情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
―回想―
[ “光を齎す者”
そんな願いを込めて揺り籠で瞼を閉じて眠っていたのは───……]
「 “女の子” だった。 」
[ 刺繍の細かい物が好きだった。
甘くて柔らかいクリームの乗ったショートケーキも、つぶらな目が愛らしいテディベアも。
御伽噺に現れるようなワンピースも。
本当は、欲しくて堪らなかった。]
………コンスタンツェは、花が似合うね。
[秘密の花園。
昼下がりの休憩にとっておきの場所で、小さな丘に寝転びながら、一輪を弄った。
風に吹きかけられた花弁からは微かな香りが鼻腔を擽り、そっと親指を乗せたけれど、そこにあるのは瘡蓋と豆だらけの汚い手のひら。
酷く不似合いで、
それでも、構わなかった。]
あのね。昔に言ってくれたこと、覚えてる?
[腕を、落ち着いた色合いの髪へと伸ばす。
彼女にさえ、触れられたのなら、]
………そばに、いてね。
[それだけで良かった。
生まれた時からそばにいるお友達。
男ではなくて、女として、それも虚弱な身を持って生き永らえていた友達が、傍らにいたのなら。
君の王子様になることを夢見られるならば、それで、それだけで、きっと──────]
[その夜、太腿から垂れる赤い一滴が
母が見せた血の気の失せた顔が、
光を齎す者になれなかった、ひとりぼっちのぼくが、]
こわいよ、───………コンスタンツェ。
[ 僕に、なった。 ]*
ー回想ー
[ 風が吹き付ける丘から花の香り。
雲を運ぶ担い手が通り過ぎるついでに頬を撫でて行く。
"彼"に近付こうと引き摺る身体から、若い草花が弾けた。]
覚えてるよ。だってルカとの約束だもん。
[髪を触れようと此方に伸びる手に自ら擦り寄る。
かさついた掌に眉尻を下げた。
それと同時に口元は笑みを讃えていた。]
この手でルカが守ってくれるんでしょ。私の、そばで。
[手のひらに自分の物を重ねれば、少し大きくなった事を自覚する。
膝の上に置いた拳を握り締める。
顔に出ていないよう祈るしかない。
どんどん過ぎ行く時間を自覚する度に過る最後に胸を灼かれるのだ。]
ー回想ー
ルカ、今日は何をしようかな。
[ 庭で日向ぼっこ?それとも剣技の練習?
リヒャルトがお母様の元で長い時間を過ごした次の日の朝であった。
朝食のお茶の匂いが漂って、洗濯物が風に凪いでいて、いつも通りの朝。
ただ一つを除いては。]
…あれ?ねぇ、どこか怪我してる?血の匂いがする。
[すんすん、と鳴らす鼻は敏感である。
けれど朝の思考は鈍感であった。
言った後に、目を見開いてルカを見たことを覚えている。
その時、ルカはどんな顔をしていたっけ。]
─回想─
[ 昔から身体が弱かった。
だから、ぼくの世界は、
お姫様みたいに可愛いお友達と、
ぼくを、見つめる、暗い夜に浮かぶお月様のような、お母様だけだった。
初めて彼女を、彼女だと、認識した時。
結えられた夜の色の髪に、猫みたいに黄色い瞳を世界に受け入れて、
ぼくだけの殻の中に閉じ込めたいと思った。
ぼくだけのもの。
腕を引くのも、困らせるのも、笑わせるのも、君を、───まもるのも。
ぼくが、ぼくだけが、君の王子様に、なりたかった。 ]
[でも、ぼくならば、きっと。
生まれたことすら許されない。
一度も、受け入れてなどくれない。
母の氷のように凍てついた眼差しは、殻の中に籠ったぼくにヒビを入れるには十分過ぎたのだから。]
………コンスタンツェ。
[とどめはお前の言葉だったけれど。]
今日から僕は『リヒャルト』だ。
お前は、僕の使い魔。
それ以上も以下もないのだから、無闇矢鱈に構うな。
[吹き抜ける風を感じる。
色素の薄い金髪が散らばっては、表情を隠していく。
一瞬見せた躊躇いのその名残さえも、風が止む頃には姿は失せていて。]
さよなら。
[身を翻す。
その際、一輪だけ落ちた白い薔薇の花弁が視界に入り込んだから、
迷いなく踏み潰しては、足を踏み出した。]
[ “力強い支配者”
崇高なまでに冷徹なまでに意思を貫き通す様は、その名の通り、確かに従順なる僕として、母から生を受けた。]*
ー回想ー
[ ガラガラと壊れる殻の音が聞こえる。
ようやく態度の意味を理解した。
昨晩のお母様とのやり取りが目に浮かんだ。
私が壊した。最後の一枚を。
「ルカの大切でありたい」と願うだけの、浅慮な言葉で。]
違う…ごめんなさい、ルカ…
[ ルカ、ごめんなさい。
鼻の奥が熱い。手は異様に冷たかった。
聞き覚えのない名前が脳裏に焼き付く。
その無機質な声が、記憶にこびりついて離れない。]
……リヒャルト…あなたがそう望むなら。
『コンスタンツェ』は、あなたの使い魔。
─回想─
[何が違うと言うのだろう。]
その名前で呼ぶな。
[ぴしゃりと言い放した後だったか。
彼女が、御意と言葉を返したのは。
『あなたの使い魔』
友達ではなく、退魔士と、使役される魔物の関係を望んだのはこちら、なのに。]*
ー回想ー
『ある寒い日、いまにもしんでしまいそうな黒猫がいました。』
[幼い頃、大好きなひとの、決別をしたルカの部屋のドアに挟んだ本は、そんな冒頭で始まっていた。]
『よごれた身体を横たえたその時、目の前に天使さまが現れて黒猫の眼を閉じたのです。』
『黒猫がうっすら目を開けると、なんだかとてもあたたかい。
ふと下を見ると、自分の前脚だと思っていたものは細長い、ふしぎな形になっていました。』
『黒猫の隣には小さなニンゲンのような、これもまたふしぎな丸いものがあります。
天使さまは言いました。
「あなたはこの子の友だちよ」』
『黒猫は小さなニンゲンからたくさんのものをもらいました。
笑った時の"楽しい"という言葉です。
笑ってくれた時の"嬉しい"という言葉です。
手を繋いだ時の"愛おしい"という言葉です。
黒猫は小さなその人に、いつか自分も人間になっていろいろなものを返したいと思いました。』
『 自分は猫で、その人は人間。
その人が望む人も、恋する人も、その人と同じ人間なのでしょう。
そして自分は、その人の何物にもなれない事を知りながら。』
─回想─
[細やかな旋律を奏でるのはピアノの音。
煌びやかなシャンデリアの下で、宝石が輝いている。
質の良い布で誂えられたドレス。
紅を引かれた唇。
綺麗に結えられた髪の毛。
こんな風に『お披露目』されることなんて、今までになかったのに。]
「 でもね、ルカ。
あなたは、───女の子なんだから。 」
[女性の腕を乗せ、ステップを踏み込むつま先。
くるりと回ってリードする姿。
腰に携えられたのは一本の剣。
同じ物を自分は持っている。
なのに、私の両手には、どれだけ、強く振舞おうたって、誰も。]
無理なのよ。
[だから、もういいの。
諦めたように笑みを浮かべるお母様。
白い手袋に覆われた傷だらけの手のひらは、爪が白くなるまで強く、硬く、握り締められていた。]*
ー回想ー
[キラキラと輝くシャンデリア。
繊細な音色。]
ルカ、綺麗。
[ダンスホールの二階から見下ろす着飾ったその人は、いつも見ていた人とは別人のように感じる。
……いや、別人なのだ。]
リヒャルト……、リヒャルト…
[ 新たに告げられた名を繰り返す。
確かめるように何度も。]
リヒャルト、あなたのそばに私の場所は残ってる?
私はこのまま、あなたに守られていてもいい?
ねぇ、気付いてるかな。
今のあなたはお姫さまみたいだってこと。
[あなたがお姫さまなら、私は何になればいい?
昨晩言い渡された"使い魔"という言葉が頭を過る。]
そうだね…そうするよ。使い魔の方が私にはお似合いだ。
[手すりに背を向けてずるずるとその場に座り込む。]
王子さまに命を捧げるお姫さまなんて、いないんだから。
[契約の繋がりを空気で感じる。
確かに相手はそこにいる。
私が命を捧げることになる、「リヒャルト」は。
手で顔を覆う。不思議と涙は出なかった。]*
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新