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[ 一歩、後退って腰に添えられた手を外す。]
連れて帰るというからには、この谷を抜け出す算段はありそうだ。
それに乗るのは吝かではない。
食べ物も知識も友好的に分かち合うことに否やはないし、
貴君が危機にある時にはきっと助けると誓おう。
[ そう告げて、折しも枝の上からギィの頭上に垂れてきた蛇を木の槍で遠くへ薙ぎ飛ばした。*]
[人外の能力で運ばれてなお、彼の警戒は一定の範囲に留まっているようだ。
即座に全力で拒絶されることも予想していたので、これは嬉しい誤算だった。]
君が冷静でいてくれて何よりだよ。
ひとくくりに魔物扱いされることも多いからね。
[扱いもなにも魔物ではあったが、あのトカゲ程度と一緒にして欲しくはないという矜恃でもある。
だから彼の疑問形には自尊心をくすぐられた。]
[離れた彼を追わず、その言葉に耳を傾ける。
極めて理性的で、混乱とはほど遠い言葉の最後に、木の槍が伸びてきた。
頭上を薙ぎ払う槍先と、飛ばされた蛇を視線だけで追う。
それから、深い息を吐いた。]
―― ああ…
どうして君は、それほどにも私を惹きつけるのだろう。
君の言葉と、行動と、覚悟の在りように、
私の胸が燃え上がりそうに熱く疼くよ。
君が欲しい。
このまま攫って、私のものにしたい。
それが私の本心だ。
[ただ真っ直ぐに想いを吐露して、手を伸ばす。]
この場で攫っていくことも出来るだろうけれども、
私は君に、望んで私のものになると言わせたい。
いや、それが君という存在に対する礼儀だろう。
君を力で従えることはしたくない。
どうだろう。
私の元へ来てくれるかい?
[本気の告白であり、誘いであった。
かつて彼が生きてきた世界との決別を示唆するものでさえあった。
同時に欺瞞や韜晦とは無縁の言葉なのだった。*]
冷静か。
君主たる者、感情を露わにして、相手に媚びさせないことも大事だと教育されてきたに過ぎない。
[ 恬淡と解説するけれど、郷里では冷血漢と囁かれてきた身としては、ギィの評価はありがたくもある。
もっとも、目の前のギィは逆に熱烈な告白を続けるのだった。
なんとも、面映い。]
もしや、貴君らの狩りの対象はモンスターではなく、この谷に流されてきた人間だったのか?
[ その気になればいつでも攫っていけるという彼の主張と、昨夜からの機嫌の良さから、そんな推測を述べる。]
貴君の力の一端を示してもらった今は殊に、力づくで解決はしないという意向はありがたいな。
[ 差し伸べられた手に、戦友めいた握手で応える。]
貴君が自分の国に帰るというならば、俺もひとりでここに残りたくないというのが率直な気持ちだ。
…56日もの間ひとりで過ごし、その後で貴君と出会ったことで、俺は、人は一人で生きるべきではないと感じた。
単身でも生き延びられないことはないが、その可能性と質は著しく低下するだろう。
[ 共に過ごした時間をかけがえなく思っている、を持って回った冷静な言い方で伝える。]
俺には脱出の術がない、貴君にはそれがある。
よしんば貴君が悪魔であっても、取引せざるを得ない状況ではないかな。
[ そんな建前を述べてしまうのはいつもの性分なのだけれど、]
俺は自分の意思で貴君に同道すると決めたと宣言することに否はない。
[ 人ならざるものの真におのれの運命を託すほど心動かされたのだ、と頷いた。*]
[彼の手が触れる。
握り返された掌は、感情の揺れを見せない冷静な態度とは反対に、温かかった。]
君のその在り方に敬意を表する。
苦境にあって己を律し、感情に任せず行動できる人間は稀有だよ。
[彼という存在を作り出し、教育した者たちすべてに感謝を伝えたい気分だ。
もちろん、この谷にも。]
遊興の狩りはともかく、ひとりになってからはそうだね。
白状するならば、君を獲物と認識して近づいていた。
もちろん、今は違う。
君に、私の心が捕らえられてしまった。
――― 君の苦難につけ込むのは卑怯だろう。
望むなら、君の故国に送ると誓うよ。
そのうえで、私は君に過去の全てを捨てて共に来てほしいと願っている。
[彼の宣言を嬉しく思いながらも、このまま連れ去るのはフェアではないだろうと感じていた。
故国に帰ると彼が決めたならば、身が裂かれるような心地がするだろう。
それでも彼に選択を委ねるのは、敬意と矜持の表し方だった。]
[ 共に来て欲しいというギィは、これまでに増して礼儀正しい。
自分が彼の国へ行ってどう能力を活かせるのか、それは懸案した。
けれども、彼の真摯な気持ちの前に、具体的な計画など必要ないとすら思えてしまう。
彼がいさえすば、すべて乗り越えられると。
それは彼の才能だ。]
貴君の寛大な申し出に感謝する。
ただ、猶予は要らない。
ここに残りたいとは少しも思わないし、将来のことを考える時間はもう充分にあった。
だから、貴君が俺の望むようにさせてくれるというなら、故国に戻らせてくれ。
[ 視線を彼から逸らし、川の流れを見やる。]
俺は故国では領主だった。
その立場ゆえ、民に対して責任と義務を負っていると考えている。
それが突然、失踪して五十余日だ。
順当に弟が爵位を継いで統治を続けていれば良い。
いささか軽率なところもあるが愛嬌があって皆に好かれている奴だ。
だが、俺の偽物が出現していたり、乗っ取りが画策されて混乱を生じていたら民が困る。
それが唯一の心残りだ。
自分がいなくなった後の状況に介入したいなど、贅沢な望みだということはわかっている。
だが、貴君が俺にその機会を与えてくれるというなら──
気がかりをなくして、身一つで貴君の元へ参じられるようにしたい。
[ その間、待てるかとギィに問い返す。*]
[ウーヴェの決断は素早かった。
彼自身が言うように、ここにいる間に考え続けていたことなのだろう。
故国に戻らせてくれと言われたときには胸を杭で貫かれたような痛みを覚えたが、口は挟まずに話を聞く。
最終的に、彼が私の元へ来るつもりだと理解すれば、喜びがすべてを溶かした。]
もちろん、君の望みの通りにしよう。
故国の状況をその目で確かめてくるといい。
必要ならば、君の弟がつつがなく跡を継ぐよう、私から手を回すこともできる。
君を私の元に迎えるためと思えば、手間は惜しまないよ。
[政治的な工作にも日常的に触れていると匂わせながら、協力を約束する。]
では早速…と言いたいところだけれども、
その格好で君を国に送り届けるわけにもいかないね。
身分を隠す必要があるだろうし、何よりまず、体を清めたいだろう?
[川から戻ってきた彼の髪が濡れていたから、水浴びはしていたのだろうと思う。
けれども彼自身も彼の服も文明圏から離れて久しい。
町に戻るには、少し整える必要がある。]
一度、私の城においで。
身支度を整えてから、国を見に行くといい。
[まずはと自身の領域へ誘う。*]
[ こちらの意図を伝えると、ギィは嬉々として段取りを始めた。
道に迷い、火の番もできない箱入り令息だった昨夜とは大違いである。]
“私の城” ?
[ 聞き間違いでなければ彼はそう言った。
彼の身分は確認していないが、本当に王子でもおかしくはないようだ。]
こんな事情でなければ、手土産も携えていかない訪問を恥じ入るところだが、虚勢を張るタイミングではないな。お言葉に甘えよう。
[ この格好で街をうろついたら、かえって騒ぎになると了見して、ギィの誘いに乗る。
むろん、彼の城にも興味があった。
彼に、自分の故国を一度は見せておきたいと願うのと同じだ。*]
[城?と聞き返されたが、あとは見てのお楽しみとばかりに微笑む。
了承を得れば、エスコートの形に手を差し出した。]
それでは、行こうか。
[彼の手を取って、軽やかに引き寄せる。
瞬き一つの間に、彼を腕の中に囲っていた。
そのまま地面をつま先で叩く。
応じた闇が吹き上がり、二人を包み込んで攫った。]
[体感時間はほんのわずかなものだろう。
移動したという感覚もなく、わずかな浮遊感のあとで再び足が地面を踏む。
ただし、柔らかい地面ではなく、滑らかに磨かれた石床だった。
闇が晴れた後の視界は、うっすらと煙っている。
周囲を緑に囲まれた空間には湯気が満ちていて、前方には豊かに湯をたたえた岩風呂があった。
天井はなく開放的な空間になっている。]
正面から入ると、仕事をしろとうるさい連中がいるからね。
あとで城の中は案内するけれども、まずは君の身支度を優先しよう。
[唇の前に指を立てて笑ってみせる。
そのまま、彼を腕から解放する代わりに、背後に立った。]
[ 同意を受けてギィが手を差し伸べる。
今回は握手というわけではなかった。
その手を取って引き寄せられ、彼の笑みが近くなったかと思うとすぐに、彼の力の領域に包まれる。
昨夜は韜晦していたが、こんなに容易く彼はいつでも元の世界に帰ることができたのだ。
獲物にするつもりで近づいたのだと正直に白状された後だから、うまくやられたものだと思うばかりだ。]
[ 再び開けた視界に映ったのは、密林以上の湿度をもつ室内だった。
古代の公衆浴場の遺跡を見たことがあるが、それに勝るとも劣らない広さである。
これが城の中にあるというのか。
身なりを整える目的とはいえ、いきなり沐浴室に帰還しては、城主の威厳も形なしではないのかと思っていたら、仕事をしろとせっつかれるのが嫌でそうしたのだと言う。
ますますもって自由な城主だ。]
[ ギィはそのままの放埒な勢いで、服を破り捨てる。]
物に未練はないが、貴君にこんな脱がされ方をしたことは、一生忘れないだろうな。
[ 袖から腕を抜きながら、肩をすくめてみせる。*]
[一生忘れないとすくめられた彼の肩に手を滑らせて、衣服を脱ぐのを手伝う。
そのまま首筋に唇を寄せて笑みを捺した。]
これからはそんな記憶をいくつも作っていこう。
[囁いて、背に触れる。
引き絞られた精悍な体躯を指先でなぞる。]
[下も破りはせずとも脱ぐのを手伝った。
従者のようにというよりは、触れたいからしているというのが正しい。
ウーヴェを裸にした後は、自身の服もさっさと脱ぎ棄てた。]
温浴の習慣は?
[聞きながら、先に湯に踏み込んで彼を誘う。*]
[ 湯の注がれる音がさしてうるさいわけではないだろうに、ギィは耳元に唇を寄せてきて話を続ける。
背中をつたい降りる指先はほんのり冷たく、お気に入りの置物を慈しみ撫でるかのようだった。]
怪我はない。
あまりしつこくされたくはないぞ。
[ まだこの国の流儀がわからず、それだけ言うに留める。
ただでさえ冷血伯爵と渾名されていたくらいだ、スキンシップの経験値は乏しかった。]
[ 自由奔放なギィは、自分の服は自分で脱いで、池と見まごうような風呂に率先して身を沈める。
見本を見せてくれているのかもしれない。]
俺の居館にも沐浴用の部屋はあるが、これほど大規模ではない。
ちょっとした棺桶みたいなサイズだ。
[ むろん、二人でバスタブに入ることなど、子供時分にもなかった。
だがまあ、この広さなら一人で使う方がもったいないだろう。
ギィと同じようにして湯に踏み込む。*]
触れられるのは苦手かい?
[触れるなと直接言われたわけではないけれど、慣れていない様子がうかがえる。
問いかけてから、艶やかに笑った。]
私は好きだよ。
[もっと触れたい。
言葉で、視線で、態度で示す。]
湯舟で手足を伸ばすわけではないのだね。
そのくらいの大きさが居心地良いのかな。
そちらの同族は棺桶で寝るというから、そういう文化なのかも。
[彼の比喩に連想するところがあって、なるほどと頷く。
湯に踏み込んだ彼へと当然のように手を添えた。]
洗いたい。
全身まるごと洗ってあげるよ。
[楽しみたいと言うのと同じ顔をする。*]
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