[ 人のものにしては鋭く長い爪が顔に押し当てられて、
ロー・シェンは、このまま自分は死ぬのだと思った。
たった十幾ばくの年で。母星から離れた宇宙空間の中で。
自分は惨めにも殺されなくてはいけないのか。それも、兄の手で。
兄の指はロー・シェンの眼球を抉り取ろうとでもいうのか、
瞼の上を伝って動いて――ぴたりと止まった。
鋭い爪が触れた場所は鋭利な刃物で撫でられでもしたように
ぬるりと生暖かい液体を開いた傷口から溢れさせている。
「 ………… 」
実はその時のことをはっきりとは覚えていない。
何か、自分が言ったような気がしたが
今に至るまで思い出せていなかった。
けれど、ロー・シェンの言葉を聞いた兄の力が僅かに緩んだので
無我夢中で手近にあったナイフを掴んで兄の背中に突き立てた。
何度も、何度も。
兄の体が命の温もりを失うまで、何度だって。
その時に眦を伝った暖かな液体は
決して兄やローの血液だけではなかったはずだ。 ]