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[ オークション会場はさながら襞布の洞窟だった。
時折、過ぎる影は獣の頭をしていたりする。
目元だけを隠す仮面ではなく、頭部全体を覆い隠すような被り物をしているのだ。
そこまでして身元を知られたくないものなのか。]
── …、
[ 彼自身は有名な音楽家のデスマスクを模した白い仮面をつけていた。
それを選んだのは彼自身だが、わざわざ外から持ち込んだものではない。
会場に用意されていたレンタル品だ。
まさか、ここまで秘匿のオークションだとは思っていなかった。]
[ むろん、他の参加者を眺めにきたわけではないので、青年は端末にポップアップされた情報に目をやる。
そこには宝石の産地、サイズ、輝度といった仕様だけでなく── 展示方法にいたるまで細かに説明されていた。
父は、宝石は品質が一番だと言った。
兄は、デザインで売るのだと言った。
だが、ここでは父とも兄とも違うスタンスで宝飾品が取引されるらしい。
叔父が目配せしながら渡してくれた招待状を手にやってきたけれど、さて、自身の目を開かせるようなものはあるだろうか。
著名な宝石商の一族として、目は充分に鍛えてきたつもりである。
まずは、間違いのなさそうな有名産地の出品から見て行くことにした。 *]
[展示品としての時間は退屈の内に過ぎる。
ガラスの向こうで立ち止まる者は多く、ケースを開けて近づいてくる者も少なくはなかったが、こちらが興味を引かれる相手はあまりいなかった。
腕が固定されている以上、姿勢を変える余地も少ない。
もっとも多い要求が片足を上げろというものだったから、足裏を柱に付けて膝を上げて見せたりもした。
柔らかな衣服は動きにつれて襞を作り、締まった足首が客たちの視線を吸い寄せた。*]
[ 会場に出品された宝飾品は、どれもモデルに装着された状態で陳列されていた。
ピアスひとつを見るつもりでカーテンを潜っても、ガラスケースの中に人がいる。
ファッションショーと似たようなものか。
モデルは出自も年齢も様々で、いかにも所有者然とした者もいれば、馬子にも衣装といった様子の者もいる。
買ってほしいと視線でアピールしてくる者、この場にいるのがいたたまれない風情の者、様々だ。
初めのうちは驚いたり、モデルの方に目が行ったりもしたけれど、次第に宝石を見定めるのにモデルは邪魔な気がしてきた。
姑息な販促手法だと感じる。]
[またひとり、ガラスケースの前で足が止まる。
手入れの行き届いた靴。仕立ての良い服の裾。
道楽者の資産家ではないなと、足先だけで見定める。
あの手の連中は、もっとぎらついた服を着ているものだ。
薄く目を開いて観察する間に、強い視線を感じた。
肌が焦げるのではないかと思うほどの熱い視線。
退屈を溶かす熱量に、心が動く。]
[顔を上げ、目を開く。
ガラス一枚を隔てて、白い仮面と正対する。
死んだ音楽家の仮面など目にも入らない。
ぽかりと空いた穴の奥、熱量の源たる瞳を見通さんとした。*]
[ 磔刑の男と視線が絡み合う。
このような状態に置かれていても、哀れみを誘う眼差しではなかった。
むしろ、向こうからも値踏みしようとするかのごとき感覚を受ける。
上等じゃないか。
より一層そそられて、仮面の下で口角を持ち上げた。]
[ あえて端末を傾けて彼に画面を見せ、入札する意図のあることを示す。
すでに多数の入札が記録されているが、当然だと気にしなかった。
そこでようやく、出品名が<珊瑚石>であるのを思い出した。
どこにあるのかと探し、彼の手首に巻かれた血色の珠の連なりを見出す。
濡れたような光沢をもつ深海の宝石珊瑚。
少しづつ径を増す珠は、中央部あたりでは市場に出回るのも稀な親指サイズだ。
ごくシンプルなデザインだが、本来、手首にあるべきものではない。
何故、彼はわざわざ異なる装着方法をしているのか、それも謎めいている。
ますますいい。
オークションで競り合って、競争相手に遺恨を残すのも面倒だ。
現在の入札額の100倍をタップした。]
[仮面の下の表情は読み取れずとも、合わさる視線は雄弁だ。
執着と呼んでもいい熱望が、視線を通じて肌に絡む。
これほど強烈に求められることの心地よさよ。
できるならば、あの手に落ちたい。]
[望みに呼応するように、彼が画面をこちらへ見せて入札する。
その額の桁に、さすがに目を瞠った。
これまでの入札額など知らないが、それらを彼方に突き放しただろうとは分かる。
見せられた本気と剛毅さに、笑みがこぼれた。]
魅せてくれるね。
そんなに求められると、絆されてしまいそうだ。
[ガラス越しに声は届かないだろうが、言葉を掛ける。
視線を動かして、ガラスケースの開閉釦を示した。
入ってこないのかと誘う。*]
[ 買われることは、彼にとって不本意ではないらしい。
その証拠に、彼の顔に浮かんだ表情は嫌悪でも諦めでもなかった。
口元の笑みは、どこか面白がっているようにすら見える。
ガラスの向こうで彼は何か言い、声が届かないのを知ってか、ガラスケースを開けるよう示唆する。
説明書きによれば、商品に触れることは禁止だが、間近で見ることはできるらしい。
落札してしまえば、好き放題にできるとタカを括っていたが、彼が望むならケースを開けてやろう。
どのみち、心は決まっているのだ。
何を知ったたところで、違いはあるまい。]
[小さく音を立ててガラスケースが開く。
風が動いて、彼我の空気を混ぜた。
いまや遮るものも無く、彼の存在感を肌で味わう。
堂々として、臆するところがない。
迷いのなさは、先ほども目にしたばかり。]
私に惚れた?
[滑らかな声で、囁くほどの音量で、問いを届かせる。
声には誘う色を纏わせた。*]
[ ケースが開くと、視覚の他に、嗅覚と聴覚の情報が増えた。
降ってきた声は音量こそ控えめだったけれど、衰弱は感じさせない。
発音も悪くなく、耳に心地よい知的な対話ができそうだ。
惚れたかと問う彼に視線を返す。]
一目惚れした。
そそられているよ。
きっと手に入れる。
[ 問題はあるまい ? と首を傾けて見せた。]
[ せっかく、彼が機会を求めたのだ、何か要求してみてもいいだろう。
とはいえ、ここでしてもらいたいことなど、あまり思いつかなかった。]
カタログには詳細不明と記載してあるが、何か瑕疵があるのかい ?
注意すべき点があるなら聞いておこう。
[ 宝飾品の話をしているようにも聞こえる態で確認する。]
嬉しいこと。
[返る答えは直接的で、情熱的でさえあって、心が弾む。
問いの仕草へ、華やかに笑った。]
私も、買われるなら君がいい。
[告白に等しい甘い声で肯定する。]
[続く言葉は品質を確認するかのようだ。
頷いて、頬の片側を上げる。]
油断をすれば、人を食うよ。
[押さえた声に笑みを纏わせて]
相応しい持ち主には幸運をもたらすけれど、
資格無きものからは命を奪い、
その血でより赤く染まる。
―― という伝承だ。
[石のことを話す顔で嘯く。]
何百年か前の元の持ち主は、磔刑に散ったそうだよ。
私は、その亡霊 ――かも?
[ちり、と珊瑚を揺らす。
韜晦する笑みに、だとしたらどうする?との問いを含ませた。*]
[ 彼は売られる立場でありながら、買われるならと希望を口をする。
リップサービスとは思わなかったが、簡単に舞い上がるものでもなかろう。]
どうしてそう思う ?
[ 彼からどう見られているのかと問う。]
[ 来歴についての答えには、方をすくめてみせた。
何故、そんな逸話がカタログに載っていないのか。
最高ランクの宝石の価値を左右するもの、それは品質やデザインよりも物語性なのでは ?
むろん、彼があえてオークション主催者に告げなかった可能性はある。
真相は後で聞けばいい。]
過去の持ち主がその美貌であれば、磔刑はさぞかし見ものだったろう。
槍もセットで飾るのもありだな。
[ 彼の脇腹のあたりを突く仕草をして見せ、端末の電源を落とす。]
情熱的で、知的で、胆力も決断力もある。
価値を見抜く目と美を解する霊感を持ち合わせ、
なにより、私を熱烈に欲している。
[短い間に見て取った資質を並べあげ、可能な範囲で身を乗り出す。]
眼差しの熱さに、溶けてしまうかと思ったよ。
その仮面の奥を、もっと見たい。
[欲しい。
陳列されている身には似つかわしくない望みを、当然のように口にする。]
[突く仕草をされれば、笑いながら身をくねらせた。]
君になら突かれてみたい。
美しく染めてくれるだろう?
[自分で口にした言葉で体が疼く。
仄かな赤みが肌を彩った。*]
[ 身を乗り出して答える彼に、仮面の奥で微笑んで見せた。]
その賛辞を告げる声こそ、またとない秘宝だな。
実際、今の僕にあるのは、財力と運といったところだろうが。
ここに至らしめたその資質に感謝しよう。
そして、君の同意に、期待は高まるばかりだ。
[ 戯れに身を捩る彼に、喉の渇きを覚える。
肌がずっと縛られたままで血の巡りが悪くなるどころか、逆に色づいている。
不思議なものだ。
彼の謎がまたひとつ増えた。 ]
きっちり落札して、そこから出してやろう。
楽しみにしているといい。
[ もっとも、十字架から外してやるつもりはないけれど。]
君は謙遜が過ぎるようだ。
私の心をこれほど焦がすものなど稀だというのに。
[胸の奥から息を吐き出して、空気を濡らす。]
―― 待っている。
[このオークションが終わるのを、
彼が私を手に入れるのを、
その肌に触れるのを、
心待ちにしていると、全身で語った。*]
村の設定が変更されました。
[ 落ち着き払って会話する彼は、もう何度も売り買いされているのだろうかという考えが過ぎったけれど、どうでもいいことだと押しのける。]
そうか。僕は初めてだ。
[ 執着を眼差しに込めて、ガラスケースから身を引いた。]
僕はナイジェル。君の詳細は── 後で聞かせてもらうとしよう。
[ 軽く投げキスをして、踵を返す。]
君の初めてになれるとは、光栄なこと。
[執着の眼差しも心地良く、下がる彼を見送る。
ガラスが再び閉じてしまう前に、繋がれた糸に微笑んだ。]
ナイジェル… 私の運命 …
[大切な宝物のように名を口にして、去って行く彼を視線で追う。
本当に、早く時間が過ぎてしまえば良い。
疼きを内に抱えて、時が来るのを待ち望む。*]
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