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ー追憶ー
[綺麗な庭で、一人の少年と少女が遊んでいる。
暖かな日差しがよく似合う顔をして、青々とした若草の上を転がり回っていた。]
ねぇ、あんまり離れちゃダメだよ!
[脱兎の勢いで駆ける少年に少女、コンスタンツェは慌てて追い掛ける。]
私たちは二人で一つだって、お母様にも言われてるじゃない。
[脚はコンスタンツェの方が早い。
あっという間に少年を捕まえて、草原の上に倒れこんだ。
それが無償に楽しくて、顔を身合わせれば思わず笑ってしまいそうで。]
ずっと一緒だからね、ルカ。*
─回想─
[ 昔から身体が弱かった。
だから、外で遊べる場所といえば、限られた庭くらいだった。
季節ごとに色とりどりの花々が丹精込めて育てられた秘密の場所。
お勉強にも稽古にも嫌気が差して、時折こうして抜け出した。]
やだよ! 嫌ならそばまでおいでよ、コンスタンツェがさ!
[ お気に入りの“友達”と一緒に。 ]
[ 駆ける。
狭くて広い箱の中を。
すぐに息が切れる。
眩暈がして、頬が赤くなる。
それでも構わなかった。
空を切った右腕が掴まれて、ぐらりと世界が回転しても。
どんな砂糖菓子よりも甘いにおいが傍にあるのなら、]
わかってるよ、コンスタンツェ。
でもね、だからぼくらには秘密はなしだよ。
だって、ぼくたちは二人で一つなんだから…ね?
[ どんなに窮屈な世界でも、構わなかったんだ。 …コンスタンツェ。 ]*
─回想─
[ 烏も寝静まってしまった夜のこと。
身を縮こまらせて怯えていた。
全身、雨をかぶったように汗を掻いては膝を抱えて、滲んだ視界を彷徨わせては、探していた。]
………ッ、…、
[一番、仲の良かった“お友達”を。
迷って、歩いた挙句、ようやっと見つけた相手に腕を伸ばした。
相手はどんな顔をしていただろう。
薄暗くてよく、見えなかったのだけど。]
………こわい、夢を見たんだ。
ー回想ー
[ 奥様の部屋を出た時であった。
不意に訪れた、まだ小さかった手の温かな体温に目を見開く。
いつからそこに?
そう聞こうとした声は、震える声に飲み込まれる。
頬を緩めて、汗ばんだ髪を優しく撫でながら、]
大丈夫、二人でいれば怖いものなんて何もない。
……でも、リヒャルトが怖かったことも、私は知りたいな。
[肩をそっと抱き締める。
相手を包み込むつもりで。]
ー回想ー
[髪を梳く指先に瞼を震わせる。
少しだけ濡れたそれは瞬きのために雫を落とした。]
………やだよ。
[優しい声に緊張の走った身体が和らいでいく。
けれど、彼女が口にした言葉に弱々しく頭を振る。]
………ぼくが、コンスタンツェを守るんだ。
だから、…勝手に、────……。
ー回想ー
[膝を折り曲げて合わせようとした視線から涙が零れている。
しかし、自身を抱きしめながら守ると言ってくれる相手の其れを拭う事は無かった。
そっとリヒャルトの小さな肩を抱き締める。
子供の、甘いミルクのような匂いが鼻腔を擽った。]
リヒャルトの側にずっといる。
まだ、私がリヒャルトを守ってあげる……だけど、
[視線を床に落とす。
二人を照らす外灯の灯は、リヒャルトの顔だけを照らしていた。]
私が、危ない時には……側にいてね。
[守って欲しいとは口に出来ないまま、しとしとと雨音のする夜が耽る。]
―回想―
[ 昔から、綺麗なものが好きだった。
縁に飾られた一枚の絵画。
植木に苗を下ろす蕾。
籠の中で囀る小鳥。
鎖で繋がれた煌びやかな宝石。
触れる時には、細心の注意を払った。
掌の奥に閉じ込めてしまうと、確かな重みを持って伝えてくれる存在を隠して、隠して、閉ざして、奪って。 ]
[ 薄明かり。
毛布だけを被った狭い世界の中。
お互いの温もりがあるだけで、たとえ自分が“失敗作”だったとしても、良かったのに。 ]
ぼくは、 私、だ。
[ 美しいものは、全部。
誰かが愛さなければ、価値の失ってしまうもの。
だから、あの時、ぼくは死んだのだから、全部、捨ててきた。 ]
ー回想ー
[ ニンゲンの身体は、思ったよりもずっと心地が良かった。
緑に寝転ぶと草が髪に付く。
鼻の頭に露を落とす蕾。
自分の手で囀る小鳥。
黄色の双眸に反射する煌びやかな宝石。
何でも触れた。
感じるこころがあることを確かめるように。
傷付きながら、傷つけながら。]
[ わかってる。
私は望んでこうなった。
薄い毛布の中で、寝たフリをしながら呟く相手の声を聞くこころが欲しかった。]
( ぼく、でも…リヒャルトでも……)
[ 何度も心の中に押し込む。
相手に触れるたびに肺を真綿でしめつけられる心持ちで。
どうしてだろう、この身体は、思ったよりもすごく重たい。
過去の産物として捨てられる悲しみは、深い水底で息が止まる程に苦しかったから。]
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