[煽った酒が何杯目だったかなど、覚えてはいない。
会社員を辞めて貯金を切り崩す男には、
週三回のトレーニングジム通いは贅沢なものだった。
生活は厳しかったが、黙々と自己の肉体を強化した。
嘗ての上司に負けたくない。せめて、面影くらい、似せれば――
下らぬ嫉妬心は、数年掛けて男の姿を少しばかり成長させた。
目的を持って訪れた土地で、その目的が擦りきれてしまうくらい
夜毎に見る夢があった。
『酷い男だ』と、哀しく笑うあのひとの表情を。
整った、形の良い爪を乗せた指先を。
自嘲に歪んだ、その唇を。
直ぐ傍で聞こえる声までもが、あのひとの声に聞こえてしまう。
ならば、せめて。
もう少しだけ。
この、幸福な夢を見ていたい]