[書斎で借りていた交渉術の本の上に乗せたそれは、ほどなく発見されることだろう。
平然と歩き出そうとする娘に、御者は事態が飲み込めないのか、追い縋ろうとする]
『お、お嬢様。どうか早まらないでくだせえ。
まだお若いのに命を粗末にされては――』
あら、わたくし戦争に行って帰って来ましたのに。
この命を粗末にしたら、精霊がお怒りになってしまいますわ。
[仕上げのように髪を払うと、胸元で蒼の光灯す精霊石が揺れた。
先の申し出は、世を儚んだ娘の死出の旅と誤解され、召使ら総出で押し留められそうになった。
そこをお嬢様はそれほど弱くはないと、海を見ればきっと元気付けられるはずと強固に主張し連れ出したのがこの御者である。
御者の本心がどうであったかはわからないが、結論から言えばどちらも騙した形となる]