[貴族の息女として傅かれ育った身は、同時に王族に傅く身としての心得を刷り込まれている。
問題は――礼をとる先が、元首や貴族に相当するのか、権力を勝ち得た猛者なのか、匙具合がさっぱり解らぬ事だ。
マスターの一人であり、ダンスの手解きができるだけの素養を持つ相手なのだろうという事以外、知り及ばない。
入室の許可を待つ間、自分を送りだした主を思い出す。
本人にも告げた通り、養い子となると決めた訳ではない。
けれど、敢えて顔に泥を塗るような真似もしないと約束してある。
滞りなく済ませるためにも、及ぶ限り努めようと決め]
[扉の奥が覗くや否や、身が沈み込む錯覚に襲われる。
重苦しい圧を全身に受けたまま、部屋の中へと一歩踏み入り]
拝謁の栄を賜り、恐悦至極に存じます。マスター・アハド。
此度、マスター・エレオノーレの子と成りましたアイリスと申します。
ご挨拶が遅れましたこと、先ずはお詫び申し上げます。
どうかご寛恕下さいませ。
[ドレスの裾を摘まみ恭しく腰を折ると、面を伏せたまま言を待つ。
部屋の主は、歓待の意と、思いがけず自分の姓を口にした>>612
口調こそ丁寧だが、王者だけが持ちうる自信と威圧に満ちた声]