[6年前、士官学校を卒業した後、レナトは予定通り軍部に所属を移した。
そして同時に、正式に当主襲名を固辞すべく父に直談判を繰り返した。
一度皹が入った兄弟の絆は、8年の時間を経て生家に戻っても修復が困難であると思わせるものだったが、なにも兄との仲を憂慮したが為にそのような行動を取ったというわけではない。
どう受け止められたかは知らぬが、当然ながらお情けでも、兄を慮るばかりにそうしたわけでも、ない。]
当主の命は何を置いても優先すべき、ああ分かってる!
それでも、俺は―――
[父親の前に立ち、執務机の端を握り、言葉を重ねる。
視線の高さは大分違うが、8年前と同じ構図だ。
眉を下げた父母の表情も変わらない。
しかし、兄だけは心なしか違うように見えた。
見慣れた人に似たその顔に真意の見えぬ表情が浮かぶのには、
少しの怯えと、少しの安堵を抱いたのは、何故だろうか。]