[エルナが師匠と呼ぶ人物は、
かつて下働きをしていた街の仕立て屋の、一介の客に過ぎなかった。
まだ16かそこらだったエルナは、その客の異国の様相に惹かれてよく話しかけていた。
好奇心のなせるわざである。
ある時、きっかけは忘れてしまったが、
エルナは彼に、長らく自分の中でだけ閉じ込めていた秘密を話した。
――明け方の空に、蒼白い月が二つ見えることが時折ある。
とまあこんな具合である。
初めて二つの月を見たのは、
仲良くしていた従姉が病で死んでしまった日だからよく覚えていた。
信じてくれる人はこれまでいなかったが。
この秘密の話を信じてくれた人に出会い、
さらにその人から、月が二つ見える現象の本質と使い途について教えてもらえることになった時から、
その人の呼び名は師匠に決まったのだった*]