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[ ひとりで戦っているときとは異なる身体の周囲の空気の流れ。
彼がそこにいることを肌で感じる。
戦の高揚と隣り合わせの幸福感。
ヒラリと浮いて剣圧から逃れたコウモリが闇のヴェールに絡め取られて
氷の中に閉じ込められたように動きを止めて砕けて散る。
振り返って確認せずとも、それが彼のワザであることは知れた。
参謀を務める彼の指示に従い、階上への階段を一つ飛ばしに駆け上る。*]
[先を行く彼の影そのもののように、離れず、剣先にも掛からず、流れる足取りで追随する。
コウモリの群れを抜けた先に、階段の頂があった。
最後の段を蹴った瞬間に視界が開ける。
満天に星を抱いた空の中ほどに、星々の光を呑み込んで冴えた満月が輝いている。
明るく感じるほどの夜空を貫いて宮城の塔が聳え立つ。
全てを見通すあの高みに、始祖が座しているのだろう。
涼やかな眼差しで塔を見上げ、その場に片膝を付く。]
我ら全ての祖たる皇帝陛下に臣が奏上いたします。
我らの武技と血華を陛下に捧げ奉り
以て御心を御喜ばせ奉らんと存じます。
願わくば我らの献ずる武を嘉されんことを。
[挑発であった。
同時に、闘技宴の枠に収まっていることを改めて示すものでもあった。
皇帝のため、皇帝が定めた場で戦い、皇帝を喜ばせることに力尽くしているのだと広く告げたのだ。
ここで勝ち得るものは、皇帝もまた認めるものだと、
認めて欲しいとの嘆願でもあった。**]
[海の魔物はどう見ても怪しいスライムを呑み込んでいた。
というかあれ喰って平気なのか、あいつ。]
遠慮しておく。
何か色々溶けそうだし、それ。
変なものを喰って腹下すなよ。
[尻尾で撥ね跳ばされてきた緑の雫を払って、プールの縁から数歩下がる。]
適当に良いのを見つけたら連れてきてやろう。
だが別に待たずともよいぞ。
獲物は自分で狩ってこそ、だ。
[またあとで、と離れかけて、一つ思い出して振り返る。]
そうだ。こいつが参加証だ。
どこかにつけておくといい。
[指先でぴ、と投げたそれは、弓矢の形のピンブローチだった。]
[ 天上の月を映したかのような円形の「舞台」に立つ。
皇太子が流暢に挨拶を述べるのを見守った。
彼をして自ら膝を屈させる皇帝に忸怩たるものはあるが、己の力が遥かに及ばないのもまた熟知している。
今は、まだ。]
── 冀う。
[ 彼の言葉の末尾に続けて短く結ぶ。
片手で剣を顔の前に立てる武人の礼で、毅然とした覚悟を表明した。
無骨とも不遜とも、感じたいようにとればいい。
武をもって示すが今宵の趣向なれば。*]
[皇帝の座所に、玲瓏たるその声は届いていた。
堂々たる口上に、暫しの沈黙が返る。
やがて、塔の高みより重々しく声が降った。]
汝ら未だ賜を受ける相応しからず
余の前に立つに能わず
汝自身を証せよ。
[言葉と同時に降った不可視の力が皇太子を打つ。
強大なる力は皇太子の身体を易々と弾き飛ばし、宮城の遙か外へと落とすだろう。
落ちた先にはおそらく、緑のプールが口を開けている。]
[ クレステッドは微温浴をするつもりはないようだった。
陸の生物だしな。
気遣いの言葉には、げっぷで返事をした。]
行ってしまうのか?
[ なんだか妙に人恋しい気分になっているというのにツレないことだ。
だが、地上を歩くよりここにいる方が性にあっているので見送ることにする。]
[ どこかにつけておけ、と投げられたものは、ほのかに魔力の匂いがした。
いわくつきのものとは思っても、とてもとても失くしそうである。]
ここにいれておく。
[ 胸のあたりに肉にムニュウと押し込んだ。
不定形の襞の奥、心臓のあたりに刺しておけばそう簡単には溢れないだろう。]
[ クレステッドが去った後は、とぐろを巻いていたが、ふと思いついて郷里の海から眷属を召喚する。
無数のオニヒトデが粘液の海に現れて、悪夢の戯画的な星空を作り出した。
と、彗星に例えるべき何かが降ってくる。
クレステッドから、さっそくの贈り物だろうか?*]
[ 強大な力が舞台を薙ぎ払った。
ガツ、と地に剣を突き立てて耐えたのが逆に仇となり、彼と引き離されてしまう。]
──…っ
[ 名を呼ぶのはかろうじて抑えた。
その声に滲むものは皇帝に聞かせたくない。
血の絆に乗せて、飛ばす。]
[奏上への返答は吹き荒れる力だった。
身構える間もなく体が易々と吹き上げられる。
届かなかった、ではない。
まだ届いていない、だ。
奥歯を噛みしめて衝撃に耐える。
激しく振り回される視界に、一瞬彼の姿を捕えた。
視線が通り、意志が交わる。]
[血の絆に想いを託し、吹き飛ばす力に身を任せる。
その速度に意識が半ば薄れかけ、気づいたときには身体が何かに叩きつけられていた。
衝撃に身体が砕け散らなかったのは、弾力と粘性をもって受け止められたからだろう。
息ができないと気づいたのは、緑に染まった視界の意味を理解した後だった。
もがく腕や足の先に何かが触る。
得体の知れなさが焦燥感を煽る。
空気を求めて顔を出したところで、なにか巨大なものが視界に入った。*]
[海魔に見送られた後は、落ちてきた者には気づかずに先へと進んだ。
面白い相手を探してそぞろ歩き、何人かの吸血鬼や連れと切り結ぶ。
さして楽しい相手とは出会えないまま歩いて行った先に、門を見つけた。
明らかにこじ開けた感のある門と、中へ続く灰の道に興味を覚えて入り込み、階段を登っていく。
どうみても城だよな、と興味津々で周囲を見回したりもしていた。]
[ 天からの賜物は、一人分の形状だった。
先ほど丸呑みしたモノたちのように複数で絡まり合ってはいない。
つまり!これは!自分用のだろうか!
そう思い至れば、ひどく疼いてくる。
オニヒトデを操って、落ちてきたそれに殺到させた。]
[これは闘技宴の参加者なのだろうか。
いずれにしても、排除しなくては危険だと判断し、闇を呼びだそうとする。
その時、足元から這い上がってくる者達に気が付いた。]
───っ!
[無数に折り重なり張り付いてくるものたちに、液体の中へと引き戻される。張り付かれた場所を絶え間ない刺痛が襲って、声も出せずに身もだえた。
視線を転じれば、悪夢の産物のような造形の海の星が周囲にひしめき合っている。
呼んだ闇の腕で周囲を薙ぎ払い、ヒトデたちをいくつも塵に還したが、キリがない。
まずは水中から出ようと、じりじりと岸を目指す。*]
[ 落ちてきた者がオニヒトデのドレスをまとい踊る姿はなかなか興味深かったが、いくつも塵にされて、なるほど、攻撃されているのだと気付いた。
おまけに逃げようとしているではないか。
かくなるうえは自らのしてやろう。
わくわくとそう考えると、巨体を人の形に縮ませながら下肢を揺らめかせ泳いでゆく。*]
[こちらを窺っていた巨体が、人の形に姿を変えながら近寄ってくる。
あれの正体は分からないが、おそらくはこのヒトデたちを操る者だろう。
そして間違いなく、水中は相手のテリトリーだ。
たとえこれがただの水ではないにせよ。
攻撃のために使っていた闇を伸ばして水場の縁を掴む。
それを支点に、自分の身体を跳ね上げた。
地面に転がった身体の下でヒトデが潰れ、刺さった棘が全身に痛痒をもたらす。それに耐えながら立ち上がり、ヒトデたちを払い落とす。]
ひとりか?
連れはどうした。
[石段を上がった先に人影を見つけた。
円形の広場はまさに闘技場という形だ。
長剣を携えた相手が待っているのも、いかにもだろう。
となればすることはひとつだ。
狂暴な気配がじわりと滲む。*]
[ 接近していったら陸に上がられてしまった。
人の形はとっているものの、陸の歩き方のコツはイマイチわからない。
しかし、相手が闇を操っているのを見て、いいことを思いついた。]
ろーるるぅー
[ 周囲の水=粘膜を操って、ビッグウェーブを生み出す。
その中程に収まりながら、ずざざあーっと雪崩れ込んだ。
チューブに巻き込んでくれよう。*]
[ 階段を登ってくる影がひとつ。
こちらを見るなり、連れはどうしたと宣う。
むざむざと二人も拐われた身には先制攻撃のようなものだ。]
…、
貴様の手が届くことはない。
[ 相手がまとう気配に応ずるよう、左半身になって剣を背後に引いておく。
どこから攻撃が繰り出されるか読ませない一撃打倒の構えである。]
[水場の主は地上に上がってくるだろうか。
水場から引き離されば、そこが勝機だろう。
思索巡らせながら、ヒトデの散らばる地面をゆっくりと下がる。
だが、相手の出方は迅速かつ豪快だった。
目線の高さを越えて立ち上がる緑の大波に、一瞬あっげに取られる。
波の中央にいる相手と視線が合った時には、波の頂が崩れて来ていた。
圧倒的な質量をもって波が雪崩れ落ちてくる。
両腕をクロスさせて顔の前に掲げ、腰を落として衝撃に備えながら、喚んだ闇に意志を込める。]
[二条の闇が黒い槍と化して細く鋭く飛び出した。
波の中央を狙って弾丸の速さで伸びる。
直後、大波の勢いと質量に叩き伏せられた。
全身に衝撃を浴び、足元を掬われ、上下もわからぬままに翻弄される。
視界がくらむ。*]
[ 粘液も海水も滑らかで良い。
感触を楽しんでいると、相手が腕をクロスさせて身構えるのが見えた。
なにかワザをしかけてくるのかと予測していたら、足元から漆黒の槍が伸びてきた。
てっきり腕から何か放つのだろうと思っていたので、意外さに固まって、逃げる隙を逃してしまう。
銛めいて鋭く長い闇は作ったばかりの人の形を易々と貫通した。]
ひょおあっ
[ 気分が高まって声が出る。
痛覚はないけれど、何やらゾクゾクする感触はした。
腹部に刺さった槍を案内代わりに手繰ってその根本にいるだろう相手に迫る。
なんか突っ込んでやったらきっと同じ興奮を味わえるはず!*]
ふふん。
届いていたらどうする?
[相手の言いように、無意味に胸を張ってみる。
ただのはったりだし、別に相手の連れがどうしていようと構わなかった。]
おまえは、楽しめそうだな?
[構えから尋常ではない気を感じる。
こういう相手が欲しかったのだ、と引いた足にバネを矯めた。
比喩ではない。実際に足の一部が板バネのように変化している。]
やろう。
[短い言葉と共に、爆発的な速さで相手に迫った。
無手と見えた腕の肘から先が瞬時に硬化して、一対の刃を形作る。
相手の間合いは思うより広い、と見て素早く両腕を横に開いた。
今や剣と化した腕の先端が剥がれるように放たれ、剃刀のような飛礫となって相手を襲う。
それを追うようにして相手の懐に飛び込んでいく目論見だ。*]
[上下の感覚が失われる中で、相手の気配だけははっきりとわかる。
泡立つ粘液の中では目も開けていられない。
だが闇を伝って流れ込むものがある。
これは潮の香り。
渚よりもっと深くて冷たい、蒼い海の気配。
迫ってくる気配に向かって手を伸ばす。
捕まえたら、引き寄せられたら、唇でも奪ってしまおうか。*]
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