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[改造を受けた右腕は、時折痛みを覚える。
酷使による反動であると認識していたが、
この城に訪れて以来、何故か疼くような違和感が付きまとう。
教会が言うには神の加護らしいが、
実際のところは如何か知れない。
魔物の巣窟に逸っているのだろうと考えていた。
己に、近づいてはいけない、と、
警鐘を打ち鳴らしているとも知らず。]
[主の気が息子へと逸れ、監視からも外れれば、蝶はするりと進路を転じる。
燐粉で探知の印を城内に撒き終えた後は、ふわりと気紛れに飛び続けていたが、俄かに羽ばたきを強めて真っ直ぐ何処かへ]
[やがて辿り着いたのは、地下礼拝堂。
迷わず金髪の男を目指し蝶は舞い、その右腕に翅を休めようとする]
[折、
ひら、ひらと蝶が舞うくる。
茨で出来た訳でも、血を吸う訳でもない。
右肩に止まったそれに、首を捻りながらも、小さく笑った。]
祝福してくれるかい。君も。
[蝶へと声を掛けて目元を緩め、指先に乗せて宙へ迷わせた。]
君の加護があれば、恙無く。
―――…少し、気になる人に、君は似ている。
[人を使い、大儀を使い、魔を使い、義務を果たす男が、
蝶を逃がして、戦場を見守らせた。
虫一匹に何が出来ると思わなかったと言うのもある。
だが、それよりもっと、素直に。
本当に、名も知らぬ彼女に似ていたのだ。]
[爆発の少し前。漸く平静を取り戻しつつあった術者は、完全に遮断していた蝶との感覚の糸を手繰る。
伝わるのは、無意識に縁を繋いだ男の気が少し弱まっているのと、彼に迫る同族の気配。
常は余裕を漂わせる曲者めいた男が、静かな憤りを湛えている。
軽やかに優美に戦う城主と彼の戦いでは感じなかった、恐れに近い感覚が肌を擦れ]
…………、
[月夜の宴主の名前くらいは、あの場にいるだけでも直ぐ知れた。
だから本当は、あの時名前を呼んで、どんな顔をするのか見る事もできたのだ。
初めてその名を口にしたのは、傍にいない今になって。
次に顔を合わせても、その名を呼ぶことなどないのだろう]
[蝶が届けた、戦いの隙間に紡がれた男の声。
優しい声音は、「気になる人」に向けられるものなのだろう。
二回目の約束が果たされなかったのは、自分があの晩行かなかっただけではなく。彼も其処には居なかった故。だから、自分の筈はない]
……加護も、祝福も。
あげられないの。
私じゃ、あげられないのよ。……何も。
[――そう思うのに、戦いの中で彼が求めた物を持ち合わせないのが何故か悔しくて、視界がゆらりと霞んだ。
他の生とはどんなものだろう、そう思いを馳せる事はあっても、魔として生まれた身を悔やんだことはないのに。
男の指先に誘われた蝶は、花と見紛うたように翅を閉じて暫し留まり、やがて高く舞い上がった*]
[赴いてはならないと、右腕が止めた。
知ってはいけないと、風精が騒いだ。
激痛と発作を齎した初めて副作用。
それに苦しんだのは、約束の夜会直前。
その後、何度も己の右手は邂逅を妨げるよう、痛みを生んだ。
めぐり合わぬように、すれ違わぬように。
今ですら、右腕が順風に力を巡らせていれば、
蝶を風で追いやっただろう。
だが、どれだけ避けて、どれだけ逃げても、
避けがたい定めは勝手にやってくる。
己の義務と、本当の自分を天秤に掛けて、
選択を突きつける時が必ずやって来る。]
[自身が得たのは中身の見えない宝箱。
箱から滲んで飛び出た数多の幸い、
小さな興味から始まっただけのはずが、
彼女の隣に自身も知らなかった本当の自分を見た。
年相応よりも幾らか稚気の利いた性根。
駆け引きを度外視して、茶化す為だけに告げる言葉の群。
それまで口先で女を惹いて得ていた満足と比べ物にならぬ安寧。
貴族として生まれたソマリ・サイキカルには、
この世の何処にも、唯のソマリで在れる場所がなかった。
一夜限りの彼女の隣を置いて、他には。
だから、その箱の底を見てみたかった。
パンドラの開けし、一番底に残るものが、何かなど考えることも無く。
素直に、純然と。
唯の自分として、彼女にもう一度。]
[この進軍が決まったときに、約束の反故を強く意識した。
もう一度、ただ、もう一度。
彼女に逢い、名を問うて、少しばかりからかって、
怒らせて、拗ねさせて、そして宥め賺して笑顔を見たかった。
無事に帰る保証は無いが、亡骸と代わるほどの可愛げも無い。
勝算は十分にある。生きて帰りたいとも思った。
この命の使い時は弁えていたが、欲が無いほどの聖人でもなかった。
もう一度、ただ、もう一度。
名も知らず、顔も知らず、
口付けも交わさずに、巡りあった運命。
自身が淀みなく笑える彼女に逢いたかった。*]
[また一つ、零したことを悔いる種に思いを馳せる。
――どうか、城に棲まう闇を隈なく照らすより、相容れぬものと行き過ぎてはくれないだろうか。
聖将としての意志に満ちた声を聞けば、叶うまいと悟りながらも。
唯それだけを願わずにはいられない。
呪の種を宿した男と、二度目の約束を果たす時が訪れるなら。
禍根を巡らせ、身中深く蝕み――
手ずから摘み取るほか、選べなくなる。
赤い水と灰を苗床に、実を結ぶ花はないと知るから]
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