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[何度も読み返した友人からの手紙を胸に抱き、ほぅっ、と息を溢す。
この驚きはとても声には出せない。
思わず視線を逸らした先にはオベルジーヌの国の地図。]
(弟の奥方は…やはり中央の貴族から迎えるべきでしょうね。
各領地の統合が進んでも当分は安定へ向けての模索で手一杯…
となれば王都の中枢にパイプが必要。)
[オベルジーヌの南方。
現在の第七領に流れる川を、睨むように、愛しむように見つめる。]
[王都の北の山脈から流れる河川。
その大筋が流れ込む大河を整備し、流通の拠点とすれば今よりもよほど国内の物資は円滑に運ばれる。
そして港。
貿易船の受け入れを担うことが適えば、潤うのは一領に留まらない。
だからこそ、政略結婚の一つとして己と隣領の縁談が纏まったのであれば、弟の縁談は中央貴族と進めるべきだと思い、祖父も弟もそれを了承している。
髪を美しく見せるためだけに、海藻や高価な香油を溶いて潤す自分のことを、罪悪感を感じないかと問われても、きっと顔色一つ変えることはない。
少しでも自分を磨いたこの領の齎すものが、いずれは民に還元されるのだと、そうして見せるのだと。
前を向いた瞳は未来を疑わない。]
[けれど、その瞳を僅かに曇らせる不安があるとすれば――
不安は口にすべきではない、ときゅっと唇を引き結んで、鏡の中に映る自分の顔を眺めた。
髪も肌艶も、侍女が総出で整えただけはある。
特筆すべき美女ではないが、二目と見られぬ醜女ではない。
ひとつ、あるいはふたつ、心配なこと。]
私、あの方よりも年上なのよね…。
[並んで見劣りすると思えなくても、嫌がられるだろうか。
それとも単純にこの容姿、あるいはベルティルデ個人が受け入れられないかもしれない。
そんな理由で相手を拒むような狭量な人ではなさそうであったが。]
[すう、と大きく息を吸ってから、無地の便箋を開く。
それから、ぐっと食い入るみたいにして、紙に顔を近づけると、
すん、と微かにインクの匂いが鼻腔に届いた。
何せ、両親が駆けずり回っても貰い手の見つからなかった娘のこと。
私だって、魅力がないのかな、と落ち込むことだって偶にはある。
手紙の中身はすごくシンプルで、
けれど、どちらかと言えば婚姻を喜ぶもので、
思わず拍子抜けしてしまった]
[心を痛めているなんてことちっともなくて、それよりも純粋に嬉しくて、
もしかしたら愛してもらえるのかも、なんて自惚れたりして。
あれ。時間がない、って何のことだろう?
それよりも、]
…ええ〜!
どうして、知ってらっしゃるの!
[想い人がいるんです!なんて、啖呵を切った、ような気がする。
すれ違ってしまった手紙の内容は、既に半ばうろ覚え
なんて言ったら、怒られてしまうかもしれない。
思わず机に突っ伏した。知られていたなんて恥ずかしい。
分かり易いのが悪いのだろう、と外で女中が笑ったのは、知らないこと]
[――暫くの時間の後、復活した娘は漸くペンを取った。
レターセットの束の上を指が迷い、
最後に手にしたのは、銀木犀が隅に描かれた白い便箋。
気持ちを文字に起こしていくと、不思議と心が整っていく気がした]
[正直なところ、結婚について考えたことがない訳ではない。
当然だ。
自身はフェルマー家の嫡男として生を受け、
生まれながらにして第四領土の領主たらんと育てられてきた。
学ぶのは平原をそよぐ風に限らず、修めるのは乗馬と剣のみに非ず。
些か性根は奔放に育ってしまったが、責務を軽んじたことはなく、
いずれは公私を支えてくれる伴侶を迎える心算で居た。
それでも、婚期と呼ぶには些か下り坂まで粘ったのは、
単に相手が居なかった為、政務に慣れて居なかった為、
それに、愛の賛歌を謳うより、自由を愛したが為だった。]
[異性を好ましく思う心は備えているが、
上流階級の躾を厳しく施された淑女との会話は睡魔を呼ぶ。
刺繍が如何だとか、ドレスがああだとか、
教養の範疇で話を合わせることは出来てもそこに喜びはない。
彼女らとて、乗馬や剣技に興味は無かろうし、
そもそも自身の根が存外粗野だと知ると苦笑を浮かべる。
慎ましいばかりでは退屈だが、姦しいのも好みではない。
自身にとって付き合い易い相手とは、
案外、物怖じせず威圧してくる気丈な女や、
性を感じさせず、垣根を越える友人であるように思う。]
[慣れた手付きでペーパーナイフを翻し、
もう一通届けられた本物の友人からの封書を切る。
最初に署名を確かめ安堵の息を吐いてから、
近況の綴られた手紙にゆっくりと視線を細めて、
思慮の渦へと意識を沈めた。―――― 深く。]
[書斎にて、届いた手紙の差出人を見つめる。
友人、久しく見る名、そして―――婚約者。]
……アデル殿。
[少し考えれば、郵送事業が発達していないこの地で、すぐに返事が届くはずはなく。つまりこれは、互い同じようなタイミングで出したのだろうと察しがつく。
数秒間瞑目して、ペーパーナイフで丁寧に開封した。]
釣り合わぬは、こちらの台詞だぞ。
[微苦笑を浮かべ、読み進めてゆく。
彼が得意とすること、星詠みの言。
それが指し示す未来には、きっと隣にアデルの姿がある。]
[羊皮紙を一枚捲り、視線でひとつひとつの文字を捉え
そして、ある一文で、瞳の動きは止まる。]
……なに、…?
[書き記されたその決意は、思ってもみなかったこと。
表情に浮かぶは、驚愕と、困惑と、羞恥と。]
―――ッ
[手紙を持つ手を下ろして頭を擡げる。
彼は綴ったのだ。
領土と、民と、そして
"貴方のため" と。]
[民の幸福のための婚姻。――そう、思っていた。
己の気持ちも、婚約相手の思いもおざなりにして
なんて失礼で、なんて自分勝手なのだろう。]
私は、愚かだ。
[壁に頭を打ち付けたい思いに駆られる。
頬を伝う液体は、空気に触れては冷えていくけれど]
……っ
[立ち向かわなければ。
弱き己に打ち勝たなければ。
他の手紙は後で読もうと。
すぐにペンを持ち、思いの丈を羊皮紙にしたため始める。]
[愛がある結婚ばかりではないとは知っている。
だが、恋を知らぬ乙女が不幸であるとも知っていた。
垂らしたシーリングワックスに刻印を押し付け、自身の胸に問う。
付き合い易いと思う相手は居る、だが、
彼女にそうで在って欲しいと望む訳ではない。
子供は健やかなまま、天真爛漫であれば良いと思う。
その横顔を翳らせることは、きっと大人のして良いことではない。]
さぁ。彼女には何て書けば良いかしら。
[随分肩の荷が下りた気がして、紙を選ぶ手も
文字を書くペンも軽くなっている。
後は年下の可愛いお友達にお手紙を書いてから
ヴェールの刺繍に取り掛かることにしましょう。]
[馬を走らせ、屋敷へと戻る。
蹄と、かちゃかちゃと硬いものが擦れる音を響かせて。]
……さて、どれが一番綺麗かな?
[夕食もそこそこに、麻袋から取り出したのは様々な形と大きさの貝殻。今のご時世、中身のある生きた物の方が重宝されるのだが、運搬手段もないし収穫したものは自領内ですら供給が足りない。]
[選別を終えると今度は羊皮紙とインクを手繰り寄せる――が、ランプに照らされる幼顔には疲弊が滲んでいた。
身に余る良縁が招いたのは、身体が足りぬほどの激務。ヴェステンフルスの嫡男としてそれなりに武術や乗馬も嗜んではいても、体力はそこらの平民並。]
う……せめて、あの方にだけでも……。
[綴る宛先は歳若い領主であり、友人でもある男。正式に婚礼の手続きが決まった、その一組目として並んでいた名前。
彼はアデルよりよほど多忙を極めるだろう。せっかく頼ってくれたのに、助言が間に合うかどうか定かではないが。
せめて祝福する気持ちだけでも、届けたいとインクを滑らせる。]
[もう一通、香水のかおる便箋は、反対側の隣領の政務官さま。
大合併のはなしは聞いた筈なのにすっかり抜け落ち、
他領も婚姻を結ぶのか、と浅慮な娘は彼女の手紙で漸く気がつく。
届いた二通への返事と、加えてもう一通。
手紙をを書き終えた娘は、合わせて三通の手紙を使用人に預け、
いそいそと向かう先は父の部屋。
恋に恋する乙女は、恋のうわさと聞いて黙ってはいられない。
どなたとどなたがご結婚なさるの?なんて不躾に聞いたら、
はしたないと一度叱られてから、ゆっくり教えてもらえたことでしょう]
むぅ……だめだ、これ以上は
まともな文字が書けない……
[くしくしと瞼を擦っても、欠伸をしても拭えぬ睡魔。
かろうじてしたため終えた手紙に封蝋をすると、ランプの油もばかにならぬから、と灯りを消し、冷たいベッドに向かう。
便箋の頭に綴られる名前も、内容も。
どこからどう読んでも第十領土の主のものなのに封筒に記した宛先が、彼の婚約者のものであることに、寝惚けた頭は気づくこともなく。]
くああっ
……ん? 手紙?
ああ、ありがとう。
[ここ最近、王都への連絡やら婚約の発表やらその準備やらでいつにもまして忙しい。
また魚を釣りに行くか、猟に行くか。
したいと思うもなかなかできていない。
だからか、やたら疲れた気持ちで屋敷に戻ると、自分宛に手紙が来ていると、使用人が渡してくれた。]
おお、早速返事をくれたのか。
どれどれ。
[手紙は得意ではないものの、もらうと嬉しいものだな、と思って、ならば自分も、早めに返事を書こうと、やや眠い眼で机に向かった。]
[目を閉じれば、すぐに羽ばたく夢の世界。
かつて退屈そうにアデルの天文学を聞いていたオズワルドと、兄と、それからそう遠くない未来に伴侶となる女性が馬を駆けている後ろを、金の尾を揺らし必死に走り追いかける、なんて場面から始まった。
途中、背後からものすごいスピードでシルキーに追い抜かれてしまい、息切れし膝をついた頭上に行方不明になっていた鳩のうち一羽がギィと共に現れ。
アデルは鳩に乗って、再び彼らを追うように空を飛ぶ。
眼下に広がるのは、生まれ育ち愛するオベルジーヌ。
豊穣を願い舞うアプラサスの元にギィが飛び降り、手を振る。
真っ白な礼装に身を包むディータと、その隣に並ぶベルティルデの纏うベールが風にふわりと舞って――。
現れた花嫁の顔に、眠るアデルの頬が緩んだ。]
[自室に篭っていたが、書いた手紙を持って街へと向かう。目的地は…郵便屋さん。]
これ、お願いします。
[と、従業員に手渡す。すると、受け取った従業員から、新たな手紙を手渡された。]
[郵便屋さんからの帰り道。いつもはどこかへ買い物に行ったり、お店で食事をしたり、寄り道をして帰るのだが。
この日は、めずらしく真っ直ぐに屋敷へと戻った。
そして再び自室へと篭り、ペンを走らせる。
そんな若き主の様子を、教育係たちは『天変地異でも起こるのではないか』とでも言いたげな顔を並べて見ていた。]
[昼過ぎになると、執務室へ郵便が届いた。
その中に、マーガレットの封蝋のされた封筒を見つけると、
すぐさま開けて中の手紙を読み始めた。
彼女からの手紙を読み進めるうち、
一つ、心配事が消えたような気持ちになり、胸をなで下ろす。
本当にこの婚約を嘆いているのではないかと、思っていたから。
けれど。お互いにお互いの事を知らないのだと思うと、
また、胸が苦しくなるのだった。]
遠慮せずに、もっと、色々な事を書けばよかった。
…私はまだ、伝えるべき事を伝えても居ないのに。
[便箋に想いを託そうとするが、
書きかけの途中で、筆が止まる。
どう、伝えればいいのか、迷ってしまったからだ。]
[書きかけの便箋を、一先ず置いておいて。
他に送られてきた小包の中身を確認する。
異国の文字が描かれた小さい袋と、手紙。
中身は身体の温まるお茶らしい。
この時期にはありがたかった。]
おばさまにもすっかりご無沙汰してしまってるなあ…
けれど、拗ねている、か。
どう返信した物かな……
時が来ないと解決しない問題ではあるし…
[送り主は、自分の婚約者の例の想い人ではあったが、
特別それに対して感情があるわけではない。
ただ、今お祝いの言葉を送ってよいものか迷うのだった。
女性同士の結婚であれば、おばさまも気持ちの整理がつかないのかもしれない、と。]
バサバサバサッ
[悩んでいると、羽根の音が窓の外で響いた。
それは外の木の枝に留まったようだった。窓を開けると、
鳩はすぐさま飛び込んでくる。
まるまると肥えた鳩は紙切れを銜えているようだった。
伝書鳩(?)は積み上げられた本の端に、ちょこんと留まる。]
…見てもいいかな?
[そっと手を伸ばし、鳩から紙切れを受け取る。
見てみると、買い物メモらしき言葉が並んでおり、
誰が書いたかは全く判別がつかなかった。
けれど、最後だけ毛色の違う文章が書かれていた。]
………
[言葉にはならない。
それでも、何かがじんわりと満たされていく。]
[気付けば、鳩はいつの間にか、机の隅へと移動していた。]
……ん?
鳩さんそれ、違う、手紙じゃ……ッ
[鳩が一枚の紙切れを銜えている。
それは、何となく心情を綴ったメモ代わりの紙切れ。
人に見せるような物ではない。
捕まえようとするも、鳩はするりと手を抜けて、飛び去っていく。
王都の方角へと飛んでいく鳩をどうしようもなく見送ると、]
ううぅ。恥ずかしい……
[机に突っ伏した。]
[数通の手紙には、皆々に祝辞を述べた。]
―――…結婚
[それは友人が幸せに向け一歩を踏み出すことは、
ラートリー自身の幸せでもある。]
人の幸せを祈るためには
己が幸せでなければな。
[母の残した封蝋の刻印は、Rの文字。
母のイニシャル、己のイニシャル、
そして、"Radiant"――そんな意味がこもっている気がした。]
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