【過去の記憶と記録 その3】
12歳になって小学校を卒業したその日に、…は暮らしていた別邸の外に、村では見慣れない豪奢な馬車が止まっているのに気が付いた。
(わぁ、ピカピカの飾りのついたすごい馬車。どんな人が乗ってきたんだろう…?)
そこから降りてきた老齢の紳士は、…に自身は大公フォン·ノイマン家の家令であること、…が大公の四男であることを事務的に告げると「大公様が貴方をお呼びです。すぐにここを発つ準備をしてください」と…を急き立てた。
使用人や乳母が、既に…の身の回りのものを小さなトランクに詰め込んでおり、…は僅かな友人達に別れを告げる時間も与えられず、馬車に押し込まれた。
(僕の父が大公?実の母がいる?何処に向かっているの?)
揺れる馬車の道中、…は家令を名乗る老紳士におずおずと質問を投げかけたが、全ては「大公様に直接お尋ねください」とにべもなく撥ね付けられた。居心地の悪い、気まずい沈黙が続く。
やがて馬車の窓の外には、…がこれまで書物の挿絵でしか目にしたことがないような美しい王都の街並みが広がっていた。その中でも周囲と比べても一際壮麗な屋敷の前に馬車が止まると、家令は一言、ポツリと…に告げた。
「此処が、貴方がお産まれになった屋敷です。大公様とその奥方様、…貴方のお母様がお待ちです」
その口調に僅かな憐憫の情が浮かんでいるのに、…は気付いてしまった。