―― 回想 ――
[彼女がどこの誰であったかは、知らなくて。
この船にやってきたときの経緯を、聞いていたわけでもなくて。>>202
ゲオルグといつもの勝負をして、戦利品のイチゴを携えて逃げていた時のこと。
匿ってと言う自分に頷いて、クローゼットの扉をあけてくれた少女。
此方も大層な勢いで駆けこんできたはずだが、彼女の表情も、ひどく真剣なものだった。
ただ、そのときはもう、その表情よりもふらついている足取りに気を取られていて、
導かれるままにクローゼットに身を隠し、遠ざかっていく駆け足の音を聞きながら、
だいじょうぶなのだろうかと、そのことばかりで頭がいっぱいで。
どうしたらいいか分からなかったものだから、懸命に考えて迷った末に、その背をそっと掌で支えようとした。>>362]