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[ 普通の人間ならば、彼の姿を見ただけで狂ってしまうこともあると言われた。
自分だって、これがもしアレクシスの顔をしていなければ、踏ん張れたかわからない。
あんなことを言ってくれた人だったから、
よっぽど間違いだと信じたかった。
正せるならば、この手でしたかった。
舌は動かないわけではなかったけれど、渦巻く想いは言葉にならない。 ]
[ アレクシスが一方的に語る、魔の享楽。
「魔が人を選び、弄ぶための」
ロ・サ修道院はその舞台に選ばれたのだと。
「いっとき遊んで捨てる玩具」との言い草に青ざめたのは、自分の行く末を案じてのことではなかった。]
…エディ も
[ つい先ほど、鉄面皮の男に連れてゆかれた旧友のことが脳裏を過ぎる。
あの英邁な、真面目な、潔癖な、親切なエディが、魔物に弄ばれるなど、ダメだ。]
[ 諭すような微笑みを浮かべたアレクシスが、宣誓の言葉を盾に交渉を持ちかけてきたけれど、端から考慮の余地はなかった。
自分よりも聖騎士に相応しい友を、魔の玩具に残してゆくなど言語道断。]
聖騎士が魔と取引すると思ったか!
[ 頭が動くなら頭突きしてやる、とばかりに暴れて吠えた。]
エディ! エディ──! 今すぐそいつから離れろッ
[ 届け。気づいてくれ。神様。*]
[ 冷えた肌に、エディが乾いた布を差し掛ける。]
すまぬ。
[ 感謝の言葉ではなく、そう言ってしまった自分に歯噛みして、後悔するよりはと、手を伸ばして、支度の完了を告げるエディの肩に手をおいたのだった。]
ゆこう。
[ 兄が弟にするように言えたろうか。*]
おや。そうですか。
[激しい拒絶の言葉に、特に残念な様子もなく頷いた。]
では、当初の予定通り、
あなたが壊れてしまうまで弄ぶこととしましょう。
[ひらり、と人間よりも薄い舌が唇から覗く。
舌先はふたつに分かれていた。]
他人の心配をしている場合ではないでしょう。
それとも、それこそが聖騎士の慈愛というものですか?
[ウェルシュが友の名を呼び、叫ぶのを聞いて、呆れたような感心したような声が出た。
剣を放り出し、彼の顔に両手を伸ばす。]
心配要りませんよ。
あの堕天使は、私などよりよっぽど堅物ですから。
今頃、嬉々としてあの子を鍛えているでしょう。
そんなことより。
[ウェルシュの頭を手で挟み、顔を近づける。
息が掛かるほどの近さで、目を覗きこむ。]
あなたは、私だけを見なさい。
いいですね。
[それは魔力を伴わない呪。
執着の言葉を囁いて蛇身を伸ばし、尾の先で小さく魔方陣を描いた。
絡みつく蔦を置き去りに、ふたつの姿が闇に溶ける。*]
[出立を促す言葉とともに置かれた手は、これまでよりも親密さを増しているように思えた。
厳格だった壁が少し薄くなり、より距離が近くなった気がする。
受け入れられているような気がして、嬉しい。
勢い込んで先に立ち、厩舎までへの道を先導した。
といっても場所を知らないので、時折監督官に確認しながらだったのだけれども。
事前に道順を把握しなかったのは落ち度だなと思う。
やはり少し浮かれていたのかもしれない。
今日はいつ、どこから、襲撃役の修道士が現れるかわからないのだ。
集中しなければと思う。]
― 厩舎 ―
[厩舎には何頭もの馬が繋がれていた。
その中に、栗毛色の馬を見かけて懐かしくなる。
ウェルシュがいつも乗っていた馬だ。
撫でてやれば知性感じさせる眼差しがこちらを向く。
賢くて速い、いい馬だ。
そういえば彼はどうしているかな、と思った時、ふと彼が呼ぶ声が聞こえた気がした。
何故だろう。不安が胸をよぎる。
傍らの栗毛が、落ち着かなげに嘶いた。]
[自分用の馬として選んだのは、毛並みの艶やかな月毛の馬だった。
自分の髪と似たような色調の毛色に親近感を覚えた、というわけではないが、結果としてそうなるかもしれない。
腰が高く、すらりと伸びた足が美しい。
鞍を置けばすぐにでも走りたいと言うように足踏みした。]
監督官殿。
[用意はできた、と言うために振り返る。
上官や先輩の世話をしろと言われる環境にいなかったが、彼の分の馬も用意する必要があるなら、そうしよう。*]
[ 蛇は恬淡と拒絶を受け入れた。
ならば、壊れるまで弄ぶ、との宣言にも意趣返しの響きはない。
耳元に翻った舌はいまや、蛇のそれ。
ますます異形の度合いを深めるアレクシスから、人の面影はどんどん剥がれ落ちてゆく。
他人の心配をしている場合ではないと、諭すような口調はまだ指導官の名残を感じさせて辛い。
弄ぶと宣言したその口で、エディは心配ないと宥めてくれるのは、本当に狡い。]
[ 顔に触れてきた彼の手は、存外に冷たくはなかった。
黄金の眼差しに覗き込まれる。魂のありかを探らんとするごとく。
私だけを見なさいと囁く呪は、命の果てるまで続くのだろうと理解した。
そのまま、闇に引き込まれる。]
― 厩舎 ―
好きな馬を選ぶといい。
[ 誰に確認したわけでもないけれど、どのみち、他の聖騎士候補生たちはそれどころではなかろう。
エディは手際よくも優しい手つきで馬を扱っていた。
最初に撫でてやっていた馬は、講堂からの帰り道で行き合った長髪の候補生の馬らしい。
"蛇"がかまけている子だ。
むろん、そんなことは口にしなかったが、エディは何か感ずるところがあったらしい。
その馬を残して、月毛の馬を選ぶ。
鑑定眼はなかなかのものだった。]
[ 自分用には、連銭葦毛の馬を選ぶ。
おとなしい馬であったが、堕天使が手を伸ばすと、わずかに鼻を震わせた。
狼の匂いでもしたか。
乗馬は早めに切り上げた方がいいかもしれない。
宥めるように岩塩を与えて鞍を置く。]
鐘楼を一回りしよう。
[ 護衛という課題なのだから、行き先はこちらが設定した。
拍車をつけていない踵で軽く馬腹を蹴って駆けさせる。]
[ 誰かが乱暴に剪定したように、咲き初めの紅薔薇がいくつも地面に落ちている。
花をつけていた枝の切り口からは、鮮血のような雫がしたたり、それが細い流れを作っていた。
馬が嘶いて後ろ足で立ち上がる。
右手一本で手綱を捌きながら、エディの方を確認した。*]
[馬で並んで駆けるのは、課題だと分っていても楽しい。
乗馬の訓練だと言って、草原を駆けまわったことを思い出す。
行き先に指定された鐘楼はどこからでも目立つ。
あれなら目的地を見失う心配はないだろう。]
[駆ける間は、監督官の馬のやや後方左手側の位置を保つようにする。
監督官に近寄ろうとするたびに馬が嫌がる素振りを見せるのが気になったが、それ以外は特に危なげもなく馬を操っていた。
いつ襲撃があっても対応できるように気を張っていたら、薔薇園に差し掛かったところで連銭葦毛が不意に立ちあがる。]
監督官殿!
[何が起きたのか把握しようと馬を進めた途端、月毛もまた急に止まり、足踏みして暴れはじめた。]
[馬を御すのに暫くは必死になる。
が、馬の脚に絡みついた赤いものを見れば、なにかでかぶれたのだと判断した。
馬を抑えるのを諦め、飛び降りて地面に転がる。]
危険だ!
一度、降りた方がいい!
[痛みに暴れる馬を制御するのは困難だ。
監督官が馬を降りるのを助けようと手を伸ばす。
自分の足元に赤い流れが忍び寄っているのには、気づかなかった。*]
[魔界の瘴気は次第に結界の内部を侵し、生き物も生きていないものをも狂わせていく。
或いは、聖騎士の雛にも影響が及ぶこともあろうか。
一度乗り越えてしまえば強みともなるだろう。
凛と立つ修道士たちを従えて、魔王は魔と人とがそれぞれに関わるさまを眺めている。]
[ エディが馬を捨てて飛び降りる。
的確で冷静な判断だ。
こちらへ飛んできた勧告にうなずき、鐙を外しかけたところで ──、口元を抑える。
血臭だ。
薔薇が滴らせる樹液は、かすかに血の匂いをさせていた。
それに気づいた嗅覚が賦活し、鼓動が跳ね上がる。
自分のものではない衝動に、視界が眩んだ。
魔狼が、覚醒しつつある。]
[ まだ早すぎる──
押えこもうとするが、長くは無理だ。]
…行け
[ 背後に手を振り、付き従ってきた錬士に合図した。]
懺悔室に籠れ、
── これは命令だ…!
[ 護衛と相反する命令であることはわかっている。だが、正しく判断してほしい。
どうか、わたしにおまえを襲わせないでくれ。*]
[頷いた監督官が馬から降りようとする。
その動作の途中で、口元を抑えた。
なにか異変が起きたとみて、手を貸そうと駆け寄る。
それを、手の動きで止められた。
懺悔室に籠れ、という急な命令に足が止まる。
だが聖騎士として、そして戦場では上官の命令は絶対だ。]
……わかった。
気を付けて。
[それでも多少の不服と心配とが声に混ざる。
踵を返し、走りだそうとしたとき、足元に忍び寄っていたものに捕らえられた。]
───!
[足を取られてその場に転倒する。
粘つくものが足首に絡んで離さない。
視線を向ければ、馬の脚に絡んでいたものと同じ赤が右足に巻き付いていた。]
くっ……
[咄嗟に剣に手が掛かるが、切れそうなものには見えない。
引き剥がそうともがくうち、樹液に混ざる薔薇の棘が肌に当たって、いくつもひっかき傷を作った。*]
[ 駆け寄るエディが足を止め、命令を承知したことを伝える。
決して、盲目的に掟に従ったのではない、自己判断の責任を覚悟した声で。]
…すまない
[ いい子だ。本当に。]
[ 彼が安全圏まで逃げのびるのを確認している余裕はなかった。
鞍に突っ伏して馬首を叩き、能う限り逆方向に走ってゆこうとする。
けれど、出どころのわからない肉食獣の気配と、脚に絡む粘液とで興奮状態になっていた馬は、数歩進んで再び棹立ちになり、乗り手を振り落とした。
──意識を保っていられたのは、そこまでだ。]
[ 背を丸めて地面に伏す身体が細かに痙攣し、傍目にもひと回り、否、ふた回りは大きく膨らんだ。
銀の髪はくすんで色を変え、剛毛と化して密生する。
頭ばかりではなく、全身のほとんどが燻し銀の獣毛に覆われていった。
重そうに上げられた頭部は狼そのもの。
太い首は広い肩と厚い胸板に滑らかに続き、それが、湾曲した背骨と逆関節の後肢とに支えられて人のように二本足で立つ。
人狼と呼ばれる魔物の姿がそこにあった。]
るぅるぉぉぉぉ…
[ 新しい血の匂いを嗅いで、長い舌を出し、ギロリと振り返る。*]
[力任せに足を樹液から引き剥がした時、再び馬の嘶きが響いた。
反射的に振り向いた目に、落馬する監督官の姿が映る。]
監督官殿!
[地面に伏せた監督官の身体は動かない。
いや、微かに震えているようにも見えた。
尋常ではない事態に、迷いが生じる。
命令通りに去るべきか、自身の心に従って助けに戻るべきか。
この逡巡が、結果的に致命的な遅れとなった。]
[監督官を信じるならば、命令に従うべきだ。
そして、彼は信じるに足る人物である。
手助けをせず部屋に戻る、と決めたその目の前で、地に落ちた監督官の身体が大きく膨れ上がる。
信じがたい事態に混乱し立ち竦む間に、監督官の姿は見る間に姿を変え、新たな形を得て立ちあがった。
おとぎ話か、悪夢の中でしか見たことのない異形の怪物がそこにいる。
煤けた銀の被毛持つ、二本脚の狼。
振り向いたそれと目が合って、短く喉が鳴った。]
[逃げるべきだ、と本能が叫ぶ。
だが足がすくんで動かなかった。
理性が理解を拒絶する。まさか、こんな。
剣の柄を握りしめ、一歩、後ずさる。
かちかちと煩く聞こえる音は、自分の歯が鳴っているのだと不意に気づいた。
剣を手にした賊であれば、何人いようと恐れはしないものを。
常識を崩壊させる魔物の存在と、なにより規範と目指していた人物の変容が、若者の精神を砕かんとしていた。*]
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