[彼女の爪が掠め、頬に朱が伝う。それでもその温もりを、確かに腕の中に収めた。
――ずっとこうしていたい――
本の少し前の出来事が、酷く今は遠い。
走馬灯とでもいうのだろうか。脳裏を過っていく、これまでの記憶の断片。
いつの間にか隣に居た少女。よく笑い、よく転び、時々とんでもないことを起こすが本人は全く気にしていない。此方が態度悪く突き放しても、平気で聞き流して笑っている。何度も季節を重ねて。金糸の少年が現われて。入学、卒業、就職。突然、幼馴染が店を開くと言い出したこと。あまりに雑多な店の内容。連日のようにキッチンからあがる煙。次第に賑わう花屋。その中心で笑う彼女。仕事終わりの遅い時間に訪ねても、いつも通り迎えてくれたこと。艶やかな髪に揺れる花飾り。
か細い彼女の声で、我に返る]
君に逢えて、良かった。
[瞬間、自分でも気づかぬうちに目から雫が落ちた。刃を握る手に力を込める。彼女の爪が振るわれたのと、男のナイフが彼女の胸を貫いたのはほぼ同時]