[更に天皇は奈良の春日大社から方位を司る大将軍という神を勧請して、都を守る方除の神として四方に祀った。
大将軍は北西(巽)の方角を守護する神様。
この神様が奈良から勧請された理由は、北東(艮)の「鬼門」と同じくらい、北西の「天門」が重要視された方角だったからだろう。
それは怨霊や魑魅魍魎、災いの類は「天門」から入ってくると信じられていたからだ。
その位置にお社を置く事で、災いを防ごうとしたんだろう。
そうした考え方は、鎌倉や江戸…つまり東京にも受け継がれている。
他にも桓武天皇はあれやこれやと手を尽くしているらしいけど、割愛する。]