[口唇の凹凸を重ねるように顔に角度を付ければ、彼に迫る月色は穏やかな色を失い、夜にぽっかりと冷たく浮かぶ天球と同じ色をしていた。
背を探る指は、翼の付け根を通り、肩甲骨の位置を知り。
更なる抵抗を彼が選ぶ前に、ゆっくりと自らの指先を爪で傷つける。
途端、末端から溢れるのは、人の身体に流れる命の赤ではなく、粘ついて淀んだ汚泥。
男を構成するものが、肉と水ではないと気が付こうと遅かった。
緩慢に塗り付けていく澱みは、彼の肩羽に黒く纏わりついていく。
翼を開いても、ねっとりと糸を引く重い泥が彼を空に返さない。
寧ろ、動かすほどに羽と背の間に染み、彼を空から切り取るよう。
丁寧に弄る指先だけが、慰撫に似ていた。]
おや、君でもそれくらいは分かるのか。重畳なことだ。
そう ――――、
[言葉を紡ぐほどに、彼の口腔で舌が回る。>>192
撓めた眼差しに在るのは、人の子には宿らぬ魔の力。]