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[目覚めれば、待っているのは過酷な現実だ。
人狼の脅威が本当に去ったのかは分からないし、
もし生き残れたとしても、これまでのような生活が成り立つかさえ不確かだ。
だが、それでもリゼットは生きていく。
自分の生が、他者の屍の上に成り立っていることを知っているから。
もし、諦めてしまったら姉の死は虚しいものとなってしまうから。
生きて生きて、どこまでも生き抜けば。
もしかしたら――いつの日にか己の罪が赦される時が訪れるかも知れない。
そんな小さな望みを灯火にして、いつか額に死の影が降りるその日まで、リゼットは足掻き続けるのだ**]
―数日後―
[オットーの遺体を見つけた日、宿から自宅へと戻った。
リゼットのことも誘ったが、果たしてついて来ただろうか。
あれから犠牲者は出ていない。
人狼はこの村にはもういないのか。
それとも身を潜めているだけなのか。
半信半疑だが、いつまでも疑っていては前に進まない。
こんなに長い間、人狼がおとなしくしていられるはずがないと結論付けてようやく警戒を解いた。]
― 過去:一度目の冬の話 ―
[見知らぬ人が店に来た。
その時の自分は、雪と同化しそうな白銀に、見とれていたのだろう。
声をかけられるまでは瞬きすら忘れてその人に視線をやっていた。
普段は旅に出ているこの村出身の青年がもうすぐ戻ってくるらしい、と、
誰かから聞いていたかもしれないが。
その話と目の前の青年が結びつくのはもう少し先の話]
はあ、……外套、の補修を。ですか。
なんなら新しいものを仕立てても構わないですけど。
[受け取って補修すべき場所を確認しつつそんなことを呟いていたが、
どうせそう難しい案件でないと分かれば、
興味と視線を青年そのものに映して微笑む。
営業スマイルが混じっているのは言うまでもない]
おっと自己紹介がまだでしたね。
この春から白銀の村で仕立て屋を開業しました、――エルナ・クラウゼヴィッツです。
いらっしゃいませ、ようこそ『Bleiche Mond am Morgen』へ。
[それから。
頼まれもしていないのに温かいお茶を用意し始めたエルナを、
ニコラスはどんな風に見ていたか。
ともかく興味は尽きず、
話に夢中で飲むタイミングを逃したお茶の温さも気にならないほどには、
心を温めてしばらくの時を過ごしていた]
―過去のおはなし・一度目の冬―
[さく、さく。
まだ新しい雪を踏み分けながら、旅装束の男が白銀の村を訪れる。
――男は、この村の出身だった。
敬虔な信徒である男は春になると巡礼の旅に出、冬になれば戻るという生活を送るようになって何年になるか。
教会に無事を報告し、自宅の片づけが終わるまでの数日間を間借りする。
それもすっかり習慣になっていた]
……仕立て屋さん、ですか?
[教会での報告の後、村に新しい住人が増えた事を聞かされた。
山の中の村に一人でやって来て店を切り盛りしているくらいだから、と、思い浮かべたのは宿を切り盛りしているレジーナの姿。
いつもは、穴が開けばあまり上手くはないが自分で繕い、ぼろになれば町で新しいものを仕立てていた外套だが――
それならば挨拶がてら、補修を頼んでみようか]
[そうして、村に新しく出来た仕立て屋の扉を開けると、そこにいたのはまだ若い、自分よりも年下らしい女の子で、――面食らう。
町に行けば、お針子の女の子など珍しくないけれど。
てっきりレジーナのような中年女性がどっしりと構えているとばかり思っていたから、瞬きも忘れて見つめていた。
彼女の方も、こちらを見ていて>>25
しばらく、言葉もないまま死線が交錯する]
――…あ
[はた、と我に返り、彼女に語りかけた]
不躾にごめん。
あの、仕立て屋さんが新しく村に来たと聞いて。
ひとりで切り盛りしていると聞いていたから、思ったよりずっと若くてびっくりした。
この外套の補修を頼みたいんだけど、いいかな。
[手にした外套を彼女に手渡し、こことここ、と補修箇所を示していく。
営業スマイルの混じった笑顔に、穏やかな笑顔を返して]
初めまして、エルナ。
僕はニコラス。ニコラス・エルメルト。
春になれば巡礼の旅に出て、冬になれば戻るという生活だから、外套の補修は春までに終わればいいよ。これから冬も厳しくなるし、村の人たちの針仕事があったらそっちを優先して。
……ね。
どこから来たのか、聞いていいかな。
[相手が自分に興味を持っていることなど気づかず、興味を持って話題を振る。
エルナがお茶の用意を始める様子を>>26、ただ黙って見つめる。しかしその表情は、どこか穏やかで。
出されたお茶を飲む時間も惜しむように、話に花を咲かせていた。
――そうして店を出る時。
思い出したように慌てて口に含んだお茶は、すっかり温くなっていた*]
―過去のお話・2度目の冬と、その後と―
[春になり、男は再び村を出る。
しかし今回の旅は、いつもとは少しだけ違っていた。男の目に映る世界は、白と黒とくすんだ灰色がかったものであったのに――
露店街に並ぶボタンやリボンや布地が目に入ると、その時だけ世界が鮮やかに色づいて見えた]
……補修してもらったお礼に、何かお土産でも買っていこうかな。
[ぽつ、と呟き、思い浮かべるのは、新しく村にやって来た仕立て屋のエルナの笑顔。あそこは山間の村だから、あまりこういったものは手に入りにくいだろうからと]
[お礼として渡した服飾材料を、エルナはどんな顔で受け取っただろうか。
それからも、男は旅に出ればボタンや飾り物を持って帰り、いつしか「『Bleiche Mond am Morgen』の品物」ではなく、「エルナへの土産」として買うようになっていた。
――尤も、本人はその変化に気づいていなかったけれど]
[そして4度目の旅先で、男はひとつの髪飾りを手に取った。
それは、白銀の村で仕立て屋を営む、笑顔の似合う女性の瞳の色に良く似た天然石の髪飾りだった。
いつも地味な作業着とエプロンを身につけ、着飾った所なんて見たこともないけれど。
きっと、エルナの赤茶色の髪に良く似合うだろうと――
そんな風に思うだけで。
世界に絶望し、諦め、凍りついた男の心も、何故かふわりと暖かくなるのだった]
―エピローグ・四年後、光さす窓辺―
[その本は"滅びた村の記憶" と表紙に金文字で象嵌された、人狼禍の記録だ。
惨禍の最中に失われたこの本は、後日、シモンにより見つけ出されたが、今は誰にも顧みられることなく図書室の棚の片隅で眠っていた。
村の図書室の窓辺の席。
今、リゼットが古びた本の頁を捲ろうとしている]
[あれから四年が過ぎた。
少女から娘になったリゼットは、自分たちを襲った災厄の正体を知る為に、"滅びた村の記憶"を読む為だけに字を学んだ。
だが、雪の牢獄での出来事が少女の柔らかな心に刻んだ傷痕はあまりにも深く、人狼禍の記録に触れるまで、今日に至る長い時間を必要としたのだ]
[記録を通じて、過去へと想いを馳せる。
忘れることの出来ない辛く悲しい記憶に苛まれ、
容の良い眉を苦しげに歪めるけれど。
それでも何かに取り憑かれたように、その手は頁を捲り続けた。
やがて無言のまま文字を追っていたリゼットの視線が止まる。
そこには、白銀の村に降り掛かった人狼禍の記録が記されていた]
……どうして。
[更に読み進めて、呻くように言葉を漏らす。
そこに書かれていたのは、シスターフリーデルの末期の言葉。
それは彼女を殺害した犯人しか知り得ないはずのもの。
つまり、記憶を綴ったのは他ならぬ人狼だと知って、翡翠色の双眸が驚きに揺れる。
人狼は――ヨアヒムは何を想い、自分の行為を記録したのだろう。
それは、まるで見知らぬ誰かへと向けた告解のように思えた]
[シモンも人狼と同様に彼らが斃れた後のことを、記録に残していただろうか。どちらであれ、彼は自分が為したことへの弁解など決してしないだろう。
パメラの命を奪ったシモンを憎んでいた。
彼のせいで、恩人を見棄てさせられたと恨んでいた。
けれど――もう、リゼットは知っているのだ。
彼の裡に命を奪ってしまったことへの後悔と葛藤があることを。
きっと死に至るその時まで、抱えこんだものと向き合っていくだろうことを。
だから、彼を赦そう。
そうすることで、いつの日にかリゼットも自分を赦すことが出来るかもしれない。
――そう、思えたのだ]
― 過去:一度目の冬の話(つづき) ―
[青年の言葉に、ふと、村に来たばかりの折の宿屋の女主人とのやりとりを思い出していた。>>29
彼女もまた若い人が来たと驚いていたっけか]
…………、あ、春まで、ですか。
[この人は、どうして、旅人のような様相をしているのに、
この村の人を気遣うようなことを言うんだろうか。>>30
何か、訊こうとして、先に質問された]
あたしは、ここから山3つくらい越えたところにある街から来たんです。
[理由はくっつけずに訊かれたことだけを答える。
街のそれよりそう広くない店内の隅に、何かを懐かしむ眼差しを向けながら]
[出されたお茶を慌てて飲む様を見て、
話ばかりさせてしまったと謝りつつも青年――ニコラスを見送って。
残った外套に視線を向けて]
よし、………頑張るか。
[結局外套は5、6日ほどで補修を完了させた。
他の仕事と並行させながらではあったが、
割れながら速くできた方だとひっそり自分を褒めたのだった*]
[―――長い冬は終わり、春。
咲き初めた花の色みたいなリボンの切れ端を手に呟くのは]
また、………来るかなあ。
[早くも次の冬を待ちわびるような言葉。
それはどうして?
ニコラスが大事な“お得意様”だからなのか、それとも]
…………。
[ともあれ。
そうやって次もそのまた次も、エルナは待ち続ける。
お土産なんてなくっても、元気な顔を見せてくれればそれでいい。
―――生きていてくれれば、それで**]
― 白銀の村の記録 ―
”以上の記述の記録者はヨアヒム・ベルウッド。
これ以後はシモン・フィッシャーが記す。”
[記録を見つけた直後、フリーデルの死の記述のあとに追記してから、続きを書き始めた。
白銀の村に来てからレジーナの特訓を受けたとはいえ、勉強が嫌いな自分には記録をつけることは苦手だったけれど、分かっていることはなるべく詳細に記した。
――但し、自分が抱いた感情については極力排除して。
何故なら元々気持ちを言語化できるほど文章力がなかったので、それなら最初から書かない方がましだとの結論に達したからだった。]
……。
[筆は何度か止まったが、中でもパメラが亡くなったときの中断は長かった。
覚えている限りのパメラとのやりとりと、結果どうなったかを書けばいいと分かっているのに、それでもあのときのリゼットの表情を思い出すだけで、申し訳なさが頭に浮かんでしまう。
結果、書き損じたページを一枚破くことになってしまった。
なるべく丁寧にページを取り除いたものの、本にはその跡がはっきりと残っている。]
[記録の全てを書き終えたあとは、ペーターが借りてきた図書館にそれを返しに行った。
ただ自分が抱いた思いを、惨劇に関わった人を忘れないために残した文章は、いつ誰に手を取って貰えるのかすら分からない状態で、書庫の中に眠っている。**]
―エピローグ・四年後、二人の食卓―
[今日も二人は向かい合い、一緒に食事を取る。
二人だけの食卓――リゼットがヤコブの元に引き取られてから四年が過ぎたが、どんなに忙しい日でも、それだけは、ずっと変わらない習慣となっていた。
シチューを口にするヤコブを盗み見る。
彼について皆が知らないたくさんのことを、自分だけは知っている。
まるで、ヤコブの家族か恋人でもあるかのように。
――わたしたちって、一体、何だろう。
スプーンを口に銜えてリゼットは考える]
[ヤコブの心の中にフローラという女性がいることは知っていた。
同居を始めて日が浅い頃。
眠る彼が苦しげにその名を呼ぶのを聞いてしまったからだ。
人狼禍の最中、彼が頑なに他人を信じようとしなかったのは、
きっと、彼女に関わる何事かがあったからだろう]
ヤコブさんも、わたしと同じなのかな。
きっと、忘れたくても忘れられない、悲しいこと、
……あるんだよね。
[それは一方的な幼い同情だった。
或いは彼を自分の同類と思うことで、パメラを失った寂しさを委ねられると思いたかったのかもしれない]
――……。
[眠るヤコブを起こさぬよう、そっと髪を撫ぜながら。
彼のことを知りたいと思うようになった]
[月日は過ぎても、二人の関係は変わらない。
けれど、二人は家族ではない。友人でもない。
かつては敵対すらしていて、それから恩人になって。
今は未だ愛ですらない、もっと曖昧な何か]
――ヤコブさん。
[リゼットに声を掛けられて、ヤコブはシチューから視線を上げる]
いえ、何でもないです。
……ごめんなさい。
[こうして問いかけて、止めてしまうのは何度目のことだろう。
けれど、今はこれでも良いとリゼットは思う。
いつかフローラのことを尋ねることが出来る日が来れば、きっと何かが変わるに違いないと、そんな予感がしていた。
だから――今は、まだ、曖昧なままで*]
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