【過去の記憶と記録 その9】
その翌日も…はいつも通り主席枢機卿の私室へ、朝の着替えの手伝いに向かった。主席枢機卿もまるで昨日の夜のことはなかったかのように普通に振る舞い、…は自分が夢でも見ていたのではないかと思うほどであった。
「…、今日はこの書類を書き写してくれ」
言われたままに渡された書類を清書する作業を行っている途中で、…は見覚えのある村の名前がそこに並んでいることに気が付いた。教会への寄進、という名目の税金に関する書類、然しそこに記された金額は、…がまだ神学校の学生だった頃に、友人のシメオンや顔見知りの村人から伝聞で聞いていた額よりも一桁は少ない。
「あれ…?この寄進額は…?」
「少しは黙って作業を進めてくれないかね!?儂は瞑想をしているんだ!」
思わず口に漏らした疑念は、主席枢機卿の叱責の声にかき消された。…は暫く作業の手を止めて逡巡したが、作業の手を止めるなと上司に急かされるままに書類を清書し、枢機卿に提出する。
…が帳簿を偽造して地方からの寄進を着服していた、という罪で教皇に呼び出されたのは、それから数日後のことであった。「これはお前の筆跡だろう」と出された帳簿に対して弁明を述べる間もなく、…は謹慎を言い渡され、公爵の屋敷へと幽閉された。