたびに見られる個体差なのか。あるいは、注いだ記憶が元の素体に影響を与えたのか。
いずれにせよ、願う言葉は甘く、心地いい。]
[姿勢を変え、半液体の中を滑るように動き、波紋の中心から顔を出す。
液面に触れていた人形の手首を掴んで引き寄せた。]
おまえは、我の最高の傑作だ。
未だ改良の余地はあるが
今のおまえは存分に我を喜ばせる。
[握った手首を導いて、人形の指に己の顔を触れさせる。]
我に触れて、なんとするのだ? おまえは。
[もっと楽しませて見せるのかと、試すように。]
わからない
[わからない。
怒り、嘆き、絶望と恐れを記憶は繰り返してきた。
憤激はしても憎悪はなく、抵抗はしても反逆は出来ない、紛い物の人格が何かを真に感じたり出来るのか]
俺は まだ、人間のふりをできているのか…?
[右の手首を掴まれて体を強張らせる反応は、ヒトガタが幾度も再演してきたもの。
けれど引き寄せられれば、恭順の発露ではなく自らも手を伸ばした。
白皙の頬へ触れると、
チリン
微かに甘やかな音が鳴る]
わからない
傷ついた貴方を見たら、溜飲が下がるのかと思っていた
[頬の感触は、人間とは懸け離れた滑らかさと繊細さを伝えてきた。
左の手も持ち上げ、液面へ伸ばす。
半液体に入り込んだ指は、焼け爛れて捩れた魔王の右腕近くまで伸びて、
ためらいがちに漂った]
触れて…かまわない、か
人間どもはおまえを人間とは認めないだろうが、
我にとっては同じだ。
いや。ある意味では人間以上に人間らしい。
愛しき生き物よ。
[被造物への賛辞は惜しみない。
己を喜ばせる、最高の───]
思っていた、なら、どう思っているのだ。
おまえも、我を哀れなどと言うか?
[笑う声に毒は無いが、激情の片鱗が一瞬浮かんで消えた。
人形に触れられるのは、なかなか新鮮な感触だった。
夢魔の朧な指ではなく、魔女らの淫蕩な手でもなく、ただ触れるだけの圧を感じる。]
焼けるぞ。
[ためらうように伸びる手を揶揄するような言葉は、許可の意でもあった。
魔王の肌の下には、溶けたマグマのような熱が秘められている。少しずつ癒えて肌が再生しつつあると言っても、未だ右腕の周りではふつふつと細かな泡が生じていた。]
哀れ?何故だ
[何故だ、という抑揚はツィーアの波動が紡ぐ単語とよく似ていた]
ただ、触れてみたいと思っただけ
[半液体の中で再生を始めていた腕は、不安定に漂うのをやめて、密やかに沸騰する灼熱へ触れようとする。
焼けるぞ、と聞いて、すこし口元を緩めた]
俺はまだ
痛みを感じられる
……っ、
[低い苦痛の呻きと、流動鉱石が焼ける音。
辛うじて溶け崩れることはない掌は、赤く明滅する劫炎の肉に押し当てられて撫でるように滑った]
[わからない。
人形は、なぜ触れたいなどと言い出したのか。
なぜ、苦痛をわかっていて、それを選ぶのか。]
嬉しいのか? それは。
[焼けた右腕に、一瞬の冷感が押し当てられる。
肌の無い肉に触れられるのは、今までにない感覚だった。]
[左手を伸ばして人形の髪に触れる。
指を髪の中に潜り込ませて、軽く掴む、
右腕を動かして、人形の胸に触れた。
流動鉱石を焦がして焼き印のように跡を付けていく。
修復されれば残りはしないだろうけれど。]
苦痛を喜ぶように作った覚えはないが、
自己調節したか?
我がおまえに与えるのは、それだけだからな。
嬉しいわけない
ただ、確かめたくて、 …
[何を言っているのか理解できない、と感情を表出した顔は、髪に触れられればやはり怯えたように硬くなる]
…っぐ、ァ
[傷ついた腕に触れていた左手は液中に浮く。
爛れた流動鉱石が修復するよりも早い速度で、胸の組織が灼熱に焦げていった]
お前は、何も
わかっていない
[ チリン、
魔王の頬へ触れていた指が離れる]
ゆうべの自分から今の自分がかけ離れていく
次の瞬間にはもう、今の自分すらいないかも知れない
こわい
これが人間らしさだというのか──?
痛みを喜ぶようになれば、俺は本当の人形になるのか
[魔王の右腕を胸へ抱き込むように両腕を回した。じゅう、と表層の鉱石の組成がほどけていく]
[今度の言葉も、魔王の意表をついた。
これほどに雄弁に、これほどに切として不安を訴えてこようとは。
どこまでこの人形は己を驚かせ、楽しませてくれるのだろう。]
只の人形であれば、こわい、などと言い出さぬ。
そのままでいろ。
そうして苦悩しもがくさまは、
我が好ましく思い、欲した人間そのものだ。
我が愛しき人形よ。
"人間"でありつづけるを望むなら、その悩みを捨てるな。
人でなくなる恐れを抱きながら、あがけ。
そうしていればいつかは、記憶ではない思考を手に入れるかもしれんな。
[そうなればいい、と思う。
もしそれが実現するならば、この手で"人間"を造り出したとも言えるだろう。
その想像は、なかなかに興奮するものだった。]
……
[長い沈黙の後、
は、と。ため息のような動きを見せた]
希望をもたせるのも手管のうちかな…
そうするしかない
俺はお前を楽しませる人形で、苦しんでいるところを見て喜ぶようだから
[胸に抱いた灼熱を撫でるようにして、痛みに微笑んだ。
溶けた魔法鉱石は溶岩の如き熱に焼きついて、仮の皮膚のように魔王の腕を覆っていく]
[魔王の腕から離れ、下がろうとしたヒトガタの動きが突然止まる。
虚をつかれたように眼を見開くと]
…っぁ!
[不自然に跳ねて、液体の中に全身で飛び込んだ。
ビシャ、と粘つく音を立てて我が王に抱き着く──というかぶら下がるというか]
……
[拗ねたような波動は、ヒトガタの喉を借りて音を紡いだ]
『私は触れていたい。
これを介して見る痛みも、全て喜びだ』
[朝になったら遊びに出る、ならば、それまでに触り溜めをしておくのが当然、の気持ち]**
おまえがもしも、
[もしも、だ。
あるいは、それを追求するのも面白いかもしれない。]
…もしも、我と同じ高みに立ちえたのなら、
最後の光景の先に、行けるやもしれんな。
[人形はツィーアと同じ幻想を共有しているのか。
知りはしない。が、どちらでも構わない。]
全てを滅ぼしつくした後、
無にも飽いたら、新しく世界を作るのも悪くない。
その地に満ちるのは、おまえの子供たちとなるだろう。
[そうして再び猥雑に拡がった世界を、ツィーアの光で塗りつぶす。
営々と繰り返す営みは、永劫の無聊を慰めるに足るだろう。]
[遙かな未来を幻視していたら、離れかけた人形が不意に抱き着いてきた。
半液体を揺らす波動が、人形の喉を通して声となる。]
ツィーア。可愛らしいことを言うものだ。
そんなに我が欲しいか。
仕方のない奴だ。
[どのみち、己も人形も治癒の時間が必要だ。
ならばと暫し、遊ぶことにした。
結局、朝の前には、人形は己が力を使って癒さねばならないだろうけれど。]
最後の光景…?
[見上げた薄蒼の瞳に映るのは終末の光ではなく、魔王の白皙。
語られる"最後の先"はまるで創世の神話のようだった]
今の俺には
あまりに 遠すぎる 話
[声に乗るのは不安や困惑ではなく、何か畏れのようなもの]
……子供たち …
[そこに行けるかもしれないと言う魔王の真意は。
遥か未来の幻視を見定めようと寄せられていた人形の眉は、
別の意志によって体の主権を奪われるに至って、不意の恐慌に染まる]
な…待、 『欲しい』
い 『分かち難きものだろう?』 や
[触感として知覚する彼の存在、チリンと核が澄んだ音を立てた]*
─ 閑話休題 ─
[くぼみに置かれた、ごく軽い感触が何なのかはツィーアにはわからなかった]
誕生日?
[我が王がそれ以上は何も言わなかったので、夜が長い日の謎もそのままになる]
私はいつ生まれたのだったか──
[気がつけばただ退屈だった。
アーティファクトに意志が宿った明確な瞬間などなかったのかもしれない]
お前が現れる前の世界など数えようもない
……お前は?
私を見出すより前はどう過ごしていたのだ
[ツィーアが未来ではなく過去へ関心を向けることはほとんどなかったから、これは珍しい部類の問いだった]
― 閑話休題 ―
おまえがいつ生まれたかは、さすがに知らないぞ。
だが今のおまえが生まれたのは、我がおまえを目覚めさせた時だ。
それは間違いない。
[興味を持ったらしきツィーアに、そう言う。
こちらに向いてきた問いには、小さく首をひねった。]
さあ。何をしていたと言うのかな。
物見遊山かなにか。
気が向けば人でも魔でも狩って好きに過ごしていたが。
[道楽であった。
生まれ持った力を背景に、思いつくままに生きる日々。]
物見遊山…それは楽しかったか
[問いのようで問いでない波動]
つまりお前が私を見出した時に、私と共にあるお前も生まれたのだな?ならば好い
お前が変容させた私は、私の誇りだ
私はお前のためにあろう
お前の死を得る時までは
[永遠を誓う宣を告げる波は、嬉しげに揺らいでいた]
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