情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
[噛みついて啜り上げる。舌の上に滋味が広がる。
分かっていたが、やはり人でも吸血鬼でもない。
珍しい味わいを暫く堪能する。
程なく、視界が回り始めた。
酩酊と窒息、そして物理的な回転運動が知覚を惑わす。
振り回される速度に目眩がしそうだ。]
[牙を離し、首を振って、今や残骸となった衣服を振り飛ばす。
抜け出さなければ、と冷静な思考の部分は判断するが、身体は更なる熱を求めていた。
欲しい、と、首筋に触れた唇の動きだけで囁いて、闇を手繰る。
幾筋も細く伸びた闇が相手の身体をまさぐった。
この水の生き物に、人間と同じ感覚はあるのだろうか。
分らぬまま、闇の繊手は柔らかな場所、潜り込める場所を求めて這いまわる。*]
[両腕の連撃は凌がれ、捌かれ、有効打を与えるには至らない。
だが新たに生やした刃は予想外だったか、肉を断つ感触が伝わった。
肩口の刃はそのまま切り離して捨てる。
本来の身体から逸脱する部分を動かすのは、なかなか難しいのだ。
噴き出した血が互いを染める。
飛び散った雫を舌先で舐めた。甘い。
相手の血が剣の方へ流れていくことに目が留まる。]
[両断とはいかなかったが、倒れるか、と思えた。
揺らいだ相手の動きが攻撃の前動作と気づいたのは直後だ。
あの体勢から、と驚くほどに鋭く速い突きだった。
胸の中心を指す長剣を、外側へと跳ね上げるように払いのける。
浅く薙がれた胸元から血が連珠のように弾けた。
赤い連なりを突き抜けて相手がなおも迫る。
両腕を元の形に戻しながら身体をずらし、剣払った方の腕の付け根で牙を受けた。
もう一方の腕を抱き寄せるかのような形で相手の背に伸ばす。
そうして、膝蹴りを繰り出した。*]
[ 相手はいつの間にか服を脱いでいた。
鱗はない。弾力があっていい感じだ。
コロコロコロコロ転がしていたい。
と、イカの触腕のようなものが体表を弄ってきた。
口に入ってきた部分はパクリ。
まぶたを閉じ、耳はパタンと栓をして、それでもなお侵入を試みてくるので、巨体化してしまおうと思ったが──束縛にひっかかってできない。
予想外のことに戸惑って、口から泡とか闇の欠片とかが飛び出す。*]
[ 手応えはあった。
破格の敵の血を啜った剣が歓喜を伝えてくる。
畳み掛けた牙は相手の腕を捉えた。
それを許したのは、急所に至るのを防ぐための判断だったのだろう。
鮮烈な脈動が口内を灼く。
血を享ける瞬間には、敵だの同性だのという認識は消し飛ぶ。
供給主をほとんど愛おしいとすら思う。]
[ ぶつかっていった勢いを弾くことなく、相手の手が背に回る。
払いのけられた右手と剣を後ろ手に差し向けたが、至近からの膝蹴りが胴を襲う。
相手が膝頭から刃を生成したならば串刺しは免れないところ。
それでも、牙を引き抜きはしなかった。
ダメージを吸血の快感で相殺しようと吸い上げる。*]
[這いまわる闇に反応はあったが、どうも喜んでいる様子はない。
やはり人と感じ方が違うのだろうか。
一度、己の血を注ぎ込んでみたらどうだろう、と思案する。
その視界が、ちらちらと瞬く無数の色に侵食され始めた。
もう限界が近い。
溺れてもすぐに死ぬわけではないが、身体の維持に力が取られて動けなくなる。それは避けたい。]
[抱擁から抜け出せないかと身を捩ってみる。
だが何重にも巻き付く腕から逃れるのは難しそうだ。
霧化できれば簡単なのだが、水中ではそれも難がある。
今操っている闇を集め、水の底に向けて勢いよく突き出してみた。
闇の先端が底に届けば、身体は反動で水面に持ち上げられるだろう。
ともかく一度、液体の外に出なければ。*]
[ 特に何かしたわけでもないのに身体が引っ張り上げられた。
先ほど、クレステッド化鳥に運ばれた感じにどこか似ている。
今度はどこに行くんだろうと、さしたる抵抗はせず、流れに乗ってみた。
くっついてグルグルしているのは案外と悪いものではない。
踊るってこんな感じかな。*]
[闇が水場の底を捕え、身体が持ち上げられる。
回転の勢いを加えて、粘液の中から斜めに飛び出した。
外に出た機を逃さず闇を翼のように伸ばして、再び沈まぬようにと体を支える。
巨大な渦の上で、水を切るように身体が跳ねた。]
おまえは、
[息を吸ったついでに、声を上げる。]
私を殺して、得たいものがあるのか?
[荒い息を押し込んで、可能な限り静かな声で問いかけた。]
[今もまだ身体が疼く。熱さで思考がかき乱される。
けれども窒息から解放され、外気に触れて、いくらか醒めた。]
私にはある。
邪魔するもの全てを排除してでも欲しいものが。
[心の奥から交わした約束と、ここに来た想いを呼び起こして正気を引き寄せる。]
だから、おまえにそこまでしたいものが無いのなら
私を離してもらえないか?
[言葉で退けられるならば、そうしたい。
相手の態度に感じる違和感に賭けた。*]
[相手の牙が性急なほどに強く血を吸い上げる。
一心不乱な様は、可愛いなとすら思えた。
少し子供のことを思い出す。似ていないけれど。
腹を蹴り上げても牙を離さないので、後ろ髪ごと首を掴んでやった。
噛まれている方の腕で、相手の手首を捕えにいく。]
美味いのは分かるが、そう夢中になってはいかんな。
特に、我のようなもの相手には。
[己の腕が裂けても構わないという力で、相手を引きはがしにかかる。
同時に、腕の中央から新たな腕を生じさせた。
鋭いかぎづめを備えた腕が、相手の胸板を突き破らんと勢いよく伸びる。*]
― 共闘の前に ―
見つけたよ。
[声を掛ければ、茂みの向こうで息をのむ気配がした。
驚愕もそこそこに、すぐさま移動しようとするのはさすがだ。
だが、あの子もわかっているだろう。
声を掛けたというのは、即ち既に逃げ道を断っているということだ。
空気に微かな圧が掛かり、結界が起動する。]
[「師父…」と一言だけ呟いて、愛しい仔が気を溜める。
健気にも、戦う覚悟を決めたのだろう。
私の愛する子にして、"彼"の部下。
立場と今の状況に葛藤はあるだろうけれど、するべきと決めたことに対しては愚直なまでに真摯だ。
今は私と"彼"とは頂点を競い合う闘技者で、この子は彼の愛顧者としてここにいる。自分が斃れれば"彼"も失格になることは、無論、よく理解しているのだろう。]
大人しくしなさい。良い子だから。
[今回の目的は、しかし、"彼"を失格させることではない。
素直に出てくるようにと誘った指先を、銀の飛礫が掠った。
聖銀の刃持つ短剣だったのか、傷口から滴る血が止まらない。]
私を凌げるか、試してみるかい?
[囁いて、血を流す手を振る。
紅を含んだ闇が二筋、長大な鞭となって地を打った。
あの子が潜む場所を狙いすまして鞭を振るえば、黒い影が素早く飛び出してくる。
縦横無尽に草木を薙ぎ払い地面を抉る双鞭を機敏に躱してこちらに迫る動きは、己が知るよりもさらに鍛えられ研ぎ澄まされたものだ。]
[交差した鞭を蹴って影が飛び上がる。その手には匕首があった。
高さを稼ぎ威力を増し、一撃で決めようというのだ。
その意志と気迫に微笑んで、迎え入れるように両手を広げた。
胸の中央に刃が吸い込まれ、遅れて衝撃と痛みが体を突き抜ける。
その重さが愛おしい。
刺された側より刺した側が驚きに目を瞠り――
――次の瞬間に、横合いからの襲撃に吹き飛ばされていった。]
[愛し仔を叩き伏せたのは、今回、己が愛顧者としている者だった。
同じように己の血を分け与えた、愛し仔にとっては兄となる者。
燦々と煌めくような気配持つ長身の男が、今までどうやって潜んでいたのか不思議なくらいだ。]
「はい。一丁あがり」
[溌溂とした声に被せて、抗議の呻きが上がる。
完全に押さえこまれた愛し仔だが、なおも抵抗の気力を失ってはいない。]
よくやってくれた。
けれど、もう少し早く来てくれても良かったのだよ?
「ほんとに? あの攻撃を受けたいって顔してたけど?」
ああ……そんな、顔に出ていたかな。
[言葉交わしながら彼らに近づいて膝を落とす。
押さえこまれている仔の髪に指を差し入れ、顔を上げさせた。
こちらを見返す眸には、微かな困惑と後悔を押し包んだ、硬質の決意が浮かんでいる。
その眼差しごと、抱きしめた。]
愛しい子。我が子の成長を感じるのは嬉しいものだね。
おまえは油断ならない相手になった。
だから、こうするしかないようだ。
[耳元に囁きかけ、唇を滑らせて首筋を啄む。
そのまま、耳の下に牙を埋めた。
押さえこまれている身体が跳ねる。
呻く声が次第に艶を帯びていく。
抗う気力が吸い出される以上の速さで零れ落ちていく。
相変わらずこの身体は奪われる快楽に素直だ。
私が仕込んだそのままに。]
もっとおまえを愛でてやりたいけれども、私にはまだする事がある。
あとは任せるよ。楽しんでおいで。
全て終わったら、続きをしよう。
[約束すら肌喘がせる吐息に代えて、胸元に指滑らせる。
二人に一つずつ口接け、後を委ねた。
結界をすり抜ければ、あとは愛しい人の元へ向かうだけだ。
背後から聞こえる濡れた音に微笑んで、その場を後にした。**]
[ 粘液から飛び出して今は中空にある。
クレステッドとはまた形状のことなる羽。
真似したら自分も跳べるだろうか。
と、相手が話しかけてきた。
液体の中では声が出せないものらしい。]
殺して得たいもの、とな?
[ 物騒なことを言う。
好き放題していたら相手が死んでたことは多々あるが、得るために殺すというのはよくわからない。
だが、相手にはそれがあるから離してほしいと言う。]
そうか…
いやいやいやいや、 離したら我を殺すという意味だなそれ。
[ 退屈で死にそうとは思っていたが、死んでみたい興味はない。]
遊びたい! 遊ぼう!
[ ゴブリンシャークめいて口の中から複口を繰り出して噛み付こうとする。*]
[ 自覚よりも長く没頭していたらしい。
後ろ首と手首を掴まれ、引き剥がされる。
血を奪われてなお、その膂力は確かなものだった。
我のようなもの、と見知らぬ吸血鬼は言った。]
おまえは──
[ 血の味から正体を推し量ろうとする。
だが、胸を貫く痛撃が、別種の虚無へと意識を運び去った。*]
[相手を貫いた獣の腕から血が滴る。
腕に伝わるのは死に至る痙攣か。
惜しいと思う。
もう少し戦ってみたい。万全の状態の彼と。
そう思えども、腕の中で彼の存在が少しずつ軽くなっていく。
死んだ者は別の場所で再生されるという話だったか。
そちらへ出向けば、また会えるだろうか。]
我は、 ……ただの流れものだ。
[問いに応えるともなく告げて、掴んだ首を持ち上げる。
喉笛に深く牙を埋めて溢れる血潮を味わい、
獰猛に噛み裂いた。*]
[どうやら懐柔は失敗したらしい、と相手の口から飛び出すもう一つの口を見ながら思う。
相手はこちらが思うよりも素直で、賢かった。
向こうから拘束を解いてくれれば、或いは思案する間に腕が緩めば、と思っていたけれども、うまくはいかないようだ。
闇を練って下から相手の顎に叩きつけ、攻撃を逸らすとともに拘束を緩めさせよう。そんな方針を固めていたが、ふと届いた感覚に思考が逸れた。]
まさか―――
[繋がる絆が、あまり良くない事態を伝えてくる。
刹那の思考の後、飛び出してきた牙の列の前に喉元をさらけ出した。]
[同時に、あらゆる闇を操って攻撃を仕掛ける。
相手と自分を拘束していたもの、姿勢の維持に使っていた翼までをも操り、無数の細い針へと変えて相手に突き立てんと伸ばす。
おまえが死ぬか、私が死ぬか。
これはそういう戦いなのだと告げるようでもあり、
更なる致命的な攻撃を誘うようでもあった。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新