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[ 月に照らされたホールの中で、飛び散った赤だけが鮮烈に眼球の裏を灼く。
さざめく部屋の中、呼応するように瞳孔が狭まった。
敷居から飛び出す。
鍵状に突き出した手で吸血鬼の頭を横から掴む。
恨みの篭った眼が此方に向けば、怯えた表情で受け止める。
視界の端に見えたリヒャルトに、視線を向けた。]
……––––––––
[はくり、口を動かして。
目元を緩めて、包み込むように笑った。]
[此方に向いた矛先。鋭い歯牙が…の首筋に噛み付いた。]
………"私"は、これだから…
[痛い。
痛い。 痛い。
溢れる血が肩から、腕に。]
痛くないよ、コンスタンツェは、痛くない。
[そう言って撫でるのは、魔物の背中。
魔物の手で、汚い血のついた手が背中を撫でる。]
ねぇ、リヒャルト。これでいい?
コンスタンツェは……あなたのものになれてる?
[先と同じ子どもの顔で、相手に笑いかける。
どこか、怯えを含んだこどもの声音で。]
[ 剣を構える。
少しだけつんのめりそうになるのを耐えながら、震える指先を押し込める。
吸血鬼は食事に夢中だ。
だから、自分の首筋の傷口に親指で抉りこむ。
密度を増す血の臭いに敵が吸血をやめ、振り向いた瞬間。]
………こんな物が欲しかったんじゃない。
[躊躇なく、その首元に腕を回す。
すかさず短剣を喉仏の辺りに突き刺せば、暫く痙攣した後に、埃と同化するよう身体が散り散りに塵となる。
その間、コンスタンツェはどうしていただろう。
一歩、踏み出せば腕を伸ばす。
身体に触れられたのなら、その傷口へと唇を寄せて。
触れられなかったのなら、そのままの距離で、彼女に言葉を送った。]
[ リヒャルトの剣先が魔物の喉を突き刺す。
砂塵となって消えてゆく、腕の中の身体。
同じ魔物の身体がリヒャルトの手で一介の芥になる。
それが消える刹那、頭に響く何かの声。]
[だんだんと距離が縮まる整った顔立ちを、ただ眺めていた。
剣を振るい、…に触れる手は夢物語の王子のようだなどと。
肩口の傷が熱を孕む。
唇が触れているのだと分かった。
次いで口をついた「さよなら」とあう言葉に]
…なんで、そんな事言うの。
[ なのに、なんでそんなことするの。
滑らせた手は相手の両手に触れることが叶うだろうか。
悲痛とも無表情ともつかない顔で、抱き締めることなく血の通った手のひらを探した。
汚い血がリヒャルトを汚す。]
リヒャルトが望んだ形でしょ。私に使い魔であれ、魔物であれと願ったのはあなただよ。
[抱き締められないまま、血濡れの手は相手の傷口に触れたいと動いた。]
[どうして分からない。
哀しみは怒りへと変貌し、憤りは腹を焦がす。
口内が熱で満たされるのを感じなから、言葉は棘を覚える。]
……お前の意志は、何処にある。
何が、お前にそうさせる…!
[抜け落ちた頁。
何度も読んでは机の引き出しの奥に鍵をかけてしまい込んだ一冊。
どうして今思い出したのか、分からないけれど。
傷口に触れられたのならそのままに、彼女を見上げて唇を、]
私は、お前に何もしていない………。
なのに、…ッ、な、ッ"……!
[噛み締めた。]
[ この館に足を踏み入れる前。
気のせいかと思っていたあの声が、確かに今、頭に響く。
炙った鉄を押し付けられているような痛みが、手の甲の傷口に走る。
あまりの激痛にくぐもった声が歯を立てた唇から零れ、唸る。
確かめるように視線を下に落とせば、何かの模様。
それは、逆十字に蜷を巻く蛇が絡み合うような禍々しい物だった。
唖然としている間に声は告げる。]
「 喜ぶがよい。
おまえが強い感情を向けるその相手が、
おまえの魂を我に捧げると誓ったのだ。 」
[裏切り者を仄めかすような、台詞を。]
[意図を測ろうと視線を虚空に移した。
睨み付けるようにして、言葉を殴り付けようとしても、痛さに喘ぐ唇では上手くいくまい。
代わりに、目の前にいる、彼女へと、瞳が、定まった。]
────…………。
[何の、何の確証もない、言葉だ。
聞いたこともない。
だが、恐らくこの黒光に携わっている者の声に違いないのだけど。
右手の甲に刻まれた印。
まるで自分の罪を詰るような存在と、目の前の、存在。
大切な、友達だった、女の子。
守ってやりたいとそう思っていた、だから、女ではいけないのだと。]
…………そう、か。
[だが、相手は恐らく。
踏み躙られ、落ちるのは赤い花弁ではない。
酸化して固まった瘡蓋から剥がれた赤黒い、血だ。]
…そう、お前は魔物だ。
だから、騙されていた。
………こうやって、油断させて、私の魂を喰らって……。
『黒猫』も獣であることを、忘れていた。
[楽しいから、笑う。
嬉しいから、笑う。
愛おしくて、離したくないから、手を繋ぐ。
全て、彼女がいたからこそ。
自分の身勝手な心の為だと理解はしていても。]
………たとえ、すぐに尽きるものであっても、ただで命をやるつもりはない。
だから、私を敗かせて、
[ ぐっと両手に力を込めて、相手の手を払おうと。
そのまま距離を取れたのなら、剣の切っ先を向けて、]
服従させてみろ。
コンスタンツェ。**
[ 憤る姿を、投げつけられる疑問を聴く。
答えることはない。
その前に、息が詰まったような声が聞こえたから。]
…………リヒャルト?
[心配ともつかない、何が起こっているか理解していない眼は相手と同じ手の甲を見る。
禍々しい逆十字の紋。
虚空へと口を開く相手を見て、…ではない他の誰かの存在がリヒャルトに語りかけていることを理解した。
そして、その者が何を告げたのかも。
目を細める。
魂の半分を捧げると答えた事に後悔は無かった。
リヒャルトだけの残り時間は、あと数日にも満たないのだから。
それならば、]
…………そう、全部それのため。
此処まで来たのも、あなたの使い魔になっていたのも、全部ぜんぶ。
[ 距離を取った相手に一歩踏み込む。
ゆっくりと。]
「私は何もしていない」?
ううん、色々な事を教えてくれた。生まれたばかりの私には、あなたのくれたものが全てだったよ。
可哀想だね、こんな嘘つきの私に……
[ 口元を抑える。
言葉が出そうになるのを、耐えた。]
殺す気はない。その命は私がもらうもの。
でもあなたに、もう一秒でも付いて行くつもりはないよ。
[瞳孔が開く。
あとは、身体が赴くままに。]
死なないでね、か弱いリヒャルト。
[ 切っ先に向かって飛び込む。
肩にそれが刺さろうとも構わない。
どうせ、すぐに"終わらせる"。
相手の肩に向かって握った拳を突き出した。
何の遠慮もない、全力の力で。]
──────ッ、!
[ 首を狙った切っ先が相手の肩、ちょうど結えられた髪あたりに掠れる。
敏捷さ以外に優れた取り柄などはない。
目線で追う相手の動き。
風の流れが変わる。]
[小声で囁く言葉。
相手が覚えていようといなくとも構わない。
挑発に眉を寄せながらも、迫り来る腕に右腕を曲げる。
短く唱えた詠唱の後、相手目掛けて眩い光の矢が刺す。
所詮目眩ましだ。
右腕に減り込む拳に踏み込んだ足元がぐらつく。
一歩、後ろに下がる。
後ろ足をバネに左脚で曲げて]
[ 曲げて、曲げて。
相手の腹部に送り込むことなく、下ろす。
そのまま、足の力を抜けば、バランスを崩して視界がぐるりと回る。
左手に握られ、顔の前に添えた剣一本が、蜘蛛の巣の張られたシャンデリアの下で鈍く光った。]
──────……ッ、
[右手の甲と、右腕と、首筋と。
疎かな受け身のせいで打った背中に鈍痛がのしかかる。
吐く息は、揺れる。
それでも尚、相手を見据える瞳だけは意志を持って輝く。]
遊びはもう、終わりだ。コンスタンツェ。
[左手に剣を構えながら、口にした。]**
[誰かの目に、留まっただろうか。
大鷲が空を翔けていく。ただひたすら南を目指して弾かれたように。
大鷲が通った後の道は、一瞬だけ瘴気が薄くなってまた戻っていく。ただ、それが繰り返されていく。
援軍は果たして見えただろうか。
この状況から逃れる術を見つけたのだろうか。
大鷲の目は、澄んでいて迷いなど無い。今日この日死ぬことも、死なせることも考えていない。
生きる道を模索して、足掻くために飛んでいた。]
…ええと、姫様。
こんな時に言うのはおかしいかもしれませんが……、好きです。
[口にして照れ臭そうに笑った。笑ってしまったけれど、勿論冗談ではない。
気恥ずかしさを誤魔化す為にも、傷付いた彼女の為にも、羽を一振りして速度を上げる。
大鷲と少女は、そのまま南の彼方へと飛び越えて行った。
「 頃合いであろう。
まずは満足。勢子どもを呼び戻せい。
深淵に戻り、狩った獲物を並べて狂宴を開くといたそう。 」
[魔王の声を受けて、地を這うような銅鑼の音が響き渡る。]
…名前で呼んでください。
貴方はもう、私の僕ではないのですから。
[花が綻ぶ、柔らかな笑み。
従わせる力は失った、けれど互いに結んだ絆は決して解けることはない。
そう、信じられるからこその催促。]
帰ったら、一緒にお父様を説得しなければなりません。
…覚悟はできていますか?
[ふと、右手の薬指に嵌めたままだった紅玉石の指輪を見る。
躊躇いなくそれを外し、ポケットへ入れた。
箱ごと送り返して、婚約破棄を伝えなければいけない。]
私には、生きるべき道と。
共に生きるべき方がいるのです、と―…
[皆まで言わずとも、長年の付き合いである程度は察してくれるだろうことを期待して。
今日、今、死ぬことは一切考えず、想定にも入れていない。
二人が新たに築く未来を見据え、一人と一匹は飛び続けた―*]
[ 結った髪の先端を掠めた切っ先に片方の髪が疎らに散る。
何の表情も讃えないまま拳を振った、一辺倒の唇に歯を立てる。
囁かれた言葉にプツリと赤い血が流れた。
指に確かな手応えを感じる。
嫌な感触。同時に、眼前に眩いばかりの光が差した。
思わず、埋め込んでいた手で相手の服の裾を掴む。]
[ チカチカとする視界に眉を顰めて、唐突に引きずられる感覚に目を見開いた。
倒れこむ肢体につられて片膝をつく。
再び目くらましとは異なる輝きを見る。
その行く先に、顔を上げた。
鮮明になった視界には、此方へと羽を広げるシャンデリアが。]
[脚に、胴に、左の手の上に、シャンデリアの微細な装飾が突き刺さる。]
殻を……破らなければ……、
[ ぶつぶつと本で読んだ一説を繰り返す。
そうして、先まで服の裾を掴んでいた相手に向かって。]
殻を破らなければ、雛鳥は生まれずに死んで行く。
[子供の声が混ざった耳障りの悪い二重音が笑った。
…の記憶の中の「ルカ」が笑った]
リヒャルト、殺しなよ。
[薄っすらと笑みを浮かべる唇が、唯一自由な片手が、相手の足を掴もうとする。
決して離さないように。
剣の切っ先を、見据えた。]
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