― ありえなかった話 ―
[いつか、こういう日が来るんじゃないかと思っていた。]
[廊下を歩いて、角を曲がると、男の背中が見えて。
あの後ろ姿は誰だろう。仲間でないことは確かだと思う。]
ハァイ!
[極めて明るく話しかければ、びくりと肩を跳ねさせて、バッとこちらを振り返った。それに、テオドールはにんまりと笑って見せる。
左胸に留められた名札には“カシム”の文字。
ふむ、そうか。カシムというのか。警戒した様子の彼に笑って見せて。]
元気?カシムちゃん。
手前サマさぁ、道に迷っちゃってェ。
お腹空いたんだよね。
ほら、ごはん食べるなら食堂とかデショ?
[テオドールが一歩、歩み寄る度に、カシムは一歩、後退る。
見ただけで、海賊だとわかる。だって、こんな顔見たことがない。
見ただけで、殺されそうだとわかる。だって、他を嬲る顔をしている。
それを数度繰り返したあと、カシムは突然、テオドールに背を向けて、弾かれたように走り出した。]