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[本棚の一角を埋め尽くさんばかりの色とりどりの花柄の便箋は、
つい物欲に身を任せて、いつの間にやら相当な数になっていた。
まずは一通、友人への返事を書き終える。
次は、そう、結婚相手への手紙を書こうと思い立ち、
便箋の束の上へ指を滑らせては、困ったように指を離すの繰り返し。
彼に合う便箋を選びかねるのは、胸の内の迷いを透かすよう。
だって、あれだけギィさまギィさまと言っていたのに、
私のこころは、この結婚を少しも嫌がっていないのだもの。
どうして?なんて疑問に答えてくれる人は、誰もいなかった。
内容も決まらなければ、便箋も決まらなくて。
こんなに優柔不断だったかしら、とますます頭を悩ませる。
それならばいっそ、ありのままを伝えてしまった方が、
――なんて考えるよりも先に、娘は行動に移していた]
[やっと書き上げた手紙からは百合の香りがする。
その香りを深く吸い込んでから、私は手紙を手放した。]
これからどうすれば良いのかしら……。
[どれだけ考えても覆ることはないのだから、考えるだけ無駄。
誰かにアドバイスを求めたくても、私自身何が欲しいか判らない。
ベッドに体を投げ出して天井を見上げていると
大事なことを思い出して慌てて召使を呼び戻した。]
お手紙はもう出してしまった?
ああ……そう。
仕方ないわ。
もう一通書くからちょっと待っててね。
[旅立った手紙は舞い戻っては来ない。
追いかけるように机に座り直してペンを走らせた。]
[親愛なる…と書こうとしたが、どうにもペン先が迷いに迷って、結局便箋を2枚ほど無駄にしてしまった。
考え抜いた文章は、結局いつも時候の挨拶の域を出ないもの。
これが正解であるのか、悩んでも答えはでなかった。
封蝋を押す前に、少しだけ考えて刺繍を施したチーフを同封する。
形式ばった外交や社交でなくとも、貴族男性の身だしなみの一つとして、いくつ替えがあっても構わぬものだ。
女友達や祝いのために贈るものであれば華やかな刺繍を施したものを選ぶが、どうにも気恥ずかしく。
また、記憶の中の彼に贈るには、華やかすぎるものは似合わないような気がして。]
[領土の組み合わせや意図について王都からの信書に説明はなく、けれどもう決まったことならば。]
無論、従いますが……。
何故兄上でなく私なのでしょうね?
[それだけを不思議に想い、他の手紙を使用人から受け取る。婚約者の年齢を思えば他にも例えば第4領土の主など、釣り合う者もいるし――どちらかといえば彼女の方が貧乏籤を引いた心地ではなかろうか、と。
重圧で胃が縮む心地だが食事を残したりはしない。
成人を前に、越冬を前に父や自治領の為に何か力になりたいと思っていたではないか。まさかこんな形でとは考えもしなかったが、これもまた、星や運命の導きだと受け止めて。
離れの搭に戻ると鳥小屋を覗き、また溜息ひとつ。]
[オリーブの花と葉を刺繍したものを一枚、選びいれた。]
手紙一つ書くのって…こんなに大変だったかしら?
[友人から届いた手紙を広げながら呟くも、答えは返ってこない。]
[王都からの手紙は使用人に持たせてしまったけれど、
手元にはまだ封筒が2つ、残っていた。
丁寧にペーパーナイフで開いて、中の手紙を読み進める。]
案じてくれる人間が居ると思えば、随分気が楽になるものだね。
…丁度、今、話をしたい事ができてしまったのだけれど。
[飾り気のない便箋を取り出し、ペンを執った]
[刺繍も、ダンスも、淑女としての教育は全て受け、教師たちからも合格をもらっている。
それでも、本来であれば遠ざけられるはずだった領地の政に、父母に代わって早くから携わってきたせいなのか。
どうにも自分が堅苦しい女だと言われていることは自覚していて。
政略結婚など当然だと割り切る一方で、手紙を出した後でもずっと迷いが消えない。]
[自室に戻ると、一通の手紙を拡げる。
ここから丁度王都を挟んで対岸にある第六領土のことは、正直あまり詳しくはなく。彼女の領地の慣習だけでなく自身が学んでいることについての相談も混じっていたことに、少しだけ照れくさい笑みを浮かべた。]
……私も、あの海岸から臨む景色くらいには
お役に立てることがあるのかな。
[早速返事を書こうと、女性に宛てるものだからと少しだけ質のいい羊皮紙を棚から探す。勿論、婚約者と決まった姫にも。
先週屑籠に放った書き損じや、机に置きっぱなしにしていた占星術の真似事を記した紙片は何時の間にか消えていた。きっと掃除をしてくれる使用人が始末したのだろうと深くは考えず。
今度は彼女の目に触れることを第一に考え、男らしい文を送らねばと意気込む。]
[遠く離れた領地の友人から届く手紙は、その度に少しずつ嵩を増し、毎年移り変わる遠い地の景色を伝えてくれる。
互いの手紙には、いつだってその年の天候や農作物の値上がりの心配などが書かれていて、その点だけは同じ年頃の娘たちと比べれば異なっている友人関係かもしれないが。
先週出した手紙は今頃どこを旅しているだろうかと、彼女からの手紙を読み返しては思い出す。]
去年の今ごろは北方の吹雪の心配をしていたのだっけ。
[手紙に記された昨年の日付を見返しながら、少しだけ心が軽くなった。]
悩んでいるだけじゃ、事態が動くわけないんですもの。
その間に出来ることをしておかなくてはね。
[ひとまずは、近くの領地へ婚姻の報告も兼ねた時節の挨拶状を用意しなければ、と。
新たな紙と名簿を持ってこさせる。
代筆でなく、自らが連絡を行うべき人の名を書きだせば、やはり各領地を代表するような人々の名が並んだか。]
[出来上がった二通めに封をして、三通めとにらめっこを始め、
そろそろ二時間が経過しようとしていた。
私は、自分がこんなに引っ込み思案だとは思わなかった。
もっと、こう、いざという時はごりごり押せるものだと思っていたから。
けれど、何を書けば良いのか、ちっともわからなくって。
一行書いては、何か違う、と丸めて捨てての繰り返し。
ペンを置いて、一息吐く。
書き損じの黄色い便箋は、くずかごに山を作っていた。
そしてまた、机に向かって、頭を抱えながら思い筆を取るのだった]
えーっと…
[と、踊り子の絵が描かれた手紙を読み始める。]
冬の…ってか、今年初めての雪が降ってきた!
アプサラス様のところも乾季。もうそんな季節なんだなぁ…
領内はどこの家も薪は蓄えてあるはずだし、屋敷の倉庫にも領民たちに配る鳥や獣の毛皮はまだあるから、その辺の心配はいらないんだけど。火事だけはどうしようもない。
って、えっ?収穫のお祭り!?
歌って踊って…いいなーいきたーい!!楽しそう!
でもなぁ…遠いんだよなぁ…
…そうだ!直通便を開通させてしまおう♪
お祭りに行けるだけじゃなくて、南の物も入ってくるし、こっちのものも南へ行くし。いい交易になるじゃない♪
[第三領土から第六領土までは第四・第五領土を経由するか、山沿いに王都経由で行くしかない。河川で繋がっているわけでもなく、馬車を使って行ったとしても何日かかるのだ、という話なのだが。
とりあえず提案だけでもしてみよう。
などと考えながら返事をしたためる。]
んー…『領家に生まれた者の人生』って、決められた通りにしか生きられないものなの?
[一方で、急に持ち上がった縁談話に戸惑いを隠せず、それも文字として知らず知らずのうちに書き起こしていた。]
[丸まった羊皮紙を伸ばすために置かれた本を何気なくめくり、返事に書き添えた後。]
ラートリー様のお誕生日は確か……。
[栞の挟まったページを開く。
全国民とまではさすがにゆかぬが、元々付き合いの古いアンダースン家は祖父の生誕日も把握している。
おそるおそる星を辿り、様々なメモも引っ張りだしてふむ、ふむと頷く。占星術師にありがちなこだわりで自身について占うことはしないが。]
……ん。相性は…悪くは、ないのかな……?
[自分なりの解釈が行き着く先に、握る硝子筆で頬をむにっとへこませ、しばし逡巡の後、インク壷へと浸した。]
― 第七領 丘の上 ―
結婚かー
領土が統合されたら、住む場所も変わるんかな。
[夕方、夕食前に一人、丘の上にやってくる。
昨日、手紙で知らされた話を思い出して、そうつぶやく。
丘の上からは港も市場も街も見下ろせて、気持ちがいい。
人々がそこで働き暮らし、泣き笑いしているのが見えるようだ。
統合されれば、新たに街を作ることになるのかもしれないし、自分が第八領へ行く可能性だってあるのだろう。
川も海も森も草原もあって、人々の暮らしを支えるには充分だけれど、それだけで満足してしまって、これといって売り込むものはない。
発展せずともそこそこやっていける領土だからか、少しのんびりしているのだ。
領民も、自分も、伯父も。
だから、統合となれば第七領はいささか力が弱まる気がしていた。]
[うーんと伸びをして、かすかに潮の香りが混ざる風を吸い込む。]
そういや、結婚が正式に決まったら、友達とも一定期間、連絡取れなくなるんだっけ。
[浮気防止のためなのだろうと思うも、古い習慣だな、と軽く笑って。
でも今の自分はそれに従うしかないのだから、今のうちに、手紙を書けるだけ書いておくのも悪くない、先週の伯母の言葉もあるし、と一人うなずく。]
[夕食の前にしたためた手紙は、第七領とは逆隣りの領地へ送られるもの。
正式な書簡は両家の領主から届けられるだろうが、明るく外交的な第九領土の一人娘に、挨拶も兼ねて手紙を送ればその内容は自然とその両親の耳にも入るはず。
書類のような白い無地の便箋を好むような人ではなかった、と淡い花色の紙を用意させ、紙の端に僅かに香水を香らせる。
強すぎない花の香りにそれとなく慶事を匂わせて、紙の上を滑るペンの速度は思い悩むこともなく滑らか。]
[飾り気はなく、けれど薄く上質な羊皮紙にしたため、封蝋に込めるのは、今は思慕というよりは決意に近いもの。]
よし。……頼んだぞ、お前たち。
[失踪が続いているがだからといって小屋に籠らせていれば鳥たちは生きる意味を失ってしまう。
他にもいくつか懇意にしている貴族に頼まれた星読みを綴り、それぞれ決まったリボンを巻く鳩に括りつけると。
一斉に籠を放ち、蒼穹へと羽ばたく姿を見送った。]
うし、じゃ明日の朝に郵便屋までもっていこう。
[屋敷に帰って自室。
遠くの友人に手紙を書いて、封をする。
自分が結婚するというのにもなんだか、暢気なものだ、と思う。
自分の気持ちも、手紙の内容も。
彼らは返事をくれるだろうか。
遠いのだから、もしかしたらそのころ、自分は手紙を受け取れなくなっているかもしれないなあ、そうしたら、返事を待たせてしまうな、なんて思って、書いた手紙を机に置いて、そろそろ寝るか、とベッドに入った。]
[手紙の返信とは別に、もう一通、手紙を書いた。
初めて手紙を出す相手なのである。
普段なら何を書こうかと悩む所なのに、
伝える事が定まっていたからか、
緑のインクで描かれた文字は、迷いが無かった。
そのことに、自身でも驚くのだった。
家紋の封蝋のされた封筒が三つ。
それらはどれも、飾り気のない白い便箋に封筒。
相手に合わせて使い分ける、という洒落っ気は無かった。]
[もう一通。
書いたのは先日手紙を送ったばかりの友人へ宛てて。
こちらは白い紙ではあるが、海辺の領地を思わせる青と銀の飾り枠が摺られている。
それを真白よりはいくらか温かみを感じさせる玉子色の封筒へ収め、侍女へと手渡した。]
[空は高く、魚群模様の雲が流れゆく。
君命により王都で合併の手続きが行われ始め、新年には新生五領がオベルジーヌの地図を新しくする…。
私はお転婆娘じゃなーい!!!
[屋敷中に響き渡るようなボリュームで無意識のうちにそう叫んだのは、先ほどの返事を書き終えて、もう一通の手紙を読み始めた頃。いきなり『またお転婆してるか』と書かれていたからである。
『お転婆ですよ、シルキー様は。』
とか教育係たちが言ってそうだけど気にしない。
そして先ほどまでもやもやしていたものは吹っ飛んでしまった。
そんなお手紙の送り主はお隣さんのオズワルド。]
オズワルド様と初めて会ったの、いつだっけ…?覚えてないなぁ…でもこんなに小さくないような。
それにしても、私に弟がいたら弟の方が継いでいたのかな?前から地味ーにきになってるのよね。
[『こんなに小さかった』と小さなインクの染みで表されていたが、初めて会った時のことを覚えていないということは、おそらく物心がつく前だったのだろう。
ちなみにシルキーが家督を継ぐことになった理由はと言うと。16年前シルキーが生まれた時に『男が生まれないなら、俺の後はこの赤ん坊に継がせる』と言ったかららしい。]
[召使に数通の手紙を託し、郵送の手配をしてもらった。
そのうちには婚約の件を敢えて書き記していないものもある。
数時間後。
宵闇が辺りに侵食を始める頃合、
厚手の防寒着――、一年ぶりに出したコートを身にまとい
そっと屋敷を抜け出した。足取りは山岳の方向へ。]
こうして夜に抜け出すのは、いつぶりだろうな。
[若い頃はよく夜遊びをしたものだと苦笑をひとつ。
けれど俗華街の夜遊びではなく、ラートリーの場合は登山である。
馬小屋から一頭を連れ出し、外へ出ようとして]
ん?
[ピィ、ピィと小さな鳴き声にランプで近くを照らせば
羽を広げて降りてくる、まるまると肥えた一羽の鳥。]
なんだ、名無しか。一緒に来るか?
―第二領土・山岳地帯―
[霊峰と言われるだけあって、流石に頂上まで登れるような山ではない。登るのは女の足で数時間もかければ行ける場所。
馬は平地に繋ぎおいて、徒歩で登り坂を上がっていく。
さく、さくと、土を踏む音。]
名無し。あまり先を急ぐな。
はぐれてしまうぞ。
[ちちっ、と指でこっちへ来いの仕草。
今は名無しと呼ばれるその鳥は、随分賢いらしく
ラートリーの周りを旋回した後、肩にとまる。]
一人じゃないというのは、良いものだ。
……いや、一人と一羽だが、
それでも心強いぞ、名無しよ。
[やがて足取りは、見晴らしのよい開けた場所で止まる。]
着いた。
[そこは、幻想的な景色が広がっていた。
遠く見渡すは第一領地。
大きな大きな月の光は、ぼんやりと隣の領土を照らすのだ。]
……私のとっておきの場所。
[月明かりと、満天の星空。夜の静けさの中で木々が囁きを交わす。]
太鼓のリズムに乗せて、フルートやクラリネットの奏でが響き
アコルディオン、タンバリンを叩く女、
みんなみんな、笑顔で、月の下で、音楽に合わせて踊る。
ポルカに合わせ祝祭を―――ここで出来たら、いいな。
[ラートリーにとっての一番は民の幸せだけれど
自分自身が密かに抱く、小さくて、大きな夢。
我が領土を嫌いになど、なれない。
月が一番近く感じられるのは、
きっと、この特別な場所だから。]
[コートのポケットに手を突っ込んで、暖を取ろうとしたとき、ふと手に当たるのは小さな紙、のようなもの。]
なんだ、これ?
[前年の冬に自分がポケットに入れたものだろうが
取り出した瞬間、ピィ!と鳥が騒いで、嘴で紙片を取り上げる]
―――こら、名無し!
[気づくと名無しは肩から離れ、上空へ向け旋回を始めていた]
待ちたまえ、どこへゆく!
[しかし、月明かりに照らされ飛翔していくその鳥が
あまりに神々しいものだから、思わず見蕩れてぼうとしていたら、遠ざかって見えなくなった。
因みに、名無しが向かった先は飼い主の元である第一領土、ではなく。迂回した先の第十領土であることなど、ラートリーには知る由もない。]
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