――ああ、すみません。すぐに名乗るのを忘れてしまうんです。
ニコラスと。生まれはここから比べたら、ずっと南になります。
と言っても、暑すぎるような場所ではなく。果物のよく採れる、のどかな村でした。
[でした、と過去形で語ったのは、もう帰る場所ではないからだ。
だから帰る場所はあるか>>248と聞かれれば、静かに首を振っただけ。]
あの宿に。俺もしばらく厄介になります。
ご主人の料理は二人で楽しむことにしましょうか。
脆く崩れてしまうもの、ですか。
[その言葉は冷たい氷のように、一瞬脳の奥を冷やした。
きっと彼にも何かがあったのだろうが、邪推するでもなくその経験は自分の体験に重なって落ちてくる。]