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いいぞ、いけ!
[ヴォルフの手綱さばきでトカゲは地面を疾走する。
新米御者の笑い声に、明るい響きを重ねた。
馬のように素直にとはいかないが、それもまた刺激的なスパイスだ。
草を潜り石を越え、ジグザグな軌跡ながらも目標に近づいていく。激しく動くトカゲに背中に立ったまま、器用にバランスを取って行く先を指示する。
やがて、目の前に現れたのは伝説の巨木もかくやという雄大な木と、根元に転がる巨石のような真っ赤な果実だった。]
思った通りだ。こいつはいいな。
[身軽にトカゲから飛び降り、果実に近づいていく。
大きさを除けば、どこからどう見てもリンゴであった。
熟れて落ちたのだろう果実は爽やかに甘い芳香を放ち、陽の光をたっぷりと浴びた果皮は鮮やかに赤く、溜め込んだ蜜を滲ませてつやつやと輝いている。]
どうにかして持って帰れねぇかな。
食っちまって種だけにすればいけるか?
[これを栽培できれば国の食糧問題が改善する、とかいう思考はなく、大きなリンゴに喜ぶ顔が見たいというごく単純な理由だった。
さて、こいつを食うにはどうすればいいだろう。
丸かじりするには、少々相手がでかすぎる。*]
[ ウォレンの背を見ながらトカゲを走らせる。
目的地について彼が先に飛び降りれば、自分も鱗の壁を滑り降りてトカゲを解放してやった。
改めて近くで見ても、果実は大きい。
中を刳り貫いたら住めそうなほどだ。]
世にも珍しい、落ちているものを食おうとしている皇帝陛下。
[ 野戦料理は得意な自分でも、これは手に余りますと、素っ気なく肩をすくめた。*]
[海面に叩きつけられた衝撃で、一瞬意識が飛んでいたらしい。
温かさを感じて目を開けば、我が主君の腕の中にいた。]
トール、
[声が掠れ、幾度か咳き込む。]
[彼の手を叩いて無事を伝え、負担にならないよう自力で泳ごうとする。
だがそれより先に、黒い影が襲い来たった。
諸共に掴み上げられて空に舞い上がる。
思うのはただ、己の半身と離れないようにすることだけだった。
腕を掴み、高度の変化と風圧に耐える。]
[風に慣れてしまえば、鳥に掴まれて見る風景もなかなかのものだった。
水上機とも違う飛翔感が爽快だ。
体温を奪われないよう彼と身体を密着させながら、絶景を見下ろす。
上空から見れば、自分たちの知る地形とは違うのが一目瞭然だった。]
どこに運ぶ気でしょうね。
近くに陸地があるのだと思いますが、
……あそこでしょうか。
[風に負けないよう声を張り上げる。
鳥が向かう先には島影が見える。
遠目だからよく分からないが、そこもやはりサイズ感がおかしいように見えた。*]
[ 飛ぶようにできている鳥は、さすが機能的だ。
飛行機も早いけれど、本来の飛行生物にはまた別格の美しさがある。 ]
どこかに巣があるんじゃないか ?
[ ルートヴィヒをしっかりと抱きかかえながら、問いかけに答える。
この先の展開を予測すれば、空中遊覧を楽しんでいる場合ではないのだけれど。 ]
お。言ったな。
ならおまえがあれを獲ってくるか?
[揶揄されて、にやりと笑う。
梢にはたわわに実がなっているが、遙かな頭上だ。
さすがに、ヴォルフをぶんなげても届かないだろう。
どうにか取れないかとしばらく上を眺めてみる。*]
[ と、耳を聾するような鳴き声が聞こえ、鳥が急旋回した。
もう一羽の巨鳥の姿が視界の端に入る。
シルエットは猛禽のそれ。
獲物を横取りにきた、あるいはこの鳥そのものすら獲物にする奴だ。
バッバッと白い羽毛が飛び散り、鳥の爪から投げ出された二人の体が宙に浮く。]
── …わ
[ さすがにパラシュートまでは装備していない。
眼下に見える緑の大地へと引き寄せられていく。*]
狼煙でもあげたら、誰か来るんじゃないですか ?
あれに届くサイズの現地人が。
[ 物欲しそうに上を眺めているウォレンに言ってみる。
人外の能力を使えば、果樹の元まで辿り着けないことはないが、戦闘以外だしなぁという怠け心だった。*]
[束の間の遊覧飛行が闖入者によって中断された。
捕食者に襲われた海鳥の命運はともかく、投げ出された自分たちの命が危ない。]
トール!
[判断の時間は短く、出来ることはさらに少ない。
手足を広げて可能な限り減速しつつ、帆に風を受ける容量で落下の軌道を変える。
幸いというべきか、高い木がすぐそこに生えていた。]
[重なり合う葉のただなかにふたりの身体が落下する。
葉は十分に大きく、弾力を持って衝撃を吸収し、落ちる速度を緩めてくれた。
木の葉の中をずいぶんと落ちたあと、葉の重なった密な部分に受け止められて、ようやく落下が止まった。*]
なんだよ。
現地人と戦いたいってか?
[まったく乗り気じゃない顔のヴォルフに水を向けてみる。
正直、ここのサイズの人間と渡り合えるとはさすがに思えないが、見てみたい気分も少しあった。
と、その時上空でけたたましい鳥の声が響く。]
果実をもいでもらうのに戦う必要はないでしょう ?
[ そこは飼い主の人誑しの才能で、と考えていたのだが、やっても構わないの顔で、しれっと答える。]
── お、
[ 遥か上空で、鳥から投げ出されたものが果樹に落ちた。
手足の本数が多いような気もしたが、多分、自分たちと同じサイズの人間だと思う。]
打開策が降ってきたかもしれないですよ。
[ しがみつくのではなく、手足を広げて減速させようとするルートヴィヒのとっさの努力に、笑みが浮かんだ。
こんな時でも、彼はアレクトールが彼を離すことはないと無条件に信じている。
それが力をくれる。
彼の体越しに、舞い散った大きな羽毛を掴んでパラグライダー代わりに風を受け止め、彼の企みに加勢した。]
[ さすがに、ふわり、とまではいかないが、幸い、落下先も固い岩場ではなかった。
毛布サイズの葉をしならせ、弾み、滑りながら、なんとか停止して息をつく。]
ははっ、上出来だ。
お互い怪我はなさそうだな、ルッツ !
[ 抱擁し、風で乱れた彼の髪をワシャワシャとやる。*]
やめてください、トール。
[髪の毛を乱してくる手をしっしと払う。]
もう一度やれと言われても出来ませんよ。
運が良かっただけです。
[今になって震えがきていたが、半身とそんなやりとりをする間に収まっていく。]
言葉が通じりゃ頼むがな。
おまえ、足元をうろちょろしている人形みたいな連中相手に、会話しようと思うか?
[現地人の邂逅は、ろくなことにならない気がする。
いざとなればまあ、一戦交えるのもたしかに楽しそうだが。]
[ 鬱陶しさを装って、揶揄う手を追い払うルートヴィヒの指先はそれとわかるほど冷え切っている。
きっちり着込んだ服は、たっぷり水を吸った上に、風に吹かれて彼の体温を奪っているに違いなかった。]
おまえ、早く脱いで、葉っぱにでも包まっておけ。
[ とりあえず、震えが収まったのは確認するけれど、それはきっと精神的なものだ。]
[ 降りる算段を相談され、状況を再確認する。]
海門の見張り塔くらいの高さはありそうだな。
なんだか、おまえとの出会いを思い出す。
[ 誘拐先から協力して脱出した時のことだ。
今回は、見張りもいないし、降りる足掛かりもあるにはあるが…]
ん ?
[ 下から呼びかける声が届き、見下ろしてみる。
なんだか、見覚えがあるような気がしないでもない人物がいた。 ]
ああ、聞こえているぞ。
[ カンカンと枝を叩いて応えた。*]
[ 果実がこのサイズなら、現地人は自分たちの10倍くらいの背丈だろうかと計算する。
確かに自分たちは人形サイズだろう。]
会話が通じるかはさておいて、捕まえていろいろ調べたくはなるのは当然の反応かと。
[ 別段、不安に感じてはいないが、捕まってみたいとも思わない。
きっと、遭遇しないにこしたことはないのだろう。
ウォレンといるだけで充分に楽しいのだから。]
[ 空から降ってきた連中の安否確認をしている飼い主の顔を見やる。]
あなたが命じるなら、この辺を一走りして、何か使えるアイテムがないか探索してきてもいいですよ。
[ ワオン、と口の動きだけで狼変化を示唆する。*]
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