情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
[またひとり、ガラスケースの前で足が止まる。
手入れの行き届いた靴。仕立ての良い服の裾。
道楽者の資産家ではないなと、足先だけで見定める。
あの手の連中は、もっとぎらついた服を着ているものだ。
薄く目を開いて観察する間に、強い視線を感じた。
肌が焦げるのではないかと思うほどの熱い視線。
退屈を溶かす熱量に、心が動く。]
[どんな相手だろう。
顔を上げかけた瞬間に、奥への刺激が来た。]
―― っ …
[不意打ちのようなそれに、息が漏れた。
腰が震え、顎か跳ねる。
空気を求めるように口が開き、紅を刷いたように頬が一瞬染まった。]
[顔を上げ、目を開く。
ガラス一枚を隔てて、白い仮面と正対する。
死んだ音楽家の仮面など目にも入らない。
ぽかりと空いた穴の奥、熱量の源たる瞳を見通さんとした。*]
[ボタンと玩具は連動し、押されている間は震え続ける。
これまでにも執拗に押す連中はいたが、これほど感じたのは初めてだった。
向けられる熱に体が反応している。
―― ゾクゾクする。]
[ 画面に新たな情報が提示されることはなかったが、ガラスケースの中では明らかな反応があった。
彼は顔を跳ね上げてこちらを見る。
その挙動はどこか唐突で、不自然だった。
一瞬、人形だったのかと訝しみたくもなる。
なにしろ、これまで遭遇したことのないほど、彼は魅惑的だ。
だが、肌の染まる様子は、明らかに彼には血が通っていると歌っている。
実際の声までは聞こえなかったが、競り落とせばそれも叶うだろう。]
[ 磔刑の男と視線が絡み合う。
このような状態に置かれていても、哀れみを誘う眼差しではなかった。
むしろ、向こうからも値踏みしようとするかのごとき感覚を受ける。
上等じゃないか。
より一層そそられて、仮面の下で口角を持ち上げた。]
[ 彼の方も、ボタンを押されてどこか嬉しそうに見える。
単に目を覚まさせるだけの合図ではなさそうだ。
もう一度だけ、ボタンを試してから指を離した。
さて、お預けの気分を味わっているのはどちらだろう。]
[ あえて端末を傾けて彼に画面を見せ、入札する意図のあることを示す。
すでに多数の入札が記録されているが、当然だと気にしなかった。
そこでようやく、出品名が<珊瑚石>であるのを思い出した。
どこにあるのかと探し、彼の手首に巻かれた血色の珠の連なりを見出す。
濡れたような光沢をもつ深海の宝石珊瑚。
少しづつ径を増す珠は、中央部あたりでは市場に出回るのも稀な親指サイズだ。
ごくシンプルなデザインだが、本来、手首にあるべきものではない。
何故、彼はわざわざ異なる装着方法をしているのか、それも謎めいている。
ますますいい。
オークションで競り合って、競争相手に遺恨を残すのも面倒だ。
現在の入札額の100倍をタップした。]
[仮面の下の表情は読み取れずとも、合わさる視線は雄弁だ。
執着と呼んでもいい熱望が、視線を通じて肌に絡む。
これほど強烈に求められることの心地よさよ。
できるならば、あの手に落ちたい。]
[彼の指が端末の画面に触れ、疼きが腰に響く。
目を伏せて刺激を味わい、背中をうねらせた。
同じ単調な刺激でも、彼がもたらしたと思えば体の深い部分が反応する。
指が離れ、振動が無くなれば余韻を求めて腰を締めた。
薄く口を開き、舌先を覗かせて揺らめかせた。
欲しい、との催促。]
[望みに呼応するように、彼が画面をこちらへ見せて入札する。
その額の桁に、さすがに目を瞠った。
これまでの入札額など知らないが、それらを彼方に突き放しただろうとは分かる。
見せられた本気と剛毅さに、笑みがこぼれた。]
魅せてくれるね。
そんなに求められると、絆されてしまいそうだ。
[ガラス越しに声は届かないだろうが、言葉を掛ける。
視線を動かして、ガラスケースの開閉釦を示した。
入ってこないのかと誘う。*]
[ 画面から指を離すまでのわずかな間、彼は引き締まった体を細かく震わせて、拘束のゆるす範疇でのたうってみせる。
その色香たるや。
なるほど、見えない部分に仕掛けがあるらしい。
手首に巻かれた珊瑚石のネックレスが彼に最もふさわしい品かはともかく、ひとつの選択として、行使したい欲はそそられる。
彼自身、それを求めているらしいことも、舌なめずりが伝えてきた。
すべて心得ているというわけか。]
[ 買われることは、彼にとって不本意ではないらしい。
その証拠に、彼の顔に浮かんだ表情は嫌悪でも諦めでもなかった。
口元の笑みは、どこか面白がっているようにすら見える。
ガラスの向こうで彼は何か言い、声が届かないのを知ってか、ガラスケースを開けるよう示唆する。
説明書きによれば、商品に触れることは禁止だが、間近で見ることはできるらしい。
落札してしまえば、好き放題にできるとタカを括っていたが、彼が望むならケースを開けてやろう。
どのみち、心は決まっているのだ。
何を知ったたところで、違いはあるまい。]
[小さく音を立ててガラスケースが開く。
風が動いて、彼我の空気を混ぜた。
いまや遮るものも無く、彼の存在感を肌で味わう。
堂々として、臆するところがない。
迷いのなさは、先ほども目にしたばかり。]
私に惚れた?
[滑らかな声で、囁くほどの音量で、問いを届かせる。
声には誘う色を纏わせた。*]
[ ケースが開くと、視覚の他に、嗅覚と聴覚の情報が増えた。
降ってきた声は音量こそ控えめだったけれど、衰弱は感じさせない。
発音も悪くなく、耳に心地よい知的な対話ができそうだ。
惚れたかと問う彼に視線を返す。]
一目惚れした。
そそられているよ。
きっと手に入れる。
[ 問題はあるまい ? と首を傾けて見せた。]
[ せっかく、彼が機会を求めたのだ、何か要求してみてもいいだろう。
とはいえ、ここでしてもらいたいことなど、あまり思いつかなかった。]
カタログには詳細不明と記載してあるが、何か瑕疵があるのかい ?
注意すべき点があるなら聞いておこう。
[ 宝飾品の話をしているようにも聞こえる態で確認する。]
嬉しいこと。
[返る答えは直接的で、情熱的でさえあって、心が弾む。
問いの仕草へ、華やかに笑った。]
私も、買われるなら君がいい。
[告白に等しい甘い声で肯定する。]
[続く言葉は品質を確認するかのようだ。
頷いて、頬の片側を上げる。]
油断をすれば、人を食うよ。
[押さえた声に笑みを纏わせて]
相応しい持ち主には幸運をもたらすけれど、
資格無きものからは命を奪い、
その血でより赤く染まる。
―― という伝承だ。
[石のことを話す顔で嘯く。]
何百年か前の元の持ち主は、磔刑に散ったそうだよ。
私は、その亡霊 ――かも?
[ちり、と珊瑚を揺らす。
韜晦する笑みに、だとしたらどうする?との問いを含ませた。*]
[ 彼は売られる立場でありながら、買われるならと希望を口をする。
リップサービスとは思わなかったが、簡単に舞い上がるものでもなかろう。]
どうしてそう思う ?
[ 彼からどう見られているのかと問う。]
[ 来歴についての答えには、方をすくめてみせた。
何故、そんな逸話がカタログに載っていないのか。
最高ランクの宝石の価値を左右するもの、それは品質やデザインよりも物語性なのでは ?
むろん、彼があえてオークション主催者に告げなかった可能性はある。
真相は後で聞けばいい。]
過去の持ち主がその美貌であれば、磔刑はさぞかし見ものだったろう。
槍もセットで飾るのもありだな。
[ 彼の脇腹のあたりを突く仕草をして見せ、端末の電源を落とす。]
情熱的で、知的で、胆力も決断力もある。
価値を見抜く目と美を解する霊感を持ち合わせ、
なにより、私を熱烈に欲している。
[短い間に見て取った資質を並べあげ、可能な範囲で身を乗り出す。]
眼差しの熱さに、溶けてしまうかと思ったよ。
その仮面の奥を、もっと見たい。
[欲しい。
陳列されている身には似つかわしくない望みを、当然のように口にする。]
[突く仕草をされれば、笑いながら身をくねらせた。]
君になら突かれてみたい。
美しく染めてくれるだろう?
[自分で口にした言葉で体が疼く。
仄かな赤みが肌を彩った。*]
[ 身を乗り出して答える彼に、仮面の奥で微笑んで見せた。]
その賛辞を告げる声こそ、またとない秘宝だな。
実際、今の僕にあるのは、財力と運といったところだろうが。
ここに至らしめたその資質に感謝しよう。
そして、君の同意に、期待は高まるばかりだ。
[ 戯れに身を捩る彼に、喉の渇きを覚える。
肌がずっと縛られたままで血の巡りが悪くなるどころか、逆に色づいている。
不思議なものだ。
彼の謎がまたひとつ増えた。 ]
きっちり落札して、そこから出してやろう。
楽しみにしているといい。
[ もっとも、十字架から外してやるつもりはないけれど。]
君は謙遜が過ぎるようだ。
私の心をこれほど焦がすものなど稀だというのに。
[胸の奥から息を吐き出して、空気を濡らす。]
―― 待っている。
[このオークションが終わるのを、
彼が私を手に入れるのを、
その肌に触れるのを、
心待ちにしていると、全身で語った。*]
村の設定が変更されました。
[ 落ち着き払って会話する彼は、もう何度も売り買いされているのだろうかという考えが過ぎったけれど、どうでもいいことだと押しのける。]
そうか。僕は初めてだ。
[ 執着を眼差しに込めて、ガラスケースから身を引いた。]
僕はナイジェル。君の詳細は── 後で聞かせてもらうとしよう。
[ 軽く投げキスをして、踵を返す。]
君の初めてになれるとは、光栄なこと。
[執着の眼差しも心地良く、下がる彼を見送る。
ガラスが再び閉じてしまう前に、繋がれた糸に微笑んだ。]
ナイジェル… 私の運命 …
[大切な宝物のように名を口にして、去って行く彼を視線で追う。
本当に、早く時間が過ぎてしまえば良い。
疼きを内に抱えて、時が来るのを待ち望む。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新