【過去の記憶と記録 その12】
― 3年前、廃墟と化した公爵別邸で ―
着任して半年弱ほど経ったある安息日、日々の務めにも畑の開墾にも慣れてきて、少し時間の余裕ができた…は何か使えるものがないかを見に、幼少期に住んでいた公爵別邸へと足を伸ばした。…がこの地を離れている10年余りの間に、もともと高齢であった乳母や使用人は亡くなってシメオンが守る村の墓地に眠っている。別邸は人の手が入ることもなく風雨にさらされて庭はもはや森との境界が分からないほどに荒れていたが、石造りの外観はまだその形をかろうじて保っていた。
幼い頃によく使った裏口から邸内に入ると、…は過去の記憶を頼りに食堂や台所を回り、かろうじて残っていた銀のワイングラスや食器類、燭台など使えそうなものを見つけると、持参した布袋にひとつひとつ収めていく。テーブルクロスやシーツ・タオルといった布類は朽ちてもはや使えそうにない。
「そう言えば…、二階の奥に…」
一通り邸内を回った…は、ここに住んでいた頃に入るのを禁じられていた曽祖父の書斎があったことを思い出した。朽ちかけた木製の階段を慎重に上ると、書斎の前まで行く。当時と同様にそのドアには鍵がかけられていたが、ドアそのものが痛んでその機能を果たさなくなっていた。軽く押すとドアそのものが室内へと音を立てて倒れ、埃が舞った。